058 オデットの想い
招待客達は新星公演からアニメの話で盛り上がり始めた。
人気コンテンツとはいえ毎年行われる新星公演より、鉄血の獅子が主導するアニメの方が気になるのは当然といえる。
そして俳優人気の高いこの帝国では演者のことも話題になる。
ステラという未知なる存在に招待客達は皇立楽劇団を引退した人や辞めた人、評価されている学生など口々に名前が挙がっていた。
「チッ!」
弟に恥を抱えせるつもりが新星公演の話を消され、シャイセントは苛立ちを隠せない。
余計なことをしたせいとも言える。
再びマイクを受け取ったアレクサンダーが声を出す。
「さて歓談の時間としよう。ダンスを楽しむのもよし、喋るのも良し。今宵は楽しんでくれ」
その声と共に音楽が流れ始めて、人々はダンスパートナーを探し始める。
セレスとジュリアンも元の場所へ戻っていた。
「セレスティア嬢、ダンスを踊って頂けませんか」
「美しいあなた。ぜひ私とも」
「あなたのような方がいたなんて……」
「え、え」
まさかの誘いにセレスは困惑していた。
壇上へ上がって、目立ってしまったのだから仕方ない。
今のセレスのドレスも含めて目を引く容姿をしている。独身男性貴族達がこぞってセレスの所へ来ていたのだ。
しかしダンスを断るわけにもいかない。セレスは差し出された手を握ることにした。
(何人か踊らせたら僕が助けた方が良さそうだ)
パートナーであるが婚約者ではない。ジュリアンは無理にセレスを連れ回すわけにはいかなかった。
「あの……。ジュリアン様」
聞き覚えのある声。ジュリアンは振り返る。
「わたくしと踊って頂けませんか?」
そこにいたのは兄のパートナーである。オデット・ヴェルナーだった。
ジュリアンは一瞬躊躇したが、その手を取った。どうしても聞きたいことがあったのだ。
「ああ、喜んで」
音楽が流れ、二人はワルツを踊り始めた。
ジュリアンのリードにオデットは器用に合わせていく。
「兄上を放置して僕と踊っていいのかな?」
「シャイセント様ならイライラされてどこかへ行きましたよ。また酒を煽っているのでしょう」
オデットははぁっとため息をつく。
シャイセントはいらつくと酒に走り、迷惑をかける傾向がある。
パートナーであるオデットはそのことをよく理解していた。
「兄上が迷惑をかけて申し訳ない」
「それも込みでお付き合いをしているので大丈夫ですよ。それより」
オデットはステップを踏み、ふわりとターンを決める。
背中まで伸びたシャープな髪がなびく。
「セレスのことです。ほらっ見てください。男性に囲まれていい気になっているあの姿」
「ああ」
オデットに言われ、ジュリアンはセレスに目を向ける。
どちらかというと断り切れず困っているように見えた。
(このダンスが終わったら助けにいくか)
「君達は貴族院時代からの友人なんだってね。セレスティアはどんな子だったんだい」
オデットの口頭が少し緩む。親しみというよりは意地の悪さを見せるような笑みだった。
「表に出てくるような子では無かったですわ。あの声ですからね。話をしているとイラついてくるので友人はほとんどいなかったように思います」
「ふむ……」
「そんなセレスに声をかける人なんてわたくしくらいなものですわ」
オデットはさらに言葉を続ける。
「少し前なんか金髪の麗しい男性とお茶をしているのを見ました。ああ、見えて男性の懐に入るのが上手くて……ジュリアン様も気をつけた方がいいですわ」
(金髪の男性、殿下かな。変装してたのかもしれないけど」
「セレスと一緒にいるあの声で苛立つ人が多くて、婚約者からの嫌悪も」
「ふふっ」
ジュリアンは思わずくすりと笑ってしまう。
「なぜ今、笑いましたの?」
その笑みが気にいらなかったのかオデットは聞き返す。
「どうしてそこまでセレスティアを意識しているのかなと思ってね」
「っ」
オデットの目が見開く。
「君は入ることの難しい皇立楽劇団に入団し、新星公演の主演にまで上り詰めた。ほとんどの貴族令嬢にはなしえない地位にいるのにどうしてそんなにセレスティアを意識してるんだ? セレスティアの評判を下げる理由が分からない」
「それは……。ジュリアン様には関係のないことです」
オデットは言いづらそうに言葉を吐く。
上位の貴族子息に言うには失礼な言葉だがジュリアンは気にしないし、オデットに余裕がないことも分かっている。
「僕はありのままでセレスティアを見るよ。過去なんて関係ない。セレスティアが素敵だからパートナーに選んだんだ」
「……」
ステップも止まり、棒立ちのような状態となる。
ジュリアンは意を決し言葉をかけた。
「これは推測だけど、君はセレスティアの声に脳を焼かれたことがある。違うかな」
「っ!」
オデットの脳裏に浮かぶのは貴族院時代初めてセレスと出会った時のこと。
広場で動物達に囲まれたセレスがあの声で高らかに歌っていたのだ。
その時オデットはその歌声に心惹かれて……。
「違いますわっ!」
その大きな声は音楽の演奏を止めるには十分すぎるほどの音量だった。
「それを認めたらあたしの努力が……。何のために声を磨いたか分からなくなる」
オデットは振り返り、走るように立ち去ってしまった。
(言い過ぎたか。殿下もオデット嬢もセレスティアのあの声の魅力にとりつかれている。もちろん僕だって)
収録時、一番側でセレスの声を聞き続けたジュリアンこそが一番の理解者と自負していた。
ジュリアンはぺこりと礼をし、音楽を続けて欲しいと伝えて場は再び元に戻った。
そんな一区切りの一幕、尚もダンスを誘われて困惑しているセレスの元にジュリアンは行った。
「悪いけどセレスティアは僕のパートナーだから。さぁ外に行こうか」




