055 その頃の皇子は
同時刻。王城の一室にて
「殿下、さる一件について確認をお願いします」
「分かっている」
側近であるディートリヒから書類を受け取り、皇子レオンハルトはため息をつく。
執務室では書類が山積みとなっていた。
「仕事が多すぎて、脚本の仕事までまわらん。セレスにも会えない」
「殿下がハルモニアに行ってしまうからですよ」
「せいぜい二日ぐらいだろう。この時期は仕方ないが」
「手を動かせば早くセレスティア様にお会いできますよ」
ディートリヒは尚も書類を積み上げて、レオンの閉口させる。
「セレスの声が聞きたい。彼女の声があれば……。はぁ」
レオンは立ち上がり、ディートリヒの横を素通りする。
「少し外の空気を吸ってくる」
「3分ほどでお戻りくださいませ」
飄々というディートリヒに苛立つが昔からこういう奴だと言い聞かせ、レオンは執務室から出る。
サボっても仕事が減るわけでもない。軽く気張らしをしたら戻ってこよう。
レオンが歩こうとしたら何かとすれ違う。
「姉上」
「あら」
そこですれ違ったのは皇女ヨノエルであった。
レオンにとっては実姉にあたる人だ。レオンと同じ金色の髪と金色の瞳を持っており、ドレスを着たその姿は誰もが見惚れるといえるほどに美しい。
「姉上がそんなドレスを着るなんて珍しいですね」
「今日はアレクサンダーの誕生パーティがあると聞いたから、行くことにしたの」
「珍しいですね。てっきり彼とは犬猿の仲だと思っていました。一応誘うんですね」
「誘われてないわ。誘われたら行かなかったもの」
何を言っているんだとレオンは思ったが、皇女ヨノエルの発言と思えば特に不思議でもなかった。
自分の誕生日パーティすら面倒くさがって行かないのだ。
皇女ヨノエルは自分のやりたいことしか行わない。皇女としての力、その天賦の才がまわりの言葉を黙らせていく。
「この前上映されたアニメを見せてもらったわ」
「っ」
レオンは正直驚いていた。ヨノエルに初めてアニメのことを報告した時にはそこまで強い興味を示していなかった。40分ある『火竜討伐記~復讐の炎とリボンの騎士~』をヨノエルが見るとは思えなかったからだ。
「アニメは帝国楽劇に追いつける存在になると思いますか?」
「その域にはまだまだほど遠いわね。でもセレスちゃん。いい声してるわ。わたくしの手元に置きたいくらい」
「セレスは渡しませんよ」
「確かにセレスちゃんは帝国楽劇向きではないかもしれないわね。でも」
ヨノエルはぐっとレオン近づき、にやりと笑う。
「あの子は声で世界を変える力を持つわ」
「姉上」
「でも環境が悪い。わたくしの手元ならもっと伸びるだろうけど……今の環境じゃ良い演者ぐらいにしかなれないわ。レオンハルト、凡人のあなたにはその意味が分かるかしら」
「っ」
レオンは言い返すことができない。
ヨノエルには何も言い返すことができない。姉であることはもとより、帝国楽劇のトップスタァでありながら自分より政治センスも高い。姉ではなく兄であったなら満場一致で次期皇帝に推薦されただろう。
「あの子はもっと磨けば伸び続ける。アニメを見て、ヒロインを演じるのを見て分かったわ。伸ばせばわたくしの域にまで到達する」
そんなヨノエルがセレスに目をつけた。
「あの子は伸びて伸びて伸びて……最後にわたくしが喰らうのよ」
ヨノエルが求めるものは自分に匹敵するほどの演者。
トップスタァに匹敵するプリマステラの存在を渇望している。
レオンは皇女ヨノエルが天才ゆえの孤独を感じていることを理解していた。
(セレスを姉上に食わせてなるものか)
そのために、セレスを活かすための脚本を書かねばならないとレオンは誓う。
「ベガ」
「ピュイ!」
1羽の雌のシロハヤブサがヨノエルの所に飛んでくる。
レオンがシロハヤブサのアルタイルを飼っているのと同じでベガは皇女用のシロハヤブサであった。
関係性も同じでベガが姉でアルタイルが弟だったりする。
「へぇ、そう」
ベガと意思疎通ができるヨノエルはその言葉を理解する。
「あなたはアレクサンダーの誕生パーティに行かないの?」
「なぜ俺が。ジュリアンならともかくアレクサンダーとはそこまで接点もないですし。仕事も山積みです」
「そう。そのジュ……? 三男くんも参加しているみたいよ」
「あのあがり症がか。良い傾向だ。セレスの存在を隠す以上はジュリアンに表に立ってもらう必要があるからな。それで何と関係があるんです」
意味が分からないレオンはじらすヨノエルの言い方に苛立ちを見せた。
ヨノエルはそんなレオンの様子に息を吐く。
「レオンハルト。あなたセレスちゃんに好意を抱いているんでしょう」
「それが何か」
「三男の子、セレスちゃんをパートナーに選んだみたい。着飾って注目の的みたいね」
「……」
レオンの目を大きく開かれる。
「なんだと!?」
「部屋でやりたくないことばかりしてたら欲しいものを全部盗られるわよ」
ヨノエルは翻り、外の方へと向かっていく。
「凡人のあなたはもっと足掻きなさい。それぐらいがちょうどいいのよ」
天才の言葉をレオンは頭に刻み込んだのであった。




