072 公開:アウレアに咲く恋~①
レオンが指を鳴らすと同時に照明は落とされ、舞台は真っ暗となる。
そして今回のために作り上げた結晶端末が動き出す。
画結晶により保存されたイラストが大きく映し出される。
そして作動結晶によるアニマ・メドゥスが発動しイラストに保存されたアニメが今、公開されることになった。
観客の前に浮かんだイラストは花畑にいる少女の姿、そのイラストに魔力の光が満ち、動き始める。
『(ルーヴェリア王国の最奥。人の足もめったに届かない聖域にその花は咲いている。その名はアウレア。陽の光をそのまま閉じ込めたような黄金の花だ。花から花へ、たくさんの蜜蜂が行き交っている。低い羽音が谷をのんびりと満たしていた。この花の蜜こそ大陸中が欲しがる「黄金の蜂蜜」になる)』
:花の海の真ん中に少女がひとり膝をついていた。蜂蜜色の髪が風に揺れる。
『(私の名前はフィオレンツァ。このルーヴェリア王国の姫)』
:フィオはそっと瞼を閉じ、胸の前で手を組んで祈った。
『(今年もこの花が民を養ってくれますように)』
:その声に応えるように足元のアウレアがほんのりと光った。
『(アウレアは王家の血を引く者の祈りでしか生きられない。私の祈りが途絶えれば、花は枯れ、蜜は失われこの国の豊かさそのものが涸れてしまう。だから私は毎朝ここへ来て祈る)』
場面転換し、城下町と変わる。画結晶のおかげで1シーン1枚だったアニメが進化し、1枚のイラストに複数のアニマ・メドゥスが使えるようになった。
その結果、1シーンを複数のイラストを混ぜて場面転換ができるようになったのだ。
結局イラストは描かなきゃいけないのでオスカーの負荷は増大することになる。
:フィオが谷を下りると王都はもう賑やかだった。
:広場には蜂蜜の市が立ち、金色の壺が朝日にきらめいている。
:おかみが焼きたての蜜菓子を子どもの手に握らせる。井戸端ではメイドたちが笑いさざめいていた。
:誰もがフィオを見つけると花がほころぶように笑う。
『姫さま! 今朝の蜜は上物ですよ』
『ふふ、楽しみにしているわ』
:言葉を交わしながらフィオは胸の奥で思う。
『この穏やかな日常を私が守らないと』
:王城に戻り、執務机には陳情書が崩れそうなほど積まれていた。
:父王が病に臥してから政務は全て彼女ひとりの肩にかかっている。母は亡く、兄弟もいない。この国を背負える血は残っていなかった。
『父様の具合は悪くなるばかり』
:廊下に出ると見慣れた人影が壁に背を預けて待っていた。
「フィオレンツァ様」
:振り返った青年がフィオに気づいてふわりと笑う。
:栗色の短い髪に皺ひとつない騎士の白。その笑顔は強面の騎士団長という肩書きには似合わないくらい優しい。
:アルベリク。フィオの幼い頃からのただ一人の幼馴染みだ。
『もうアルベリク。二人きりの時はフィオと呼んでっていつも言ってるじゃない』
『俺は騎士団長なんだが……。悪かったよフィオ』
『よろしい。ふふっ、久しぶり話せた嬉しいよ』
「アルベリク様凄く良い声だわ」
「このプロマイド通りのお顔、推せる!」
「フィオの声はやはりステラ。俺の気持ちはやはり!」
(アルベリクの声にうっとりしている貴婦人が多いな。セレスに比べてジュリアンの声は主張が強すぎるがその個性がアルベリクに良く合っている。声を聞けばジュリアンと分かるくらいまで成長してもらう。……ただ一人余計な奴がいるな。セレスの元婚約者ってだけで勘に障る)
レオンは舞台袖から観客の様子を眺めていた。前回はアニマ・メドゥスの維持で精一杯だったが今回は結晶端末のおかげでかなり楽が出来ている。気を配る必要はあっても客の様子を楽しむ余裕はあった。
『(アルベリクは昔、城下に忍び出て迷子になった幼い私を助けてくれた寄りのない貧しい少年だった。それがきっかけで彼と親しくなり、アルベリクは姫である私を守ると心に決めて剣を取った。平民の身から実力でのし上がり、活躍して男爵位を授かった後は騎士団長に就任した。私のためだと言ってくれてすごく嬉しかった)』
『また根を詰めていたな。顔色が良くないぞ』
『仕方ないわ。王族は私だけだから。あなたこそ騎士団長が寝込んだら、誰が国境を見張るの』
『……そうだな』
:ふっと笑みがこぼれて二人の間にやわらかな沈黙が落ちる。
:近いようで、どうしても縮まらない半歩の距離。
『(アルベリクのことを私は……。でもこの想いを告げたらきっと彼を縛ってしまう)』
:アルベリクは元平民でフィオは姫。フィオはいつも喉まで出かかった一言をそっと呑み込んだ。
:その静けさを破ったのは、廊下を駆けてくる足音だった。
『ご報告申し上げます!』
:女性騎士が真っ青な顔で飛び込んでくる。
『ヴァルガルド帝国軍、国境に集結! その数、刻一刻と膨れ上がっております!』
:空気がしんと凍りついた。
:蜜と笑い声に満ちたこの国に、戦の影がはじめて落ちた瞬間だった。
:アルベリクの顔から笑みが消え、騎士の眼差しが宿る。
『フィオレンツァ様。何があろうとこの国は俺が守ります。あなたのことを命に代えてでも!』
:その声にフィオも背筋を伸ばした。幼馴染みに向ける顔ではなく、国を背負う者の顔で。
『ええ。頼りにしていいます。騎士団長アルベリク。でも』
:フィオはアルベリクにしか聞こえないような小さな声でそっと呟いた。
『絶対に帰ってきて。あなたがいない世界なんて考えたくないから』
『フィオ……』
:追い打ちをかけるように、伝令は声を震わせて続けた。
『さらにヴァルガルドより大使がひとりこちらへ向かっているそうです』
『剣を突きつけておきながら、いったい何を告げに来るというの……』
:張りつめた静けさの中でフィオは琥珀の瞳をまだ見ぬ来訪者の方角へと向けた。
画面は暗転し【アウレアに咲く恋】という題名が表示された。
この内容を持って1シーン目が終了する。
第一回公演ならイラストを巻き取るなどして2枚目の準備にかかるところだが画結晶端末のイラスト切り替え機能を使えばほぼシームレスで2シーン目に移行できる。
今回画結晶の操作は流れを理解しているディートリヒが行っている。かなり複雑な順番で構成されているので信頼できるものでなくてはならない。
今回の反省点はすでに理解しており、人の手によるミスを避けるため切り替えの自動化を機能として盛り込む予定だ。
客はシーンの感想を述べる間もなく、次のシーンへと写る。




