070 まさかの結末(後編)(オデット視点)
2時間の公演が終わり、結局席は全部埋まらないまま幕は閉じた。
正直微妙な雰囲気となっている。満員御礼じゃなかった新星公演はここ十年無かったからだ。
あたしだけでなくシャイセント様も俯いていた。
でもここで挫けるわけにはいかない。明日からも新星公演はまだまだ続くのだから。
だからこそあたしは知らなければならない。どうして今日は満員御礼にならなかったのか。
ならなかった理由はアニメの初回公演に持っていかれたからに違いない。
その理由を知らねばならなかった。だからあたしは……。
「セレス、待ちなさい!」
「オデット……」
帝国楽劇場から出て行くセレスを見つけ、直ぐさま追いかけた。
なんでセレスなんかを追いかけるのに汗水垂らして息を切らさないといけないのか。
あたしは新星公演の主演でいずれプリマドンナとなり、上級貴族の夫人となる存在なのに。
セレスは振り返り止まった。
言うべきことを考える。聞きたいことは山ほどあった。でも最初に口から出たのはこれだった。
「あたしの演技どうだった。上手くやれてた!?」
どうしてこんな言葉が出てしまったのか。他にも聞きたいことはあるはずなのに。
きっとあざ笑うように鼻で笑われるに違いない。なのにセレスはいつも通りニコリと笑った。
「うん、凄く上手だった。オデットは一人前の俳優なんだね」
その言葉に胸が温かくなるような気分を覚えた。でもそれを素直に受け取ることなんてできない。
いつもの通り腕を組み、フンと首を捻った。顔だけが赤くなってる自覚はある。
「当然じゃない! 新星公演は一人前以上の役者しか出演できないの。セレスはこれだから……」
「ふふっオデットは相変わらずね。すごく練習したんだなってのが伝わったよ。段違いの完成度だったし、本公演にだって劣らないと思う」
「10日間泊まり込みで練習したんだから当然よ。皆、本気だったわ。なのに」
あたしはセレスに指をさす。
「どうして新星公演の客席が半分ほどしか埋まらなかったの! あんな屈辱初めてよ……。明日の誌上はきっとこの惨劇が語られるんでしょうね。……それよりセレスは何でここにいるの。アニメとやらの公開があるんじゃないの」
「アニメは事前収録だから本番では上映するだけなのよ。それでも初回だからレオンハルト殿下やジュリアン様は挨拶で参加したからね。まぁ私はステラ役だから出演できないし」
後半ぼそりと呟いた言葉は聞こえなかったが、なぜセレスがここにいたのかは把握できた。
「アニメの方も気になったけどみんないるし。私はどうしても新星公演が気になったの。やっぱり私は帝国楽劇が好きだから」
貴族院時代に夜更けまでセレスと帝国楽劇について話をしたことを思い出す。
あの頃は本当に楽しかった。お互いヨノエル様が大好きで推しがいて、でも本公演はチケット代が高くて手が出ないから雑誌を集めて……部屋で。
もうあんな暮らしはできないだろう。
「それでアニメ側は何をしたのよ。何かしなきゃ新星公演の客が半分なんてありえないから」
「アニメ側が満員御礼かは分からないけど多分そうなんだろうね。10日間引きこもってたって言ってたっけ。じゃあアレはまだ見てないないのね」
「あれ? 2種類の予告動画は見たけど」
「ちょうど正時ね」
セレスは帝国楽劇場の正面に立っている白看板に目を向けた。
確かあそこに魔法がかかって動画が流れるんだっけ。
「今から始まるわ。これがアニメ側の最後の呼び込み施策よ」
白看板が光った時、二人の男の子が画面に表示された。
確か予告動画のタイトルはアウレアに咲く恋。主人公が姫で三角関係のラブロマンスものだと聞いている。正直な所、興味がかなりあったが普通に見にいくのはプライドが許さないので知り合いからの誘いでどうしてもという形を取りたかった。
確か重いストーリーだったはずだけど……。
「なんで主演の男二人が衣装着て、マイクを持ってるの」
その映像は思わず唖然としてしまいそうな様相だった。
『幼い頃に出会い、触れられない距離は そのままでもこの命に代えて守ると誓う 」
:アウレアに咲く恋のヒーローであるアルベリクとカイゼルは煌びやかなまるで王子のような派手な服に身を包み、マイクを持っていた。
:アルベリクにスポットライトが当たり、男性らしい重厚な声が響き渡る。そして1小節を歌い上げて、スポットライトが隣の少年に当たる。
『君との出会いは運命なんだって。その曇り無い瞳に心が揺れるんだ』
:今度はカイゼルにスポットライトが当たり、声変わりしきっていない淡く高い声が響く。今度は二人にスポットライトがあたりデュエットでサビを歌い始めた
「なんでこの二人が歌ってるのよ!」
「まぁ……いろいろあって」
でも帝国楽劇の中で歌い上げる歌劇曲のような形じゃない。アップテンポでまるでキャラクターが感情豊かに歌っているようだ。
そしてこの歌、まるであたしに語りかけてくれてるみたい。
多分主人公である姫への愛情を語っているのにこの声、この歌詞、このメロディ。
まさに自分が主人公のように錯覚させられる。いつのまにか曲に魅せられて、目の前の二人のイケメン男子に心開かれていた。
:アルベリクに再びスポットライトがあたり、画面はアルベリク一色。そして手を開いて呟いた。
『迷わなくていい。俺はずっと君の側にいるから』
「うっ!」
隣で見ていたセレスが胸を押さえる。
「やっぱりジュリアンの声は耳が幸せになるわ。何度聞いてもたまらない」
セレスはアルベリクの声が好みのようだ。
この声はこの前の誕生日パーティで会ったジュリアン様の声ね。アレクサンダー様やシャイセント様の弟。この前、誕生日パーティでセレスの相手役だった方ね。
これだけの美声。好きな人は多いでしょうね。でもあたしは……。
あたしは。
:今度はカイゼルにスポットライトがあたる。画面はカイゼル一色。そして同じく手を開いて呟いた。
『そんな可愛い顔して……ずるいのは君の方だよ?』
「ぐふっ!」
「オデット?」
あたしは断然こっちの小悪魔系王子様が推しだわ。どうしてこんなに心惹かれるのかしら。
この声……どこかで聞き覚えが、いえすぐ側にいる気がする。男性だけどおそらく声の出し主は女性だわ。演者であるあたしにはわかる。おそらくは例の秘匿されたと言われる女性の演者。女性の……女性の。
「なんか恥ずかしくなってきた」
カイゼルの声を聞いて恥ずかしいそぶりをするセレス。
「そういうことね」
そこであたしは全てを理解した。
:最後のサビにさしかかり、再び二人にスポットライトがあたりデュエットが開始される。オープニングソングの盛り上がりは最高潮に達した。
『ねぇ笑って笑って。俺(僕)らのヒロインは」
:アルベリクとカイゼルは画面の先を指さす。
『君だよ』
「っ!」
撃たれてしまったかのような衝撃に胸が震える。
曲が終わり、音楽が終わりとなった。
なんて曲を作ってしまったのか。
画面には曲名【フィオレッタ】と書かれており、作曲:リディア・ノイマン。 作詞は……。
「セレスティア・ハルモニア。そういえば日記で詩を書いているって言ってたわね。まさかあざといセリフを作詞するなんてね」
「違うの! リディアさんの作曲がすごいせいで何か頭がクリアになって……、私は悪くないと思う」
開き直り始めた。でも確かにすごく耳に残る曲だったわ。帝国楽劇で使われる曲とは違うまさに流行を担う曲。この作曲家もかなりレベルが高いようね。
「確かに凄く気になる曲だったわ。だけどそれだけで観客がアニメの方へ行くかしら。帝国楽劇の歌劇曲だって負けないくらい凄いわ。だったらどうして」
『僕達のライブはここで終わりだけど、アニメ『アウレアに咲く恋は』は貴族会館で公開予定だよ。なんと初日の予約がまだ空いてるから是非見に来て欲しいな』
『カイゼルも俺もあなたが来てくれることを信じて、こんなものを用意した。是非確認して欲しい」
そこで表示されたものを読んでみた。
「初回公演限定、ライブ衣装カイゼル、アルベリクのプロマイド。予約購入特典、カイゼルとアルベリクの寝間着のプロマイド。先着300名限定購入券あり、カイゼル、アルベリクの目覚ましボイス付き時計。ってこれって特典商法じゃない!!」
「すごいよね。これ流したらアニメの初回公演予約は完全に埋まったし、立ち見席のチケットも完売しちゃった」
「こ、こんなの卑怯よ」
「何が卑怯なの?」
あたしの言葉にセレスは真面目な顔でそう返す。
「伝統ある帝国楽劇は演技で観客を魅せるのよ。こんな商法必要ない! 正々堂々と勝負しなさいよ」
「オデットに言われると何だか癪に障るけど……、まだ客のついていない新しい興業が既得権益に勝つにはこれくらいのことをしなきゃ……。前回の予告動画だけじゃ全然新星公演の予約を奪えなかったのよ」
セレスが話を続ける。
「新星公演だって昔は宣伝たくさんしてたじゃない。私達の貴族院時代だってまだ若い劇団員がチラシを配ったり、中央広場で歌ったりして注目させている方々はいたわ。一緒に見にいったのを覚えているよね」
そう、貴族院時代はそんな噂を聞きつけセレスや帝国楽劇を好きな友人達と何度も見にいった。確か新星公演で予約を埋めるために必死で宣伝活動をしたと聞いている。
あたしもああいう姿を見て憧れを持ったんだ。
確かに今はあんなことをしなくても客は入るから技術を深めることに専念できた。
「絶対に予約客を奪われないと思っていた帝国楽劇側の怠慢だと思わない?」
「っ! でも客はみんな満足していたわ」
「でも座席は半分程度しか埋まらなかった。ヨノエル様が言っておられた勝負はどちらが勝ちになるのかな」
伝統ある帝国楽劇で予約が埋まらない時点でヨノエル様はきっと敗北だと判断するだろう。
例え演技で上回ってたとしても客がスカスカの公演などあってはならない。
「オデットは明日からも公演があるんでしょう。今日はゆっくり休んだ方がいいと思う。何度も言うけど凄く面白いお話だったわ。見れてよかった」
セレスはにこりと笑い、帝国楽劇場に背を向ける。
「それじゃまた」
「待ちなさい、まだ話は終わっていない」
歩こうとするセレスの足が止まる。
セレスに負けたことが悔しくてまた暴言を吐きたくなる。セレスだけに負けたくなかったから。
だけど……このままじゃいけない。
「見せなさいよ」
「え?」
「あたしにもアウレアに咲く恋を見せなさい! 本当にアニメの出来があたし達の楽劇に匹敵しているか見ないと納得できない」
「明日からの予約はもういっぱいで」
「関係者席あるでしょ! あんたは主演なんだから」
「まぁ、友達少ないからチケットは余ってるけど……ってしゅ、主演!? わ、私は主題歌を作詞しただけでアニメには出てないから」
そんなことを言いつつセレスの顔から汗が流れ、動揺し始めた。本当に嘘が苦手な子ね。
「分かるわよ! 主人公の姫とカイゼル役をあんたが演じているんでしょ。ステラの正体はセレ」
「わわわわっ! 大きな声で言わないで! くぅ、演技やってる人は分かるよね……。お願いだからステラの正体は黙ってて」」
黙っていてと言われると言いたくなるのが心情。この件で優位に立てる?
あたしは口を緩ませる。
「え~、どうしょうかしら。うっかり喋っちゃうかも」
「駄目だからね!」
セレスは焦ったような表情を見せる。優位に立ったと思えたけど、次の言葉にぞっとした。
「ステラの正体は皇子権限の秘匿事項だからうっかりバラしたら帝国にいられなくするってレオン様が言ってたの! 下級貴族なんてあっという間だからね! ヴェルナー男爵家はオデット除けばみんな穏やかな人達なんだから迷惑掛けちゃ駄目。本当にレオン様はやる人だから!」
「わ、分かったわよ。ってあたしを除けばってどういう意味よ!」
鉄血の獅子と呼ばれる残虐非道のレオンハルト皇子。
ヨノエル様の弟って考えるとありえなくないのが分かる。
さすがに皇族にケンカを売るわけにはいかない。この件は黙ってるしかなさそうね。口封じは困る。
「チケットの件はどうにかするわ。多分出来ると思うから」
「カイゼル様のプロマイドも付けて。声が入った特典も欲しい」
「……オデットあなた」
「うるさい! あたしは忙しいの! ちゃんと持ってきなさいよね。それじゃ」
これ以上話すとボロが出そうだったので打ち切るようにしてセレスから背を向け立ち去ることにした。
敗北した件は悔しくて、涙が出るくらい暴れたかったけど……それと同じくらいアニメを楽しみにしてしまっている。
……早くカイゼル様に会いたいかも。そう思える今日であった。




