059 ジュリアンの想い
ジュリアンはセレスの手を引っ張り、ダンスフロアを抜け、廊下を進み、舞台裏エリアへと行く。そこにある扉を通って階段を降りた。
その先の重厚な木の扉を開けると冷たい夜風が頬を撫でた。
「ここは……」
「グローリア・ハレの裏庭。ミューズの庭と呼ばれているんだ」
中央には大理石の噴水。 月明かりに照らされた水が 静かに流れ落ちている。
マロニエの木がそよ風に揺れている。
街灯の優しい光が庭園をぼんやりと照らし、 星が空に輝いていた。
「綺麗……」
「この庭園は出演者やVIPだけが使える場所なんだ。今は誰もいないみたいだね」
ジュリアンの手の合図にセレスは先に木のベンチに腰掛ける。
その横をジュリアンが座った。
「凄い人気だったね」
「あれほど声をかけられたのは初めてです。ローゼン・ブリューテのドレスのおかげでしょうか」
「もっと慌ててるセレスティアを見ても良かったかな」
「そうですね。ジュリアンはオデットと楽しそうに踊ってましたもんね」
(見られてた……)
セレスはジュリアンに助けを求めようとしたらすでにライバルの女性と踊っているのだから、ご立腹なのは当然といえる。
セレスの性格上そこまで気にはしていないだろう。
「何の話をしてたんですか?」
「いろいろね。彼女は相当セレスティアを意識してるみたいだけど、君は彼女をどう思っているんだい」
「下に見られてるとか、婚約者を奪われたりとか思うことはありますよ。手放しで友人に戻りたいとは思わないですね。でも」
セレスは見上げて笑みを浮かべた。
「貴族院時代、一人ぼっちだった私に声をかけてくれたのオデットだけで。オデットと帝国楽劇の話をするのはとても楽しかったのです」
オデットと二人でヨノエルのことを語り合ったあの時の思い出まで嘘だったとは思えない。
思い出全てを消すことはできないのだ。
「オデットが帝国楽劇の高みに向かうなら私はアニメで高みに向かいます。道は交わらなくても私達は歩いて行けると思うので」
「セレスティアは強いなぁ」
「レオン様やジュリアンが支えてくれたおかげですね」
セレスはにこりと笑う。
今度はセレスがジュリアンの方に問いかけた。
「聞いていいのか迷うのですが、アレクサンダー様に話してたジュリアンのやりたいことってなんですか。そのアニメとは違うことだったらと思うと聞きづらくて」
恐る恐る聞くセレスに対し、ジュリアンはくすりと笑う。
なんだそんなことか。そう言っているような感じだ。
「セレスはプリマステラと呼ばれる、アニメでのトップスタァを目指したいんだよね」
「はい。私ごときが大それた夢だと思うんですけど、それが成し遂げるということはアニメが帝国中に広まったということになるので」
帝国楽劇のトップスタァであるヨノエルを知らない者はシュテルンライヒ大帝国にはいない。
皇女という側面もあるが、その圧倒的なカリスマが広く知れ渡っているのだ。
アニメは流行を呼ぶために貴族から広めているが、最終的には平民も含め全国民が視聴できる体制を考えている。誰もが見ることのアニメで最も偉大な声優、それがプリマステラとなる。
「レオン様、オスカー様、リディアさん。そしてジュリアンと一緒に頑張っていきたいです」
「だったら僕はそれを隣で応援するよ。君がプリマステラになるのを側で……」
「ジュリアンがプリマステラになる可能性だってあるんですよ」
プリマステラはあくまで称号でしかない。
トップスタァも次世代が来たらヨノエルから入れ替わることになる。
ジュリアンはその言葉に首を横に振って否定した。
「僕にはその才能がない。兄上がトップスタァになれないと一緒だよ」
「そんなこと……。ジュリアンはとても上手ですし、教えてもらうことは全部理に適ってて勉強になります」
「演技の勉強をしてたからだよ。でもセレスティア。君は違う。始めは辿々しかった演技も第一回上映会を終える頃には見違えるように良くなった。凄い才能だよ。そして何より天性の声質、七色の声を操れる技術。来年にはどこまで成長しているか想像もつかない」
ジュリアンはすぐ隣で見ていたからセレスの天才性を理解していたのだ。
このまま続ければいずれは抜かれてしまうだろうと。その能力に嫉妬もしているのだ。
「でもアニメは一人では作れない。だから君を支えたいんだ。その勢いが止まらないように……。プリマステラ、声優のステラがセレスだってことを公表するその時まで僕を矢面に立ち続けるよ」
「ジュリアン……」
「そこで提案なんだけど……。その」
ジュリアンは急にしどろもどろになり始める。
顔を少し紅くし言葉を言いよどんでいた。
「なんですか?」
セレスがそんなジュリアンに優しく聞く。
そして衝撃的な言葉を吐かれる。
「僕の婚約者になって欲しいんだ」
「……え?」
その突然の言葉にセレスはフリーズしてしまう。
「元々君に惹かれてはいた。初めて会って、一緒に仕事して……さっき僕が立ち尽くした時手を握ってくれたことが本当に嬉しかったんだ」
ジュリアンはぐいっと近づき、セレスに想いの丈をぶつけた。
「さっき両親にはまだ早いと言ったけど……気持ちは伝えておきたいって思った」
ジュリアンは優しく微笑む。黒髪が揺れ、トパーズの瞳がきらりと光った。
「僕のこと嫌じゃないって言ってくれたよね」
「……」
「僕と婚約すればグローリア・ハレのVIP会員になって帝国楽劇を格安で見れるようになるよ」
「っ!?」
セレスの目が見開く。食いついた! とジュリアンは思った。
普通の令嬢だったらローゼン・ブリューレで高級ドレスを買ったり、宝石やエステで釣れそうになるがセレスはそういうタイプじゃない。お金はもっと大事にした方がいいですよと窘めるタイプだ。
「それだけじゃない。その……君が望むなら君が求める声を何でも出してもいい」
「今、何でもって言いましたよね! あんな言葉もこんな言葉も言ってもらえるんですか!」
「君は僕に何を言わせる気なの」
「はっ!」
セレスは我に返り、目を逸らす。
「どうかな?」
「……私は」
そこでセレスが言い淀んでしまった。
俯き、辛そうな顔を見せる。そこでジュリアンは目を瞑る。
(即答は無理か……。分かってたけどね)
ジュリアンは息を吐く。
「さっきも言った通り、今僕達はアニメを軌道に乗せるために全力を果たさないといけない。だからこの話はこれで終わり。それでいいかな」
「は、はい」
セレスはほっとしたような表情を見せる。
「最後に一言だけ」
そう言ってジュリアンはセレスの耳元で呟く。
「第二回上映会が終わったら本気でいくから。殿下が邪魔しようと関係ない。覚悟してね。セレス」
「っ!」
ジュリアンはばっと離れて振り返る。
「飲み物持ってくるよ。ここで待ってて」
ジュリアンは足早と庭園が出て行ってしまった。
セレスはその衝撃の言葉にベンチの上でへたりこんでしまう。
「その声で愛称を呼ぶのはずるいですよ……」
セレスは火照った顔を冷ますように手で呷る。




