071 満員御礼
時間は遡り、アニメの第二回公演。公開まであと2時間となった貴族会館での話。
「すごい人よね。貴族会館アーデルスハレの入り口が長蛇の列よ」
「うん、これなら満員御礼間違いないと思う」
ジュリアンとリディアは一足先にアーデルスハレの関係者控え室に到着していた。
あと2時間あるというのにすでに入口にはアニメを見に来た貴族達が集まっていたのだ。
やはり公開1週間前に告知したライブ動画がハネたということだろう。
「ジュリアン様、リディア様。飲み物をお持ちしました」
「ディートリヒさんありがとう。殿下はギリギリになるのかしら」
「はい、皇務が立て込んでおりますゆえ。公演前の挨拶には間に合わせる見込みです」
レオンの筆頭従者であるディートリヒはレオンの代わりにアーデルスハレへ行き、最後の調整を行っていた。
皇太子であるレオンは相変わらず忙しく、第一回公演同様寝る間を惜しんで調整をしていた。
今回は結晶端末のおかげで公演中に魔法を維持する必要がなくなったので幾分は楽になった。
「セレスティア遅いね。オスカー様はさすがに来ないか。前回とは違うからね」
「はいオスカー様はイラストの錬磨にかかるとのことです」
「すごいわね。わたしも作曲の時は集中したいけど、オスカー様ほど振り切るのは無理だわ。演奏に飽きたらそうなるのかしら」
「ちなみにセレスティア様は新星公演の方に行かれています」
二人はその言葉に驚きもありつつ、そういえばといった表情を見せた。
「行くって言ってたわね。公演挨拶もステラは出来ないからセレスがここにいる必要はないわけだけど……」
「新星公演の方の情報も欲しいし、見てもらうことはいいことだと思う」
「確か貴族院時代の親友が主演で出るんだっけ?」
「うん。親友というべきなのかなあの関係は……。意識し合っているのは間違いないけど。ある意味ライバルといえるのかな」
ジュリアンはセレスとオデットの複雑な関係を知っているので詳しい話を避ける。
「お二方。口にする必要はないかもしれませんが耳に入れておきたいことが一つ。こちらへ」
ディートリヒの言葉に二人は控え室の窓から外を見る。
たくさんの行列でほぼ女性貴族が詰めかけていた。
今回は貴族女性がターゲットだったので狙い通りといえる。
「一番前は男性だね。って寝袋置いてない? 椅子もあるし……」
「本当だわ。しかも椅子に貼り付けてるのはアデライードのプロマイドじゃないの!」
アデライードとは第一回公演でステラことセレスが演じた役の名前である。
あのプロマイドを持っているのは第一回公演を視聴した帝国騎士団遠征中隊のみである。
特別に取引をしていない限りは入手できないはずだ。
「あの方は昨晩から徹夜で並んでいたそうです」
「徹夜!?」
「嘘でしょう!?」
ジュリアンとリディアは激しく驚く。
だが一番前にいた男に見覚えがあった。しかし、強く思い出せない。
「彼の名はロデリック・アイゼンガルガ。セレスティア様の元婚約者です」
「ああ、見覚えがあると思ったわ!」
慰労会の時にセレスに絡んでいた元婚約者である。セレスが絡まれた時に助けたのはオスカーだったため、ジュリアンとリディアは話を聞いたのと遠目でロデリックを見ただけであった。
「セレスから聞いたけど、声を理由で婚約破棄したはずなのにステラの声に恋をしたんだって」
「えっ! そんな人いるの。婚約破棄して正解ね」
今回は予約席ではあるが先着でもらえるものがあるため、ロデリックは徹夜待ちをしたのだろう。
まだこの世では徹夜で並ぶという概念はないので後ろの貴婦人達はロデリックを異常者と思い、距離を取っていた。
「彼は騎士団じゃないんですか。今の時期だったら遠征してそうですけど」
ジュリアンはディートリヒに尋ねる。
「どうやらロデリック・アイゼルガルガは騎士団を辞めたそうで、今はステラ様のファンクラブの運営を始めたようです」
「はぁ!?」
二人の言葉が重なる。
「まだセレスティア様にはお話してないのですが、予告映像を流した頃にすっぱりと騎士団を辞めて動き出したようです。殿下と話をしたのですが、アニメを帝国中に流行らせる以上ファンクラブなどの非公式団体の発足を止めることはできないとのことです」
帝国楽劇のヨノエルやアレクサンダーにもファンクラブなるものは存在する。
アニメを帝国楽劇と同様の規模にしていくのであれば声優のファンクラブも規模の指標の一つになる。
もしこの貴族会館での公演で大成功した場合、ロデリックは慧眼の持ち主として持てはやされるだろう。
セレスもレオンも望みたくない展開である。
「ディートリヒさん、ロデリックは何を買ったか分かりますか?」
「見た感じだと主人公のフィオのグッズを全て。あとカイゼルのグッズも全て購入されてます。アルベリクは購入してませんね」
「男役でもステラが演じているグッズは全て買うんだね」
ジュリアンは冷や汗をかく。
「元婚約者がファンクラブの会長って最悪ね」
「だけど人なりを特定できるなら対処しやすいよ。下手に手を出してアンダーグラウンドで活動されると分かりづらくなるし……。ディートリヒさん、セレスの警護を増やして貰うことは……」
「すでに殿下から指令が出て人選も済んでいます。プリマステラの警護という名目で行います」
ジュリアンはその言葉に安心する。
ロデリックはステラの正体がセレスであることをは知らないようだが、もし知ってしまえば大きなことになってしまうだろう。
「ライバルに元婚約者。セレスは変わった人にモテるわね」
「僕を見ながら言わないでよ。殿下はともかく僕は普通だよ!」
「この業界、普通はモテないわよ。ジュリアン君はセレスに見合うトガリが必要ね」
「リディアも変わった人だもんね」
「わたしはセレスが好きだから間違ってはないかもね」
こんな雑談で時間を潰しつつ、いよいよ会場の時間となる。二人は舞台袖に移動し、影から観客席を覗く。
あっという間に貴族会館アーデルスハレの席は全て埋まる。
「やったよ! 満員御礼だ!」
「800席だっけ。全て埋まるなんて凄いわ」
予約完売したから来ることは予想してたが本当に埋まるとは思っていなかったようで二人はその様子を喜ぶ。
そして立ち見席も解禁されて、当日購入の客達が入っていく。
立ち見場は人が溢れ、ぱんぱんになってしまった。
その様子にジュリアンもリディアも唖然とする。
「大盛況のようだな」
「殿下!」
レオンハルトが舞台袖に現れた。
「新星公演の方の席は半分にも満たないようだ。両方予約してこちらを選択した観客がかなりいるようだ」
「本当ですか! やっぱり歌の効果ってすごいんですね」
「歌も需要はあったと思うけどやっぱり初回公演特典でしょ」
リディアはそんな言葉で思い返す。
物販も絶好調だったらしく、買ったグッズを従者に持たせている貴婦人がかなりいた。
「特典マシマシを提案したのがセレスだったか。結果的にはあれが一番効果的だったな」
「父にも商才を認められたし、あの子そっちの道の才もあるわね」
「セレスこそ一番変わってるような気するよね」
三人は今いないセレスを想い、笑い合う。
そうしてついの公演の時間となった。
貴族会館アーデルスハレ。劇場型の大ホールだけでなく講演会や私的な集まりができる小ホールがいくつか存在する。貴族だけが使用できる会館の中では帝国楽劇場に次ぐ収容人数を誇る。
真っ暗となった大ホール。舞台中央に照明が照らされ金色の髪の美男子が現れる。ざわめきと好奇の視線。皇太子レオンハルトは片手を上げそれを静めた。
「帝国民達よ。よくぞ集まってくれた。私はレオンハルト・フォン・シュテルネンライヒ・アーデルライト。諸君が今から目にするこの新世代の興業。その監督を務めている」
「皇子殿下が監督!?」
「名義だけじゃなかったのね」
(ほぅ……帝国楽劇といえば彼女達と言うほどの上位貴族の夫人達が勢揃いしているな)
レオンは挨拶を行いながら一番高価な予約席を購入した客の姿を眺めている。
彼女達は帝国楽劇の本公演の初回を必ず見に行く者達だ。新星公演ですら例外ではない。
だが今回ついに新星公演よりも新しい興業であるアニメを選択したのだ。
その期待に応えなければこの興業は今回で終わってしまう。
「知っての通り私には『鉄血の獅子』などといういささか物騒な異名がついている。剣と戦のことしか頭にない男だとそう思っている者も少なくないだろう」
小気味なジョークも交えて、場の緊張感を取り、賑やかにさせる。
「今日この場に立っているのは武器を携えた皇子ではない。とある芸術に惚れ込んだただの一人の作り手だ。そう、出会ってしまったのだ。一枚の絵がまるで命を得たように動き出すあの瞬間を。止まっていたはずの絵が、息をし、笑い、涙を流す。そこに声が宿り音楽が流れ出す。初めてそれを目にした時の胸の震えを今も忘れられない」
ゆっくりとした口調でレオンは語りかけ、観客達は皆、その光景をじっくりと見守った。
「これは『アニメ』と呼ばれる生まれたばかりの芸術だ。帝国楽劇とは違った芸術である。
帝国楽劇。あの荘厳な調べを私は心から愛している。永い年月をかけて磨き抜かれたあの芸術は、紛れもなく我が帝国の誇りだ。
だが芸術は一つきりでなければならないわけではない。古き至宝を敬いながら、その隣に新たな劇を芽吹かせてもいいはずだ。
これは帝国楽劇に取って代わるものではない。帝国楽劇とはまた違う形で人の胸を震わせるもう一つの劇だ。私はそれをこの帝国に根づかせたい。
疑うのは勝手だ。だがせめて自分の目で確かめてから評を下して欲しい」
レオンの想いの籠もった言葉に皆が白熱した目線を向ける。
レオンが監督や脚本をやっており芸術に精通していることは関係者なら誰も知っていることだが、未だ【鉄血の獅子】のイメージが先行しており名義を貸しているだけという印象を持たれている。
レオンはこの機会に自分自身もヨノエルに負けないほど帝国の芸術を愛していることを伝えたかった。
「さて。前置きが過ぎたな。今回の演目は【アウレアに咲く恋】。恋の物語だ。
ただ一人国を愛する姫がいる。二人の男は姫を想い、それぞれの愛を姫に伝える。ラブロマンス物語だ。
この一作には多くの者が心血を注いだ。絵を描く者、声を吹き込む者、音楽を紡ぐ者。誰一人欠けてもこの物語は命を持たなかった。その想いごと諸君に届けたい。難しいことは何もいらない。ただ心を預けてくれればいい。笑い、泣き、そしてあなた達は姫を想うどちらの男に心惹かれるか、存分に悩んでくれ。
幕が下りた時に諸君の胸に消えない何かが残っていることを願う。では始めよう。
『アウレアに咲く恋』とくと堪能してくれ」




