063 アトリエ改築
アニメのプロジェクトは原則に秘匿とされ、正式発表を行うまでは情報統制を敷いている。
もちろん一部の芸術に詳しい貴族達は情報を手にいれてはいるのだがなるべく外に漏れないよう関係者達は気を配っていた。
ただ第一回と比べて明らかに調べられる頻度が増えていた。
このままでは情報が流出し、対新星公演においての優位性が損なわれる可能性があった。
「だったら情報は一カ所に集めて厳重に管理した方が良さそうだな」
レオンはそのような判断をする。
第一回の時はイラストはアトリエで作成され、収録など音関係は王城の中で行われた。何分、アニメは前例のないプロジェクトゆえにセレス達は幾多の問題に直面することになる。
防音やノイズの問題。上手く音が収録されない問題などなど。
リディアもまたアニメのBGMの作成に雑音などが入ることを苦慮しており、問題点としてあげていたのだ。
これだけでも20話くらい文章が書けるというメタ的な話も出てしまうくらいだ。
結局は第一回の公開を経て、専用の作業場が必要ではないかという話になった。
そこで白羽の矢が立ったのがオスカー・ヴィンターフェルトのアトリエである。
大前提として気難しく、頑固で、皇子の言うことすらなかなか聞かないこの男を説得するのはまず無理であった。
そのためイラストの作業場はオスカーのアトリエで行うことが大前提。
そうなると録音室や音楽室をオスカーのアトリエで作る必要があった。
そもそもオスカーのアトリエは帝都、貴族街の郊外にある3F建ての一軒家である。
1Fは大きな玄関ホールから十人以上は過ごせる談話室。重要な話をする個室。食事が作れる厨房があり、毎日お世話係のエルが切り盛りしている。
オスカーの亡くなった妻の使用人でもあったエルの母親筆頭に、時々手伝いに来ているようだ。
2Fは大アトリエとなっており、大きなスペースとなっている。隣接に資料室も存在していた。
3Fはオスカーの寝室、住み込みのエルの部屋。あと客室などが存在している。
この構成を崩して部屋を作ることはほぼほぼ不可能。そんなわけでアトリエの横に別棟を作ることになった。
オスカーも最初は渋ったがエルの説得で了承。
侯爵家が敷地を保有しているからか、アトリエの外の庭が想定以上の広さを誇っていたのが良かったと言える。
今回、ようやく別棟が完成したということでオスカーを除く4人が別館の前に足並みを揃える。
「何とか収録まで間に合ったな。第二回が終わり次第、改装を行う予定だ」
レオンは一息入れる。この別館もかなり突貫工事で建てたらしい。第一回終了からそうは経っていないのだから当然といえる。
「オスカー様のアトリエは芸術っぽさがありますけど、別館はまったく情緒の欠片もないですね」
リディアの率直な意見に一同、何も言えない。
セレスもちらりと外観を見た。
(別館も本館と同じ3F建て。帝都で流行っている先進的な建物って感じだわ。扉や窓もあるけど外から中はまったく見えない。反射魔法を付与した特殊なガラスだっけ)
「よし、中に入るぞ」
皆、足を踏み入れた。
「別棟の内容は私が説明させて頂きます」
「ディートリヒさん! お久しぶりです」
レオンの従者であるディートリヒがそこにはいた。セレスからすればレオンだけでなく、ディートリヒもかなり久しぶりだった。
「セレスティア様。この間のハルモニア市の出来事は私にとっても良い休暇となりました。ちなみにあの日から一度も休暇はありません」
「で、ですよね……」
「皆様が頑張ってくださることが一番ですので。ごほん、では説明致します」
新築の別棟を紹介してくれる。
ここはセキュリティがかなり厳重であり、出入りも制限される。
魔法による認証システムを使用しており、レオンハルトが許可した人物以外の入場を禁じている。
現状は主要5人、ディートリヒ、エル、エトセトラと言ったところか。
別棟の入口入ってすぐの所に会議室が設けられていた。
オスカーのアトリエの談話室に比べれば規模は大きく、さらに多人数が入ることができる。
イラストを貼り付けるボードも含めてかなり大規模な会議ができる。
今後はここを積極的に活用することになりそうだ。
「すごいね……。帝国楽劇場でもここまでのものはないよ」
「ええ、殿下。この別棟の設立の費用ってどこから出てるんですか」
「俺のプロジェクトだからな。俺の個人的な資産から捻出している」
大帝国の皇太子の資産だ。相当な金額の物となるだろう。
現時点はまだ帝都の一部でしか運用していない。これが帝国全体ともなると国家予算を付けていく形となる。それがレオンの目的の一つである。帝国楽劇に準ずるアニメの興業化だ。
(ベルモント家も凄かったけど、やっぱレオン様はもっと凄いんだわ)
セレスは改めてそのレオンの力に驚く。
別棟2階へ行くと様々な部屋が見てとれた。増築は可能となっており、現時点ではまだ必要な部屋しか作られていない。
完全な完成はこれからといったところだろう。
「こちらが録音室になります」
2Fの1室はアニメの収録を行う録音室だ。
防音構造となっており、外の喧噪や馬車の音も入ってこない。
イラストが表示させやすいように真っ白な平面の壁も存在している。
「すごく厚い壁ですね。これだったら変な音とか入ってこないかも」
「王城で収録する時は扉の開け閉めとかが録音されちゃうから大変だったよね」
「感情演技が終わった直後にノイズが入った時は絶望でした」
「第一回の時は何度取り直したことか」
セレスとジュリアンは過去の大変さを語り合う。
逆をいえば繰り返し収録を行ったことでセレスの大幅な技術向上が見込めたのも事実であった。
「仕切りがありますね。この部屋は一体……」
部屋内は仕切りがあり、その奥には机と椅子が並べられていた。
位置的には録音ブースと机があるブースは直線上となっている。
「監督席だ。ここから声優の演技をチェックする。このボタンを押せばマイクが入って、カットの指示ができるんだ」
「前の時は殿下の声が聞こえなくて最後まで収録しちゃった時が何度かありましたもんね」
「確かに。私もジュリアンも熱が入るとまわりが聞こえなくなっちゃいますよね」
レオンが試しにマイクで録音ブース側に声を出す。
「中断する時は部屋の上部のマイクから声が出る仕組みだ。これなら聞こえるだろう」
「はい! いけると思います」
「マイクも台本立てもいい感じだ。これならリップノイズも最低限にいけるかも」
第一回の収録と比較してジュリアンもセレスも喜びの表情を見せた。
セレスは録音ブース内をキョロキョロしてあることに気付いた。
「レオン様、この結晶はなんでしょうか」
先述のようにマイクの技術はすでに確立されており、帝国楽劇でも観客に伝えるために小型化されたマイクを演者が使い、演技をしている。
そして結晶とは魔法の力を研究され誕生した様々な機能を持った端末である。正式名称は魔導結晶と呼ばれ、魔力を持った石、魔石を加工して作成される。
一般的には結晶と呼ばれるのだ。
「前回の反省を生かして、帝国魔導研究所に依頼し、様々な結晶端末を作らせた」
「帝国魔導研究所ですか!」
シュテルネンライヒ大帝国が最強と言われる所以は魔法の力を研究し、戦場で効果的な魔法を使うことができるからだ。
アニマ・メドゥスもまたこの研究所によって生み出された魔法だ。
「僕達文化人には縁がないですけど、あそこってエリート中のエリートだけが所属を許されるんですよね」
「そうだな。ヴィルヘルムも就職先として推薦を受けてたんだ」
「お兄様がですか! 全然知りませんでした」
「皇太子の従者も断られたしな。君の兄貴はあれで優秀なんだ」
「へー、私には口うるさくて、鬼そのものですけど……そうなんですねぇ」
「君ほどあの男を評価していない子はいないと思う。ま、そんなところもだが」
そんな様子をジュリアンはじっと眺める。
「殿下があれほど褒めるんだから相当なんだろうね。リディアは一つ年下だし、関わりあったんじゃないの?」
「わたしは音楽の学校に行ってたから。でも噂にはなってたわよ。殿下と仲良しの子爵令息の話。殿下に負けないくらいのルックスでこちらの学校でも声あがってたもの」
「そんな兄と同じ血を引くセレスにも才覚があるんだろうね」
「本人はまったくそう思ってないのがね」
「でも、そんな所が……」
(殿下もジュリアン君も最近、セレスを見る目が変わってるのよね。これは本人に聞かないとかしら)
リディアは新しい面白いネタを見つけたように笑った。そして手を叩いて話を戻した。
レオンは一つの結晶を取り出す。
「これは画結晶。オスカー卿のイラストを保存する端末だ。ここにセットして」
レオンはブースの壁に置いている大きめの機械に画結晶を取り付けて、操作する。
すると正面にオスカーが描いたイラストを表示させた。さらにポチポチ押すことで違うイラストも瞬時に出すことができる。
「その画結晶を使えばイラストを巻き取る作業が短縮されて、続けてアニメを見せることができるんですね」
ジュリアンの言葉にセレスはようやく合点がいった感じとなった。
「それに合わせて使うのが作動結晶だ。これを使えばアニマ・メドゥスを発動することができる。これで俺が何度もアニマ・メドゥスを使わなくてもすむ」
アニマ・メドゥスとは発動者の構想をイラストに転写し動かす魔法である。
そのため発動者によって動きが変わってしまうため監督兼脚本が毎回魔法を使う必要があった。
端末に画結晶と作動結晶を取り付けてイラストとアニマ・メトゥスの作業を機械化する。
「レオン様の負荷がかなり削減できますね」
「収録中は細かに修正していくことになるからまだ俺の手は必要だろう」
「でも本番は楽になりますね」
セレスが収録に使うマイクとイラストが写されるシアターの間に台座があり、そこにも結晶が取り付けられていた。
「レオン様。この結晶はなんでしょうか」
「そこにあるのは録音結晶でセレスとジュリアンの声を習得するためのものだ」
「アニマ・メドゥスをイラストだけではなくこの結晶にも保存させるということですか」
レオンは頷いた。
「イラストに保存すると描き直しがあった時にまた収録し直さなければいけなくなるだろう。前もあったからな」
オスカーが気にいらないので描き直すとあとで言い始めて、そのイラストの収録分を再度行ったという逸話があった。
「ありましたね……」
「あったね……」
「あったわね……」
「皆さん遠い目をされるほどだったのですね」
ディートリヒがにこりと笑う。
声だけでなく音楽の再収録まですることになったのでリディアも被害者の一人である。
アニメの要であるイラストの書き手で頑固者のオスカーには4人とも何も言えないのだ。
「この結晶に保存し、編集端末とリンクさせることで編集も可能だ。数秒事の編集もできるから1つのミスで全て撮り直しもなくなる」
「助かります……ミスがトラウマになりそうでしたから」
「今は僕とセレスだけだからいいけど、声優が増えたらミスは増えるし、この録音結晶はかなり重要になるよね」
「オスカー卿にラフ画を作ってもらい画結晶に登録。その画結晶を映し出して、作動結晶でアニマ・メドゥスを発動。声優陣が演技し、録音結晶に記録する。最後は完成したイラストに作動結晶と録音結晶を連動させてイラストに完成データを保存する。こういう流れになる」
「仕事は楽になりましたけど編集が大変そうですね……。大丈夫なんですか」
「俺とディートリヒでなんとかしよう。第二回が終わったらそのあたりに特化した人選も考える予定だ」
「ディートリヒさん……」
「いいんです。元々休みなんてあって無い仕事ですから」
ディートリヒもまた遠い目をしていた。
録音室の説明を終え、隣の部屋へと入る。
そこは小規模の劇場のような形となっていた。
ディートリヒが部屋に備わっているスイッチを押す。
「こちら試写室になります。第二回では劇場での公開を予定しております。そこに合わせて仕上がりをチェックするために作りました」
「アニメは見えやすさとか光の具合とかで出来栄えが変わるもんね」
「光度とかも気にしないとですね」
「音楽もそうよ。平面から出力されるからどうしても聞こえ方にムラができるわ」
「将来的には立体音響として、イラストに音楽を入れるより別に保存する手段の方がいいかもしれないな」
帝国楽劇では皇位楽団による演奏がなされているが、プログラムによっては全方向から演奏で臨場感をアップさせる手段を取ることもある。
試写室は分厚い暗幕と遮光窓の存在で昼でも真っ暗にできる。
録音室と同じで一面を白く均一とした投影用の壁もあり、イラストを貼り付けるか画結晶でイラストの表示させるか選ぶこともできる。
観覧席は座り心地のいい長椅子を数列用意し、主要メンバー以外にも突然の客人にも対応できるようにしている。
一番奥の操作席で端末の操作が可能となる。
「隣の部屋へ行きましょう。ここは音楽室となりますね」
「わたしの城ね!」
リディアのテンションが上がる。
ディートリヒが話を続けた。
「こちらソノーラ魔法で音楽、効果音を作り、そこの音響結晶に保存する作業場となります。あらゆる楽器も用意しているので実演も可能となります」
「ピアノ、ヴァイオリン、管楽器……他にもありますね」
「楽器の音色に近づけないといけないから実物の資料は必要なのよ」
セレスは多種多様にある楽器を見て、そんな反応にリディアは返す。
ここで演奏会を行うことも可能だ。
もちろん防音室となっており、漏れ出ることはない。
「これで大音量で音楽を奏でても怒られることはないわ」
王城では何度かクレームがあったらしい。
リディアもまたオスカーほどではないものの、職人気質な所があるため妥協は許さなかった。
「この音響結晶のおかげで相当量の素材を保管できるようになるわ。次のアニメは音楽の幅が広がるわよ」
これまでリディアの脳内だけで構成された音素材が外部保存できるようになり、編集も可能となった。こちらも画期的である。
他にも作業台や作曲机なども存在し、まさしく音楽の城である。
「わたし、ここに住みたいかも! でもエミリオと会えないし……、うーん!」
リディアは相当気にいったようだ。この音楽室はほぼリディア専属の部屋となるのでその意向が大いに反映されていた。
そして最後の部屋へと行く。
「机とソファ……それだけですか。あ、本棚がありますね」
「ここは俺の執務室だ」
「もしかしてここで王宮の仕事をするんですか?」
「少しでも収録に立ち会いたいからな。脚本の直しもここで行いたい」
「国家機密な情報もあるので本当はやめて欲しかったのですが、この別棟のセキュリティは
最新のものを使っているのでギリギリ許された感じです」
ディートリヒがため息をつくように話す。この執務室はレオンの意向で作られたのは間違いない。
「そこでだセレス」
「はい」
少し言葉を吃らせつつ、レオンはセレスに声をかけた。
「この執務室は俺以外立ち入り禁止だが、俺が許可すれば立ち入りは許される。君はこのプロジェクトの副責任者だからな。二人で話したい時はここを使おうと思う」
「分かりました! 大事な話ありますもんね」
「ちょっと待ってくださいよ!」
非難の声を挙げたのはジュリアンだった。
「こんな密室で二人きりだなんて、殿下に何されるか分かったもんじゃない」
「おまえ、俺に歯向かうとはいい度胸だな」
「っ! 睨んでも今日だけは引き下がりませんよ! その机に沿って置かれたソファ! 普通だったら対面に置かれるはずなのに一つだけしかなんておかしいでしょ」
「談話室のつもりで置いたわけじゃないからな。予算を削るところは削りたい」
「絶対嘘です! セレスを横に置いて会話するためにわざと一脚にしたんでしょ! あわよくば膝枕とかしてもらいたいとか思ってるでしょ!」
「……」
図星だったのかレオンは静まってしまう。
その考えが全て正しいのかディートリヒも肩をすくめた。
「レオン様もお疲れですし! わ、私で良ければいつでも」
「ねぇ、僕にはしてくれないのかい?」
「ひゃあっ! そんなウィスパーボイスを耳元で聞かされたら耳が幸せになるぅぅ」
「おい、声で釣るのはどうかと思うぞ」
「そのセリフは全部殿下に刺さりますからね」
「あなた達が楽しそうで飽きないわ」
この三角関係を見て、リディアは笑みを浮かべる。
一人既婚者であるため事態を見守るのみである。
(セレスはどちらを選ぶのかしらね)
ソファの真ん中に座ったセレスをレオンとジュリアンが挟み、互いに取り合っているのであった。
「殿下」
渋い声と共に一人の男が現れる。
そう、イラスト担当であるオスカー・ヴィンターフェルトだ。
20代前後、前半が揃う主要陣の中で唯一40歳だ。
しかしその見た目の良さそのイラストと同じぐらい素晴らしいもので、見惚れてしまいそうなほど成熟していた。
「ど、どうしたオスカー卿」
ジュリアンとセレスを奪い合っていたところの声に戸惑う。恥ずかしいところを見せてしまったと思っているのかもしれない。
「イラストが仕上がったので確認をいただきたく。ふむ、君達も見るといい」
「イラスト! 出来上がるのを楽しみにしてたんです。わぁ凄く綺麗!3キャラともいい顔をしてますね!」
この作品の主要人物が描かれたイラストが出来上がったのだ。
皆のやる気がみなぎってくる。
「今回の作品のタイトルをまだ聞いてないですけど、どうなるんですか?」
「暫定で決まっていたが正式としていいだろう。オスカー卿。第二回上映会のタイトルを言ってみてくれ」
レオンの言葉にオスカーは頷いた。そして重厚な声でタイトルを口にする。
『アウレアに咲く恋』




