069 まさかの結末(前編)(オデット視点)
あたしの名はオデット・ヴェルナー。
ヴェルナー男爵家に生まれて、貴族街の下層の端っこの方にある街区で育つ。
平民とそれほど変わらない資産しかない平凡な男爵家だった。
帝都貴族と言えば聞こえはいいが、世間の言う帝都貴族と財産があり、華やかな暮らしができる貴族のことでヴェルナー男爵家のような視界にも入らないような貴族は鼻から眼中にない。
地方貴族は帝都貴族に憧れを持っているようだが。
正直な所、地方貴族の方が領地があって、大きくて、家族や使用人の数も多い。そちらの方が羨ましいと思ったくらいだ。
あたしは10歳くらいの時の自分の境遇に絶望した。
平凡な父、平凡な母。平凡な兄はそのまま男爵家を継ぎ、似たような爵位の妻と結婚するのだろう。
ならあたしは……?
兄と同じような平凡の夫に嫁いで貴族の血を絶やさないことをすればいいのか。
そんなの嫌だ。あたしは絶対に成り上がってやる。子供ながらそう思っていた。
貴族令嬢であるあたしが成り上がるには2種の道があった。
一つは上位貴族の妻となること。決して不可能ではない。見た目には自信があったし、取り巻きを作れるくらいにカリスマ性を持っている。最低でも子爵令息。伯爵令息だって落としてみせる。
次は皇立楽劇団に入団し、プリマドンナになること。
帝国出身の女性の中では一番の出世と言われるほどだ。プリマドンナになれれば例外なく伯爵級の扱いとなる。自分のサロンを作り、人々から寵愛を得ることもできるのだ。
結婚とプリマドンナは両立することができる。
プリマドンナになれば上級貴族の令息と結婚だって夢じゃない。平凡な男爵令嬢が上位貴族の第一夫人となること。絶対に叶えてみせると願った。
そしてあたしは11歳の時にあらゆる手を使って、帝国楽劇の公演を見た。
ヨノエル様の新星公演を見て心を奪われ、この方のようになろうと思った。
声も容姿も話し方も全てを勉強し模倣した。
わたくしこそヨノエル様。そう思いながら声の質を磨き続けたのだ。
そして貴族院へ入学し……あの子と出会った。
たまたま立ち寄った公園で歌う、あの子、セレスティア・ハルモニアと出会ったのだ。
ヨノエル様の声こそ至高で究極。そう思っていたのにセレスの歌声に聞き惚れ、立ち止まった。
そしてそれが本当に悔しくて自分の人生を否定されたようで猛烈に腹が立った。
だからセレスには勝ちたかった。何がなんでも……セレスには負けたくなかった。
勉強も社交もダンスも私の方が上回っていた。セレスの方は子爵令嬢で家族に愛されていて、使用人にも慕われているのは知っていた。
だからセレスの婚約者も奪ってやった。ロデリック様は本当簡単だったわ。
顔は良かったけど、つまらない男だった。皇族護衛の近衛騎士団への入団の可能性もあったからキープはしてたけど、もうほぼほぼ捨てていいかなって思い始めている。
それ以上にあたしは難関の皇立楽劇団に入団することができたことが大きい。貴族院の卒院からずっと声と演技の勉強をして、入団することができた。
演技の家系でない男爵令嬢が皇立楽劇団に入れたことはほとんどないそうだ。
自己紹介の場で憧れのヨノエル様と出会えたこと。頂上の存在だと思っていたクララ様やアレクサンダー様にも会うことが出来てとても心地良かった。
どうセレス。もうあなたには到底到達できない領域にあたしは来てしまった。
もう会うこともない。あなたのことは忘れてしまうでしょう。
そう思っていたのに。
アレクサンダー様の誕生会で現れた。伯爵令息のジュリアン様と腕を組んで仲睦まじそうに話していた。
あたしがシャイセント様の相手役を務めるのにどれだけ苦労したと思っているの。
しかもあのレオンハルト殿下の極秘プロジェクトに参加してるですって!
あたしがあれだけ努力して必死に頑張ってこの地位についたのに……、平然とあたしと同じ土壌に乗り込んでくる。
本当に不愉快。
ダンスの時間も新星公演の発表も平然とした顔で後から歓声を奪い去っていく。
でも何より許せないのがヨノエル様と手を繋いでセレスちゃんと呼ばれていたことが許せなかった。
あたしの方がセレスなんかよりよっぽど努力しているのに……。
でも全てを許すわ。
なぜなら今日は新星公演の初日だから。アニメとやらはいろんな予告映像を打ったみたいだけど初日完売にはならなかったようね。
新星公演は初日から予約席完売で立ち見席も相当売れているそうよ。
「とても緊張しますわね~」
「毎年、客が溢れているそうですからね……。そんな中で演技出来るのかしら」
控え室であたし達はその時を待ち続けていた。
ここ10日は帝国楽劇場に泊まり込みで練習していた。昨日のリハーサルでは全員完璧な演技を見せつけた。
紛れもなく歴代一だろう。ヨノエル様やアレクサンダー様が出演なされた新星公演の出来も上回っていると思っている。
「シャイセント様もさすがベルモント家と思いますわ」
「フン。父上や母上、兄上夫婦が見ている中で無様な演技ができねーだけだ。ヨノエル様にも俺がやれるってところを見せてやる」
シャイセント様も心を引き締めて練習に明け暮れていた。
心を入れ替えてだったら良かったのだけど、まぁ前みたいな才能ごり押しで半端な演技をされるよりはマシ。少なくとも主演であるあたしの引き立て役になってくれている。
シャイセント様はこの新星公演を踏み台と思っているみたいだけど、それはあたしも同じ。
誰よりも目立って見せるわ。ここに他の団員。新星公演に出れるだけで満足しているメンバーとは違うところを見せつけるのだ。
「さぁ、皆さん。最高の演技をしましょう! 満員御礼の観客の中で最高のパフォーマンスを!」
「はいっ!」
新星公演の最初の台詞はあたしが放つことになっている。
つまりこの満員御礼の客の全視線を浴びるのはあたしなんだ。
両親達も見に来てくれている。平凡な男爵家から将来のプリマドンナの栄光が見られるのよ。喜ばしいことだわ。
定刻13時。アニメの方も始まった頃かしら。スカスカの貴族会館でセレスは愕然としているでしょうね。
あたしは衣装に身を包み、演者や関係者に見守られながら……壇上へと上がる。
何だかざわついているわね。まぁ満員御礼なのだから当然。
そして目を開けて観客席の様子を視界に入れる。
「……あれ」
我が目を疑うのはこういうことだろうか。
客席が全然埋まっていないのだ。7割……いえ、下手すれば半分も埋まっていない。
なんで、どうして、予約席は完売だったはず。立ち見の方もいつも溢れるほどと聞くのに全然溢れていない。時間を間違えた? 13時定刻は10年以上前から一緒だ。
なんで、なんで、なんで、なんで!
「オデット!」
後ろから声が聞こえてくる。やばい! 演技を忘れていた。
あたしが気持ちを入れ替えて、演技に集中した。
その間に客席をざらりと見てみた。
両親がいる。なんで嬉しそうじゃないの。娘が主演なのよ。どうして不安そうなの。
なんでヨノエル様もアレクサンダー様もクララ様もいないのよ。普通は初回の新星公演を見にいくるものじゃないの……。
まさかみんなアニメの方に……。そして一人の女性に目がいく。
なんで。
「……なんでセレスがそこにいるのよ」
栗色でふわふわワッフルヘアでパープルの瞳。見間違えることはない。
初めて会ったあの時からセレスがあたしの視線から外れることはないのだ。
真剣な姿であたしの演技を見ている。
この惨状をあざ笑うかと思ったのに何よその目は! まるでただ帝国楽劇を楽しんでいる子供みたいじゃない!
はなっからあたしのことなんて意識してないみたいじゃない。
絶対に許せない。あたしの演技で虜にしてやる!




