073 公開:アウレアに咲く恋~②
:その日、王城の謁見の間は張りつめた静けさに満ちていた。
:国境には大国であるヴァルガルド帝国の大軍。その中からたったひとりの大使がこの城へやってきた。
:現れたのは、まだ少年と呼んでいい年頃の青年だった。白金の髪が窓から差す光を受けて淡く輝く。氷のように澄んだ青い瞳。敵国の使者とは思えぬ人形めいた美しさ。彼は臆する様子もなくまっすぐに玉座の前まで歩み出ると、優雅に一礼した。
『お初にお目にかかりますフィオレンツァ姫殿下。ヴァルガルド帝国第二皇子カイゼルと申します』
:その声は思いのほか柔らかい。フィオは玉座の傍らで背筋を伸ばしたまま彼を見据えた。
『ようこそルーヴェリアへ。もっとも国境にあれだけの兵を並べておいてよく言えたものですね』
:棘のある言葉にもカイゼルは気を悪くした風もなく、ただ薄く微笑む。
『帝国の狙いはアウレアの蜜でしょう。ご存じだと思いますがアウレアの花園は聖域です。王族の祈りが無ければアウレアは枯れてしまいます。つまり武力による征服は両国にとって利にならぬことなのです」
:だからこそ小国でありながらルーヴェリア王国は生き抜いてきた。アウレアの蜂蜜が至高であるから。
「知っていますよ。私は争いに来たのではありません。むしろその逆です」
:カイゼルは一歩進み出た。
『単刀直入に申し上げましょう。フィオレンツァ姫殿下。あなたが私に嫁いでくださるならヴァルガルドはルーヴェリアに剣は向けません。ヴァルガルドは恒久的に保護しましょう」
:謁見の間がざわめいた。
:武力で花を奪えば聖域のアウレアは枯れる。だが姫を娶り正統な形で手にすれば、この国の豊かさはそっくり帝国のものになる。それが彼らの狙いだった。
:アルベリクが思わず剣の柄に手をかける。だがフィオはそっと手を上げてそれを制した。
:琥珀の瞳がまっすぐにカイゼルを射抜く。
『……即答はできません。国の命運がかかった話です』
『ええ、構いません。お返事はゆっくりと』
:カイゼルは、悪戯っぽく目を細めて笑った。
『お返事を頂くまで僕はこの国に滞在させていただきます。よろしくね、姫殿下』
シーン2が終わりそのままシーン3へと繋がる。イラストはフィオとアルベリク、カイゼルの3人が写ったものになった。メインキャラクターが勢揃いし、否応にもその深掘りに期待が深まる。
帝国楽劇を数十年楽しみ続けてきた貴婦人方がまっすぐと正面のイラストに目を走らせていた。
彼女達がどのような評価を下すか。皇子であるレオンもそれは分からない。
イラストが光り、次のシーンへと写る。
:カイゼルの滞在が始まると城の空気は妙なものになった。
:敵国の皇子。けれど振る舞いはどこまでも穏やかで物腰柔らか。使用人にも気さくに礼を言い、城下を物珍しげに歩いては子どもに花を買ってあげる。
:フィオは正直戸惑っていた。
『……あなたという人が分かりません』
『そう? 僕は分かりやすいって良く言われるんだけどなぁ」
:いつのまにか一人称も僕に変わっておりフィオに対して馴れ馴れしい態度を取る。
『兵を並べて姫に求婚しておいて……その国の暮らしを満喫するなんて』
カイゼルはふっと笑って遠くの城下を見やった。
『僕は側室の子なんだよ。兄上のように生まれながらの後ろ盾もない。……功績で示すしか生き残ることができない』
『カイゼル殿下……』
『カイゼルって呼んでよ。僕もフィオって呼ぶからさ。フィオは僕のお嫁さんになってくれるんでしょ?』
『っ! 何を言ってるんですか……。あなたと話しているとペースが崩されます』
:カイゼルの陽気な性格に曇りがちだったフィオの表情が明るくなっていく。
:しかしその滞在を快く思わぬ者もいる。
『姫様。この男に気を許しすぎです』
:アルベリクが二人の間に割って入るように立った。
:その剣呑な眼差しに、カイゼルは肩をすくめる。
『君がアルベリクか。君の名はヴァルガルドでも有名だよ。君ならヴァルガルドでも結構上にいけるだろうね」
『戯れ言を!』
『あ、アルベリク落ち着いて』
『あれ? もしかして君はフィオのことが好きなのかな?』
『なっ!』『っ!』
:アルベリクの図星のような表情にフィオもまた驚く。
『でもごめんよ。フィオは僕がもらっていくからさ。ねっ』
『そう簡単には決められません! アルベリクもしっかりしてください!』
:敵と味方。身分と立場。いくつもの壁に隔てられたはずの三人のファーストコンタクト。謀らずともこの時、確かに何かが芽生え始めていた。たとえそれがいずれ誰かを傷つける想いだとしても。
シーン3が終了。少しコミカルなシーンの連続に客席から笑い声が起こる。
カイゼルの陽気で小悪魔な性格が狂言回しとして物語を分かりやすく説明をしていた。
フィオやアルベリクの魅力もしっかりと観客に見せる形となる。
そのままシーン4~7まで連続で上映される。
シーン4ではカイゼルの深掘りシーン。立場の弱い側室の子で外交実績で埋めようとしていたがルーヴェリア王国の暖かさに優しさや本心を覗かせる。
そんな様子にフィオはカイゼルはただの征服者でないことに気づき、距離が近づくお話。
「カイゼル様いいよね。フィオよりも年下ってのがまた」
「年下のイケメン男子に揶揄われたい」
普段陽気なキャラがふと見せる本心に観客達の心を掴んでいく。
シーン5はフィオとアルベリクのお話。幼い頃から積み重ねた絆と言葉にできない想いが滲む。
カイゼルの存在とそれに困りつつも絆されていくフィオを見てアルベリクの心情が揺さぶられる。
『フィオ、君が幸せなら俺は……』
近いのに縮まらない距離のお話だった。
「私は断然アルベリク。やっぱり幼馴染みだわ!」
「うっとりとする良い声だわ。あの声に囁かれたらたまらない」
シーン6ではアルベリクとカイゼルのお話。まだカイゼルを油断できないアルベリクはぶっきらぼうに接するが……言葉よりも剣でということで模擬戦を行う。
アルベリクも分かっていた。フィオの安全を考えるならカイゼルに嫁ぐことが一番だと。
カイゼルも自分がフィオとアルベリクの絆を壊している自覚はあった。
剣でわかり合う一幕。
そしてシーン7は待望のご褒美シーン。模擬戦を終えたカイゼルとアルベリクの浴場でのシーンであった。
鍛えあげられた体を持つアルベリクと華奢だが引き締まった体のカイゼル。
二人の裸体に観客の夫人一同は皆、身を乗り出した。
煌びやかな衣装と演出が持ち味の帝国楽劇が盛んな大帝国は過度な露出は避ける傾向にあった。
しかし嫌いなわけではない。実際は求めてやまなかったのだ。
この会場では8割が貴族夫人、令嬢である。残り2割は付き添いやロデリックのような特殊な事情でここにいる男性であった。
突然現れたセンシティブなイラストを観客は食い入るように見つめた。
『アルベリクはフィオのことが好きなのかい?』
『……』
『僕が君の立場なら奪って遠い国に連れ去っちゃうかな』
『そんなことをしたら国民はどうなる。捨てていけというのか』
『本当に愛してるならね」
:カイゼルは両手を挙げて伸びをする。
『気持ちは分かるよ。ここはいい国さ。暖かくて、優しくて、ヴァルガルドとは大違い。……だからこそ血を流したくないね』
:漏れ出たカイゼルの本心にアルベリクはじっと見つめるのだった。




