062 対決構図
セレスはヨノエルと一緒にパーティ会場の方へ戻る。
パーティ会場は歓談が続いており、中心にいるのは新星公演で主演でヒロインを務めるオデットだった。
「新星公演ではどういったお話となるのですか?」
「新星公演、必ず見にいきますね!」
「オデットさんのような美しい声に生まれたかったですわ」
「ふふっ、ありがとうございます。きっと本公演にも負けないくらい素晴らしい楽劇が生まれることでしょう」
オデットは上級貴族の令嬢から囲まれて気持ち良さそうに高弁を垂れていた。
新星公演の主演という立場が彼女をさらに大きく見せていたのだ。
(どんな貴族相手でもまず向かっていくからそれはすごいのよね)
学生時代からオデットを知るセレスはどんな時でも変わらない旧友の姿にしみじみと思う。
だが次の瞬間、皆の視線が一気に集まる。
「ヨノエル様だわ!」
「ヨノエル様が来られました!」
帝国楽劇のトップスタァで皇女のヨノエルの存在に気付き、一同騒ぎ立てる。
ヨノエルの前にわらわらと人が集まった。
「来てくださったのですね、ヨノエル様」
「突然よクララ。あなたの夫の誕生日パーティだもの」
アレクサンダーの妻、クララはヨノエルと仲が良い。
プライベートでも交流があり、ヨノエルが最もお茶会に誘うほどの仲と言う。
「俺は貴女を呼んだ覚えは無いんだが」
「あら、わたくしも貴方に呼ばれた覚えもないし、興味ないわ。クララはわたくしに任せて、アレクサンダーは適当に挨拶してなさい」
「本当にこの女は!」
「もうあなた、皇女様に失礼ですよ。ヨノエル様もあんまり揶揄っちゃだめです」
「はーい」
ヨノエル、アレクサンダー、クララ。帝国楽劇の俳優の頂点に君臨する者達の会話に誰も口を挟むことはできない。
皇女にこれだけ気軽に声をかけられるのも長年の皇立楽劇団でやってきたメンバーだからだろう。
(ヨノエル様を中心に輪が出来ている。私は隅の方へ行かなきゃ……なのだけど)
セレスは視線を自分の片手に向ける。
(ヨノエル様が全力で握りしめてて、逃げられないのよね!)
会話の最中、ずっとヨノエルはセレスの手を握っていた。
(でもヨノエル様の手のひら、スベスベで暖かい。感激!)
でも心の中でも相当喜んでいるのでヨノエルファンとしてはたまらない状況である。
何でヨノエルの隣にこの子いるんだ? という疑問の視線にセレスは居心地を悪くしていた。
そんな時だった。
「どうして……どうしてヨノエル様の側にセレスがいるんです!」
上級貴族が多数いる中、大きな声を上げたのはオデットだった。
(上級貴族の会話を妨げるなんてしたら良くないのに!)
いくら新星公演の主演といっても男爵令嬢であることには変わらない。
そんなオデットの行動に一部の夫人や令嬢達が眉をひそめる。
そんな様子にも意を返さないのが目の前のヨノエルという皇女だった。
「セレスちゃんが側にいることの何が疑問かしら」
「あたしでもそんなことしてもらったことはないのになぜですか!」
「ん~ん? あなた誰かしら」
「っ! オデットです! 何度も名乗ってるじゃないですか」
「覚えなきゃいけない名前が多いから覚えなくていい子は覚えないようにしてるの」
とんでもない発言ではあるが、皇女ならありえるのかもとセレスは考える。
いくらヨノエルが破天荒といっても皇女として振る舞いに問題が発覚したことはない。
「あたしは新星公演の主演です! あれだけの候補の中から選ばれたんですよ!」
「そう。でもわたくしの皇立楽劇団に入るにはまだ足りないわね」
ヨノエルの考える皇位楽劇団と現実の皇位楽劇団は同じで違う。
自分が認めるものだけが自分が主演の帝国楽劇への参加を許す、それがヨノエルの考える皇位楽劇団である。
オデットは未だヨノエルが主演のプログラムに参加出来ていない。
「だったらセレスは……皇立楽劇団でもないセレスがヨノエル様と仲良しなんです!」
「セレスちゃんとはお茶会に参加してもらうくらい仲良しだもの。それに彼女はね」
ここでステラの正体について語られるのはまずい。セレスは冷や汗をかくが、いつのまにかヨノエルの声が耳元で囁いた。
「芸名の件は隠してあげる。わたくしもそちらの方が面白いと思うから」
その言葉に胸をなで下ろす。セレスにとってステラの活動はこれから左右するものだからだ。
(でも面白いって何かしら。別の意味で不安だわ)
ヨノエルは話を続けた。
「わたくしが皇立楽劇団へ勧誘しているのだけど、弟のレオンのプロジェクトに参加するから断られてるのよね」
「さすがヨノエル様。私もセレスティアさんを勧誘したんですよ」
「クララ様まで!? トップスタァにプリマドンナの筆頭……」
オデットは驚き、セレスを激しく睨み付ける。
そんな様子にセレスはびくりとする。
「レオンにセレスちゃんを絶対渡さないって言われてるからわたくしは半場諦めてるのよ。弟の大事なモノを奪うのは優しい姉としてはね」
(レオン様がそんなことを……。いや、方便かもしれないし)
だがそんな話はまわりにも伝わっていく。
「ヨノエル様だけでなくレオンハルト皇太子殿下にも気にいられてるのか」
「確かハルモニア子爵家の令嬢だっけ」
自然と声が上がり、セレスのイメージが良くなっていった。
当然、オデットとしては面白くない。そして矛先をセレスに変えた。
「セレス、あなたはどうなの! ヨノエル様の側が相応しいと思っているの?」
「私は……その……」
「ぷっ」
吹き出すような声が出てくる。セレスの胸がドキンとした。
「随分と変わった声だよなぁ」
「ヨノエル様やオデットさんと比べるとね」
セレスの特徴的な声が目立ち、多少ざわついてしまう。
ヨノエルのような清く美しい声だからこそ一層目立ってしまったのだ。
そんな言葉でまわりがざわざわとする中、オデットは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「そうなんですよ。セレスってば昔から変わった声でぇ。ヨノエル様に失礼だと思いませんか。ヨノエル様のような澄んだ」
「少なくとも」
ヨノエルの凛とした美しい声がオデットの声を遮る。
「皇立楽劇団の中で彼女の声を笑う者がいたら。俳優として質を疑うので」
ヨノエルはそうはっきりと口にした。
「今すぐここから出ていきなさい」
急に変わった異質な雰囲気に皆が思わず、口を閉じる。
「わたくしの皇位楽劇団には不要よ」
セレスの声を笑う風潮は一斉に消え。場の空気が一瞬にして変わった。
「なんで」
セレスの声を笑う者、その筆頭だったオデットは震えた声を上げる。
「ヨノエル様がセレスの肩を持つんですか!」
「オデットさん! そんな言い方は……」
クララが止めようとするがオデットは止まらない。さらに声を上げる。
「あたしはヨノエル様に憧れて、その綺麗な声に憧れて、マネて、ヨノエル様のようになれるように頑張りました! なんであたしを見てくれないんですか!」
「そんなの決まってるじゃない」
ヨノエルは率直な言葉を述べた。
「わたくしがいるのにわたくしのマネする意味ってあるのかしら」
「え……」
「わたくしを超えるなら分かるけど、模倣レベルの拙い演技なんてわたくしの帝国楽劇に必要ないわ。だから不要なの。なんで分からないの」
あまりの衝撃な言葉にオデットは固まってしまう。
恐らくオデットだけではないヨノエルに憧れて、ヨノエルのようになろうと頑張った女性の演者は皆、同じだったのかもしれない。
「クララやセレスちゃんのような唯一無二な演技、声色。わたくしが求めているのはそういうものよ」
憧れの人に強く言われ、さすがのオデットも落ち込む。
セレスは何も言えなかった。
「でも」
ヨノエルの言葉にオデットは顔を上げる。
「あなたのその野心と向上心は良いと思うわ。わたくしにここまで食い下がった子はいなかったもの」
そう。同じ役者であってもヨノエルは皇女でオデットは男爵令嬢。
セレスでもあんな剣幕で言えるわけがなかった。
「それでわたくしにここまで言われてあなたは何をするの?」
「そんなの決まってます!」
オデットはキッとセレスを睨みつける。
「新星公演がアニメなんてわけのわからないものに負けないって所を見せつけてやります」
「いいわねぇ!」
突然ヨノエルは大きく声を上げた。
「わたくしが関わらないものでここまで面白くなるのはなかなかないことよ! じゃあ、アニメと新星公演の開催を同じ日の同じ時間にしましょう! 新星公演の日をアニメの公開日に合わせてあげるわ」
その言葉に会場全体がざわついてしまう。
「ヨ、ヨノエル様。新星公演の日程はすでに帝国楽劇場を押さえていて……日程をずらすには莫大な違約金が……」
どこから現れた男がヨノエルに近づき、呟く。
恐らく皇立楽劇団の事務方の上役だろう。アレクサンダーの誕生日に招待されていたようだ。
「わたくしの個人資産を使います。わたくしの楽しみに水を差さないで」
「ひっ、わ、分かりました」
ヨノエルの言葉に上役はすぐに縮こまってしまった。
「なんだこの騒ぎは……」
「レオン様!」
後を追ってきたレオンとジュリアンがようやくパーティ会場に到着する。
皇太子であるレオンの登場に次々と声が上がる。
「……セレス」
「レオン様。ヨノエル様がアニメと新星公演の日程を被せるって」
「……」
「レオン様?」
「あっ! ごほん、いや……すまん。姉上、まさかそんなことを」
(殿下、セレスに見惚れてたな……。気持ちは分かるけど)
レオンはヨノエルの側に行き、まずアレクサンダーに声をかけた。
「アレクサンダーすまない。招待されてないのに姉上共々迷惑をかける」
「いえ……愚弟の件でレオンハルト殿下にはお礼を申し上げたいと思っていたので歓迎しますよ。あくまでレオンハルト殿下は……ですが」
「失礼な言い方ね。ま、レオン。そういうわけだから」
「まったく……あなたは」
レオンも呆れてしまい、はぁっとため息をついた。
後ろではセレスの側にジュリアンが寄った。
「これってどうなるんでしょう」
「元々アニメの上映予定日と新星公演は近い時期だったからね。新星公演には勝ち目は無いから日程を外したんだ。だから今回もアニメ上映予定日を大きく外しさえすれば……」
「それで新星公演とアニメを同じ日の同じ時間を希望するのだけど、そちらの監督はどうするの?」
ヨノエルは意気揚々とした顔でレオンに声をかける。
ジュリアンの予測なら断るのが正である。
(どうする……。姉上の挑発にのるか。負ければアニメは帝国楽劇の灰燼とかす。しかし心情的には……この姉に勝ちたい)
レオンはふと視線をセレスの方に向けた。セレスの意思を知りたかったのだ。
セレスの目が合い、口パクで何かを訴えているのが見える。
「っ!」
(セレスがその意思なら俺も腹をくくる)
「いいでしょう。その対決乗らせてもらいましょう。ウチのアニメが新星公演を超えてみせる!」
「殿下なんで!? 無謀だって分かってるはず……。まさかセレス」
「すみませんジュリアン……でも」
セレスはちらりとオデットの方を見る。
(新星公演がアニメなんてわけのわからないものに負けないって所を見せつけてやります。なんて言われたら……絶対勝たなきゃって思うもの)
「さぁレオン、セレスちゃん。あなた達がどこまでやれるか楽しみにしてるわ」
誕生日パーティは盛り上がりを見せ、終わりを迎えることになる。
そしてオスカーのアトリエで主要メンバーが揃うことになる。
ジュリアンは呆れた目でレオンとセレスを見た。
「で、どうするんですか! ちゃんと策はあるんですよね!」
「セレス、どうしようか」
「どうしますかねぇ」
「やっぱり無策ですか! まったくもう~!」
レオンとセレス、両方が頭を抱える中、運命の第二回上映会編が始まる。




