068 奥の手
公開まであと2週間となった頃。
オスカーのアトリエの別棟では重苦しい雰囲気となっていた。
「ディートリヒ」
「殿下。何度問いかけても予約率は上昇しませんよ」
そう公開2週間切ったのに未だ、貴族会館アーデルスハレの初回公演の予約率が100%に達していなかったのだ。
どうしても埋まらず、このままでは同時間に公演が行われる帝国楽劇新星公演に及ばない。
向こうはすでに予約率100%を超えており、立ち見席ですら大混雑が予想されていた。
「予告映像の反響はすごかったのになんででしょうか」
1ヶ月前の貴族街全体をジャックした予告映像はアニメに対する評判を一気にかえた。
それまで完全に噂が消えていたのに人々からアニメの話題がそこら中にみられたのだ。
今も予告映像を夜中を除く3時間に1回上映しているため認知度は非常に高い。
なのに予約率が伸びなかった。
「問題なのは2日目以降の予約率が100%を超えているんだ。超えていないのが初日だけだ」
アニメも新星公演も初日公演以降も一定期間毎日公演される。
アニメの場合は初日以降は1日3回公演が行われる予定だ。アニメは収録したものを公開する形なるので帝国楽劇と違い、実演するわけではない。
結晶端末に使用される魔力が持つ限りは絶えず公開することが可能なのだ。
だがこの公開数に問題があり、初日新星公演を見に行き、二日目以降にアニメを見るという貴族が続出したのだ。
逆に初日に新星公演に行けない者達がアニメに流れると思われたがそう多くはなかった。
やはり帝国の象徴たる興行、帝国楽劇より先にアニメを見にいくという行為を良しとしないものが多かったらしい。
さすがのレオンもその動きを読めなかったようだ。
「今更、公開数を絞るわけにもいかない。どうすれば帝国楽劇のファンを取り込める」
「……」
レオンの言葉に誰も返すことはできなかった。
やはり帝国楽劇には……伝統には勝てないのか。
「何か手はあるはずです! アウレアに咲く花はものすごい作品です。レオン様の演出、脚本。オスカー様のイラスト。リディアさんの音楽。そしてジュリアンと私の演技。今までの最高がこのアニメに詰め込まれているんです」
「そうね。見てもらえば絶対心に残るはずだわ。だけど見てもらうことが難しいのよ」
リディアの言葉は重かった。ソノーラ魔法でコンサートをしてきたリディアだからこそ言えることでもあった。
「見てもらうためにできることか」
ジュリアンは考え込む。
「宣伝を増やすしかないんだけど、予告映像も第二弾を打ったしこれ以上は何をすればいいんだろう」
すでに一番効果のある予告映像は使い切っている。
どうすれば人を呼ぶことができるか。皆で悩むが妙案は出てきない。
「ママー!」
そんな時、会議室に小さな子供が入ってきた。
「エミリオどうしたの?」
「エミリオくんだめだよ〜。今、大事な会議中なのに……。ごめんなさい!」
追ってくるようにエルも入ってくる。
リディアがエミリオを連れてくる時はエルが面倒を見ている。エルが目を離した時にこちらに来てしまったの。
「やんちゃな子でごめんなさい」
「私、弟欲しかったですし大丈夫ですよ! エミリオくんいい子ですし」
「アニメ、おうたないの?」
エミリオの何気ない一言がここにいるメンバーの脳に衝撃を走らせる。
「あはは、子供用のアニメを見せてくれたじゃないですか。歌がないことにエミリオくんがぐずってしまって」
「エミリオは歌が好きなんだね」
特に衝撃を走らせることがなかったジュリアンが微笑ましく声をかける。
「ボク、ママのおうた大好き!」
「童謡かな。帝国の歴史を感じさせる歌がいっぱいあるよね。帝国楽劇でも歌劇曲という形で力強い熱唱を俳優陣が行うけどアニメの中で歌劇力を使うのはテンポが悪くなりそうだし、難しそうだよね。って」
「そう歌よ! 歌だわ。何かが足りない。そう思っていた!」
リディアが突然叫び出し、全員がびくりとする。
「殿下! アウレアに咲く恋に歌を入れましょう!」
「だがジュリアンの言うとおり作中に歌を入れるのはテンポが悪くなるんじゃないか。挿入歌というのは悪くない考えだ。今後検討してもいいかもな」
リディアの案は検討という形になる。悔しさを見せるリディアにセレスは声をあげる。
「挿入歌ではなく主題歌として入れるのはどうでしょう」
「主題歌?」
レオンは聞き返す。
「作品をイメージした曲を作って、アニメの外で流すんです。広告宣伝のように、次は歌を重視してみてはどうでしょう」
「それならば悪くない。リディア、君ならどういう歌を主題歌とする」
「アウレアに咲く恋は主人公のフィオとアルベリオ、カイゼルが戦争を通じて恋心を揺らす作品です」
「そうなるとバラードか」
「バラードは良い曲調ですが、宣伝という意味では相応しくないかもしれません」
「聴衆を引きつけるには弱い気がするな」
リディアはばんと会議室の机を叩く。
「主題歌は大衆曲、激しいBPMでオーディエンスの脳裏に刻み込むような曲じゃなきゃだめです!」
リディアの強い口調に皆の注目を引く。レオンは軽く頷いた。
「言いたいことはわかった。どっちにしろリディアが作らないと始まらん。間に合うか?」
「間に合わせてみせます。わたしのイメージでは歌はアルベリオとカイゼルに歌ってもらいたいと思っています」
「えっ! 歌手に頼むんじゃないの!?」
ジュリアンは驚き、声を上げる。
「歌手に頼んでる時間なんてないわよ。声優が歌い手になりなさい。役の声で歌うのよ」
「カイゼルの声でですか! まぁ、ボイストレーニングしてるからいけると思いますが……。主人公はフィオだからフィオが歌った方が良いのではないでしょうか」
「何言ってるの。貴族夫人が小娘の歌に興味を湧くわけないでしょ。イケボの二人が歌うからこそ脳裏に刻み込むのよ!」
リディアの勢いに誰も何も言えなかった。
その時、部屋に一人の男が入ってくる。
「殿下、プロマイドのイラストについて相談が」
「オスカー様!」
「り、リディア嬢か。なんだ」
突然のリディアの発声にオスカーも驚きたじろぐ。
リディアは突然ペンを走らせた。指示書でも書いているのだろうか。
「これお願いします。1週間以内です」
「なんだこれは。こんな派手な衣装、キャラの解釈が」
「いいから! 手を動かしてください、アニメのためです!」
「……善処しよう」
(オスカー様が折れたわ!?)
相手は侯爵だというのにこの男爵令嬢強すぎた。セレスやジュリアンだけでなくレオンも唖然としている。
指示書を持ってオスカーは会議室から去っていった。
いったいどんな指示書だったのか。
「一つだけ問題があるのよ」
「それはなんですか?」
「わたし作曲はできるんだけど作詞が無理なの。文才がなくてね。殿下お願いできませんか?」
「できなくはないが、俺もそっちの領分は慣れてなくてな。時間が足りなすぎる」
公開まで2週間。オスカーのイラストが1週間で出来上がった後は歌の収録、結晶への登録も必要だ。
時間はまったく足りない。
「ウチに帝国楽劇に使われる歌劇曲の詩帳があるし、持ってくるよ。作詞に使えるかも」
「いいですね! 歌劇曲の詩ってどれも綺麗な言葉で綴られていて、読んでみたい」
「それだわ!」
またリディアが叫んだ。
「歌劇曲の詩がどうかしたんですか?」
「それじゃないわ。主題歌の作詞に使えそう詩帳があったのよ!」
「本当ですか! じゃあそれを持って来てください」
「何言ってるの。持ってくるのはあなたが毎日書いてる詩帳よ」
リディアは知っていた。セレスが毎日、日記代わりに詩を書いていることに。
それを聞いてセレスは大きく驚いた。
「あれを使うんですか! だ、だめですよ。あんなの使い物になるわけ」
「そんなことないわ。あの詩帳にはこの世の憤りがたくさん書かれていた。とてもロックだったわ」
(どんな詩帳なんだ)
レオンとジュリアンは凄く気になったがきっと教えてくれるはずもないと聞けなかった。
「セレスの恋心を思った詩もあったわね。あの詩は作詞にできるわ」
「っ!」
二人の男はその言葉に強く反応した。
「だ、だめですよ! 恥ずかしい」
「いいだろう。セレス、持ってきてくれ」
「レオン様!?」
「でもいいかもしれない」
「ジュリアンまで!」
「そうじゃなくて。主題歌が実際に流れたらスタッフロールに作曲リディア、作詞セレスティアの名が載ることになるでしょ。ステラの目眩しになると思う。ここにセレスがいる理由にもなるし」
「そ、それは……」
「持ってこなくてもいいわ。わたしが作曲したものにセレスが作詞をして曲を完成させたらいいのよ」
ステラの正体が秘匿となっているのでセレスがここにいる理由を作らなければならなかった。
今はいいが第二回を経てアニメが有名になった時、ステラが何者なのかという疑惑は必ずついてまわる。
セレスの正体をバレないようにするための隠れ蓑にはちょうど良かった。
3人の目がセレスに集中する。そして……。
「分かりました。作詞をやってみます」
詩帳を持ってくるよりはマシだと思い、受け入れることにした。
「さて急ピッチで作業を進めるぞ」
こうして会議は終わり、各々の作業が始まることになった。そして。
「うーん」
「お嬢様、今日はアトリエに行かれないのですか?」
自室にいたセレスは専属侍女のリーゼに声をかけられる。
「今日は作詞をやってみようと思ってね」
「ああ、例のですね。私はお嬢様の詩のセンスはあると思ってたのでみなさん見る目がありますね」
「そう? リーゼは何を言っても褒めてくれるからあまり信用度が」
「そんなことないですよ。あ、旦那様とヴィルヘルム様は公開の三日目に貴族会館に来られるそうです。楽しみですね」
「本当にお父様もお兄様も見にくるのね。演技はまだしも歌まで披露することになるなんて」
「お嬢様が歌われるんですね! 私も見たかったです」
貴族会館には平民は入ることができない。なのでハルモニア家からは二人だけが見に来ることになっている。
本当は初日に来る予定だったが会合でどうしても難しく、遅れてしまうことを子爵は嘆いていたと連絡があったようだ。セレスをそれを聞き、心が暖かくなる。家族がこのプロジェクトを応援してくれることが嬉しいようだ。
セレスは音楽結晶を使用し、何度もリディアの作曲した歌を聞く。
「とても良い曲だわ。アップテンポでサビの部分なんて力が入ってる。二日で仕上げたって言ってたから相当ノリノリで作ったんだわ。リディアさんらしいかも」
リディアは今回主題歌の作曲にかなりの熱意を見せていた。
あっという間に作曲をしてみせたのだ。
「アルべリクとカイゼルが歌うのを想定する曲。フィオへの想いを聞いている人に向けているようにしてみれば……」
セレスは何度も何度も曲を聴きながら、ペンを動かし、紙に詩を書いていく。
曲に合わせて書いては消し、書いては消し。そして。
「もうせっかくだし、大胆な歌詞にしてみようかな。これをジュリアンが歌うって考えるだけで滾る!」
自分で歌うことになることを忘れており、セレスは歌詞を紙に記していく。そして。
「出来た!」
セレスはすぐに出来上がった作詞を持って、アトリエに来た。
音楽室にいたリディアに声をかける。
「リディアさん!」
「おはようセレス。作詞はどう? 初めてだから難しいと思うけどじっくりと考えてみて。きっとあなたなら」
「曲すごく良かったです。聞いてる内に世界が広がっていて、筆が止まらなかったですよ!」
「そ、そう。それより……あなた目の隈がすごいわよ」
「あ、一日中書いてたからかもしれません。でも作詞できました!」
「一日で!? 嘘でしょ!? ちょっと見せてみて」
セレスから詞を受け取ったリディアは全文を眺める。時間がなかったため短めの曲としたが完璧に出来上がっていた。
リズムを取りながら詞が曲と合っているか口ずさんだ。リディアは最後まで歌詞を読み切る。
「あなた、作詞家でも食べていけるわよ。食べていく必要はないんだけど……凄いわでも」
「でも?」
「寝なさい」
セレスは虚ろな目とひどい隈で令嬢とは思えない様子を見せていた。今、セレスの姿を見たらびっくりすることだろう。
「殿下とジュリアン君が見たら冷めるかもしれないから。二人には可愛いあなたを見せてあげなさい。それが一番喜ぶから」
「ふぁい」
リディアはセレスを家に帰し、音楽室のデスクに腰掛ける。
それからは出来上がった曲と詞で歌を作り、さらに編曲の作業をし始めた。
「これは腕がなるわね。わたし好みの曲に仕上げてみせるわ」
そして二日が過ぎて、いよいよ主題歌の収録の時が来た。
イラストはすでに出来上がっている。今回はキャラクターだけで背景は既存のイラストから流用したため出来上がりも早かった。
曲を音結晶に保存し、それをアニマ・メドゥスを使ってイラストに転写してまるでキャラクターが歌っているかのようなアニメとする。
そして関係者全員が集まった。
「こ、この歌詞を歌うのかい」
歌詞表を見たジュリアンは物怖じをする。
「僕は……歌うために声優になったわけじゃ……ひっ!」
レオンとリディアに睨まれてジュリアンは縮こまる。文句を言わず歌えと意思を感じた。
「……」
セレスも歌詞の書かれた歌詞帳を見ていた。
(深夜のノリとはいえ、よく私こんな詩を書けたわね。ジュリアンが歌うのはいいけど、自分で歌うのは恥ずかしいかも)
セレスは作詞担当のつもりだったが、カイゼル役として歌う必要があることを完全に忘れていた。
だけどここまでやった以上、今更歌わないという選択肢は取れない。
すでにオスカーやリディア、レオンは仕事をしている。アニメを流行らせるために力を尽くしたのだ。ならば声優である自分達が力を尽くすのは当然であった、
「ジュリアン頑張りましょう! 私、頑張ります」
「セレスが頑張るのに僕が頑張らないわけに行かない……分かったよ。やってやるさ!」
そして歌の収録を終えた。
「はぁ……はぁ……」
「……ふぅ」
二人は顔を真っ赤にしながら歌唱を終えた。
「歌ってこうだっけ……アルベリクってこんなセリフ、アニメでは言わないんだけど」
「カイゼルはキザだからあるかも。……でも恥ずかしかったです」
半日かかった収録は完了。わずか3分の曲ではあるが完璧と言える完成度だった。
「凄く良かったわ二人とも。これで貴族夫人達の心を奪えると思う」
監督室にいるリディアは感激して涙を浮かべていた。女性のリディアに効果的なのであれば貴族夫人にも効果的といえるだろう。
そしてなぜか隣のレオンも感激をしていた。
「殿下はなんでそんな嬉しそうなんですか。男の歌ですよね」
「ああ、セレスが恥ずかしそうにしながらカイゼルのフリするのが可愛らしくてな、目に焼き付けていた」
「な、何を言ってるんですか!」
セレスは恥ずかしそうに大声を上げる。
「ジュリアンの歌は悪いが聞いてない。まぁ良かったんじゃないか」
「ほんと殿下って僕の扱いが適当ですよね……。監督ならちゃんと聞いてくださいよ」
そんな感じで最終OKとなり、イラストへの転写も完了。アニメのライブ映像を全員で確認した。
「これだけのことをやりましたけど上手くいくんですか? 新星公演の初回公演から人を引っ張るには弱いと思うんですが」
「そうね……。歌だけではまだ厳しいかもしれないわね」
ジュリアンとリディアの意見にレオンは何も言えずにいた。
すでに二回アニメのPVで宣伝を打っている。三回目として歌を盛り込む予定だがそれで不安が拭えずにいた。
レオンもう同様のことを考え悩む。
そしてセレスが手を挙げた。
「邪道かもしれませんが一つ案があります」
「……聞かせてくれ」
「これは子爵家で……実際商売でやったことなんですが」
セレスの説明でレオンとリディアは納得。しかしジュリアンは抵抗感を示していた。
「さすがにそれは……どうなんだろう」
「歌が3分。アニマ・メドゥスの効果時間は5分なのでまだ2分、収録容量に余裕があります」
「でも……」
「ジュリアン。私達は新星公演に勝たなければなりません。それにこの方法は新星公演の方だってできることです。でもやらないのはなぜだと思いますか?」
「それは帝国楽劇が歴史ある興業だからでやる必要がないからじゃないのかい」
その言葉にリディアは異を唱える。
「アニメは歴史のない興業よ。つまり先進的とも言えるわ。帝国楽劇と同じことをやるんじゃいつまで経っても追い越すことはできないわ」
「それはそうかもだけど……」
「こうとも言えるな」
レオンの言葉に全員の視線は集まる。
「かつて帝国楽劇も人気が落ちた時代があった。トップスタァの不在だった時代だ。その時はいろいろな施策を取り、人気を取り戻す努力をした。しかし今はどうだ。皇女ヨノエル人気のおかけで欠伸をしていても満員御礼だ。それでいいのか?」
レオンは話を続ける。
「俺達がこの手段を取ることで帝国楽劇側の意識も変わるかもしれない。ライバルとは切磋琢磨に競い合っていくものだ。違うか?」
「……分かりました」
ジュリアンは頷く。
「父も新星公演に出た時代は手売りで走り回ったと言っていました。そんな時代もあったんだと思います。今はそんなことをする必要がないから。いいでしょう、とことんやりましょう!」
否定派だったジュリアンも納得し、セレスの施策が実行されることが決まった。
レオンは最後に言葉をかける。
「さぁ勝ちに行くぞ! セレス、君となら何でもやれる気がする」
「はい! 頑張りましょう!」




