065 予告映像
ここは貴族街の下層。貴族しか入ることができない小さくもあり、大きな街。
流行を生むのは上層に住む上級貴族だが流行に乗るのはここに住む下級から中級貴族であることが多い。
公開日まで約4週間となった日、住民達は帝国楽劇の新生公演を楽しみに日々を過ごしていた。
本公演に比べて格安で公演を見ることができるのもあって今回は予約の埋まりが格段に早かった。
もう誰もアニメのことなど覚えていない、そんな時だった。
「お母様、あれは何かしら」
子供が指をさす。そう、そこには白い看板が立てられていた。
ここは中央広場。噴水とシュテルネンライヒ大帝国の象徴といえる星のレリーフが置かれた場所。時計台もあり、正時に鐘の音が鳴る。特に12時と18時では特別な音楽が流れる
そして正午の鐘の音と共に白一色の看板が光が輝いた。
この白一色の看板は一つではなく、複数。
それはどれも貴族街の重要な施設の近くに取り付けられていた。
白看板にアニマ・メドゥスの魔法がかけられたことでイラストが表示され、絵が動き出す。
:金色の花が風に揺れている。
『大陸でただひとつ、黄金の花“アウレア”が咲く国ルーヴェリア』
「ちょっと待って、あの看板から声が出てるの!?」
「母様、絵画が動いていますわ!」
ざわざわと観衆看板の前に集まり始めた。そのざわつきは1箇所ではない。貴族街の人が集まるところ全部がざわつき始めた。
つまり、画結晶により看板にイラストが表示され、貴族街の一目につく所全部に貼られて作動結晶によりアニマ・メドゥスがかけられたのだ。
『花畑に佇む、蜂蜜色の髪の姫フィオレンツァ。この優しい国をたったひとりで背負う姫』
『今日も良い日でした。明日も良い日であれば良いのだけど』
:白い騎士服の青年が振り返って柔らかく笑う。
『アルベリク。フィオレンツァのために、平民から騎士団長へと駆け上がった男』
『フィオレンツァ様、今日はお休みくださいませ』
『もう昔みたいにフィオって呼んでくださらないのですね、わたくしはずっとあなたのことを」
:近いようで縮まらない距離。二人が両片思いであることがわかる距離感となっていた。
『身分の壁が二人の想いを交差させる。でもいつかは二人の想いが実る日が来る」
:空が暗転する。地鳴りと剣戟燃え上がる城壁。
『平穏はある日突然に断たれた。軍事大国ヴァルガルドがアウレアを求めルーヴェリアに侵攻した」
:銀の髪の美しい少年が微笑んだ。
『僕は第二皇子であるカイゼル。フィロ、君がヴァルガンドに嫁ぐならこの国は滅ぼされない』
『そんな!』
『考えるといいさ。それまでは僕はルーヴェリアに滞在するから』
:音楽が明るく転じる。そこにはフィロとアルベリク。そしてカイゼルの姿があった。
『いい国だねルーヴェリアは。ヴァルガンドに比べて』
『カイゼルがルーヴェリアを気にいってくださったこと凄く嬉しいです」
『頭でっかちの騎士団長様が余計だけどね』
『余計なこと姫様の前で言うんじゃない。俺はまだおまえを認めたわけじゃないからな』
『三人で笑い合う、束の間の日々。 花畑を駆けるフィオ。からかうカイゼル。それを見守るアルベリク』
:弦が不穏に軋む
『だが幸せな日々は長くは続かない』
:夜、抜き放たれた二振りの剣。
:アルベリクとカイゼル。ライバルにしていつしか親友となった二人が今、向かい合う。
:全ては愛しのフィオレンツァを手に入れるため。
『やめて……!』
:フィオの叫び頬を伝う涙。二人の間へ身を投げ出すように飛び出した。
『アルベリク、カイゼル! お願いやめて!!』
:交わろうとした剣が止まるその刹那。
:暗転し、ゆっくりと光の中に文字が浮かび上がる。
『アニメ、【アウレアに咲く恋】』
『某日、貴族会館アーデルスハレにて公開予定』
イラストの魔法効果が切れて、再び真っ白な看板となる。
予告映像を見た人々は皆、茫然と空を見上げていた。
そしてこの予告映像はこのメンバーも見ていた。
「オデットさん、先ほどの感情演技とても良かったですよ。ますます腕を上げていますね」
「当然です! あと1ヶ月で公演なのですから」
皇立楽劇団の新星公演のメンバーも朝から練習に励んでいた。
主演であるシャイセントやオデットが中心となり、若手メンバーで構成されている。
今からランチを取るため外へ出るといった所だろうか。
「シャイセントさんはランチに来ないのですね」
「ヨノエル様に睨まれたそうで、公演が終わるまでは外に出られないそうですわ」
「さすがの彼もヨノエル様には敵わないか」
シャイセントの素行の悪さは楽劇団の中でも有名であった。
今のところは演技の練習に専念している。
「超満員の中で演技ができるんです。わたくし、本当に憧れで……この帝国楽劇場の舞台で演じることが夢だったんです」
「オデットさんは本当に強い意志を持っていますね。私はすぐに緊張しちゃいます」
(ふふっ、もうアニメなんて誰も噂してないわね。最後に勝つのはあたしなのよ)
オデットは自慢げに笑う。
そして帝国楽劇場の正門を通りかかった頃だった。
「そういえばあそこに白看板なんてありましたっけ?」
「なんか不恰好ですよね。せっかく貴族街の上層にあるのに……」
十二時の鐘の音がなり、白い看板が突然光り始める。
『大陸でただひとつ、黄金の花“アウレア”が咲く国ルーヴェリア』
「看板から絵が!? 声が!? 動いている!?」
「もしかしてこれがアニメじゃないか」
全員の意識がアニメという言葉に集まる。
こんな所に映像を出すことができるなんて皇族の権力がなければ不可能に近い。
全員がその映像に見入ってしまっていた。
皇立楽劇団。入るだけでも不可能に近い、演劇のエリート中のエリートがアニメに見入ってしまっていたのだ。
『アニメ、アウレアに咲く恋』
『某日、貴族会館アーデルスハレにて公開予定』
そうしてアニメ映像が消え、再び白い看板へと戻った。
「これは確かに……我々に喧嘩を売るだけの魅力はあるな」
「ええ、帝国楽劇では出来ない技術がアニメには存在するのね」
「でも!」
大声を上げたのはオデットだった。皆が視線を送る。
「帝国楽劇の方が何倍も楽しいはずです! こんなのに負けるはずがない!」
「オデットさん……」
「あたしは新星公演を絶対に成功させたいです」
オデットは歩みを止めて、再び帝国楽劇場の方に向かう。
「もっと練習します。練習して練習して、アニメなんて誰も見なくなるような演技をお客様に見てもらうんです!」
「お、俺も!」
「私も!」
オデットのやる気に即発されて、メンバーは皆、帝国楽劇場に戻っていく。
(こんなのまやかしだわ。演技は人がしてこそよ! セレス、あなたには絶対に負けない!)
こうしてオデット達は公開日まで毎日練習をし、腕を磨いていくのであった。
そんな時、セレスは何をしていたかというと。
「セレス、あーんするから口を開けて」
「レオン様、恥ずかしいです……」
帝国一の美男子と呼ばれている男に甘やかされていた。




