061 気持ちのぶつかり合い
女性はフードを外して、セレスの方を向く。
「ヨノちゃんって言ってほしいわ。セレスちゃん。久しぶりね」
「お久しぶりです。でも恐れ多くてちゃん付けは無理ですよ……。ヨノエル様も招待を?」
「いいえ。招待されてないから来たのよ」
セレスは意味が分からず首を傾げるしかなかった。
ヨノエルはシャイセントの方を向く。
「それでこの騒ぎは何かしら。セレスちゃんのドレスが乱れてるみたいだけど」
「俺はその……。その女とジュリアンが……」
シャイセントはそっぽを向く。だがそれをヨノエルは許さない。
「おまえ。このわたくしを前に戯言を述べるの?」
「ひっ!」
ヨノエルに強く睨まれて、シャイセントは顔を真っ青にする。
泥酔していたのに完全に冷めてしまったようだ。
「わたくしはおまえを認めてないわ。アレクサンダーがどうしてもというから新生公演の主演くらいならって思ったけど、やっぱりおまえは皇立楽劇団に不要ね。この意味が分かる?」
「お、お待ちください! 申し訳ありませんでした! もう酒は飲みません。だから除名だけは!」
(あのシャイセント様が凄い勢いで謝罪してる。やっぱりヨノエル様って凄いんだわ)
(兄上……。やはりヨノエル様はベルモント家の一員であっても容赦なく除名できる権力があるのか)
「実力もない、安いプライドで下の者を見下し、自尊心を満たす。小さい男ね」
「……」
「公演日まで稽古場から出るな。今から行きなさい」
「は、はいっ!」
シャイセントは走って、ヨノエルが入ってきた出入り口からそのまま出て行ってしまった。
ヨノエルは尚も座り込んでしまっているジュリアンを見る。
「良くセレスちゃんを守ったわ。あなた、名前は?」
ヨノエルが手を差し出すが、皇女に手を引っ張ってもらうわけにもいかず、慌てて立ち上がる。
「ジュリアン・ベルモントと言います。兄が大変失礼なことをしました。セレスもごめん。まさか兄が君に手を出そうとするなんて」
「無事だったので大丈夫ですよ。ジュリアン、すぐに助けに来てくれてありがとうございました」
セレスはヨノエルの方を向く。
「ヨノエル様、本当にありがとうございます」
「いいわ。それよりアニメを見せてもらったけどすごく良かった。アデライードに感情移入してしまったわ」
「見てくださったんですか! 彼女は皇女ですからちょっとヨノエル様を想像して演技をしました」
「少しずつ良くなっていく演技。次のアニメが本当に楽しみだわ」
(ヨノエル様はお気に入りの人しか話さないって聞いてたけど……もう気にいられてるのか。すごいな)
「セレスちゃんが望むならシャイセントを除名するけどどうする?」
セレスは一度ジュリアンを見る。ジュリアンは目を伏せた。どんな結果も受け入れるそんな所だろう。
「除名となって激昂されても怖いので経過観察でお願いします。新星公演もありますしね」
「セレスちゃんがそう言うなら」
「第二回上映会では新星公演よりもアニメの方が盛り上がりますから!」
「ふーん、良い心がけね」
「え?」
「セレスちゃん行きましょ。クララ達に会いたいし」
ヨノエルに連れられてセレスはダンスフロアの方へと向かう。
残されたジュリアンは一歩も動けなかった。
「セレスとヨノエル様の間にまったく入っていけなかった……」
ジュリアンには二人の間にオーラというものを感じていた。
「セレス……」
ジュリアンは行ってしまったセレスを想う。
その時にもう一つ気配を感じた。ジュリアンはその場所へ行く。
そこにはなんと。
「殿下、何してるんですか」
「……」
そう。皇子レオンハルトが庭園の草むらの中で潜んでいたのだ。
「俺は皇子ではない庭師だ」
(そんなイケメンの庭師がいるか。いや……いるかもだけど)
あまりに印象的な金髪金眼に見惚れてしまいそうな顔立ち。
皇女ヨノエルと姉弟で横に並べば確かにそっくりだと思うほどだ。
「じゃあ庭師と思って言いますけど、実は僕、パートナーのセレスに婚約を申し込みました」
「どういうことだ。それよりセレスと愛称で呼んだな?」
「顔近っ! 怖っ!」
襟を掴まれて詰め寄られる。鉄血の獅子と呼ばれるだけあって獲物を刈り取ろうとする恐ろしい目をジュリアンに向けていた。
いつもはこの気迫に縮こまっていたがジュリアンも負けるわけにはいかなかった。
レオンから距離を取る。
「セレスが僕にとって婚約を申し込むほどの女性と分かったからです。それは自由でしょう」
「……」
「明確に返事は頂けなかったですが、僕のことは嫌ではないようです」
(セレスはジュリアンの声を好いているからな。やはり俺よりもジュリアンのことを)
「僕は伯爵家の三男。子爵令嬢で芸に才能のあるセレスは一番合ってるんです。セレスも聡明ですから分かっていると思いますよ。……殿下?」
レオンに目に見えて落ち込み始めた。座り込み、ぶつぶつと呟く。
(思ったより堪えてる……。あの殿下が。調子に乗りたいけど殿下だからなぁ。戦場で脚本のネタ考えながら無表情で敵を斬り捨てるって話だし。セレスは天然だから凄いねって言ってたけど良く考えたら相当ヤバイ人だろう)
あの無表情の鋭い眼光で斬られたりしたらと思うジュリアンは良い気にはなれなかった。
「ところで殿下もセレスに好意を持っているんですか」
ジュリアンの問いかけにレオンは立ち上がってまっすぐした金色の瞳でジュリアンを見る。
「ああ。セレスは俺にとって無くてはならない人。彼女のためなら何だってできる」
「だったら」
ジュリアンは続ける。
「第二回上映会を早々に進めましょう。僕はセレスをプリマステラにしてあげたいんです」
「おまえに言われるまでもない。オスカー卿やリディアには製作指示も出している。早々に脚本を仕上げ、収録に望む。そして」
(セレスがプリマステラとして名声を得ることができれば俺の元に……)
レオンにも強い意志が芽生える。
二人ともセレスのために自分に出来ることをやると決意した。
「殿下、セレスについてライバルですからね」
「おまえがライバルだと。うぬぼれるなよ」
「ほんと殿下って、僕のこと見下してますよね!」
二人は笑い、いつもの関係としてこの場はそこで終わることになる。
その頃、ヨノエルと一緒にセレスもまた騒動に巻き込まれていた。
「どうして……どうしてヨノエル様の側にセレスがいるんです!」
そう、オデットがセレスに詰め寄っていたのだ。




