054 シャイセントと……
「兄に挨拶がねぇとは失礼じゃねぇか」
「今日はシャイセント兄上の誕生日ではないでしょう」
「生意気なことを言いやがる。臆病なおまえが表に出てくるなんてな」
ジュリアンの兄、シャイセントはセレスの方に視線を向ける。
「ほぅ。おまえのパートナーにはもったいないほどの上玉じゃねぇか。初めて見る顔だな」
(一度会ったことあるんですが)
セレスはシャイセントに良いイメージがない。
ベルモンド家に行った時に侮辱されたことを思い出す。あの時レオンが助けてくれていなかったら殴られていただろう。
とはいえ王都の伯爵令息でパートナーであるジュリアンの兄である。無視するわけにもいかない。
「ジュリアン様のパートナーを務めさせて頂いたセレスティア・ハルモニアです」
「ぷっ! その声。もしかしてあの時の女か」
セレスの地声は特徴的だ。シャイセントは覚えていたようだ。
「子供っぽい勘に障る声。あの時は芋臭い地方令嬢って感じだったが……体はなかなかじゃないか」
(イヤらしい視線。とてもジュリアンのお兄様とは思えないわ」
なめ回すようなシャイセントの視線にセレスは不愉快さに身震いする。そんなセレスを守るようにジュリアンは前に出た。
「兄上、セレスティアに失礼な視線を向けないでください。」
「ふん、どうせその女もベルモント家の名前に連れられてきただけだ。女なんてそんなもんだろう」
シャイセントは屈折した言葉を吐く。
「……」
(シャイセント様は女性遍歴が多いと聞くけど、いろいろありそうね。ジュリアンも口を閉ざしてるし……。余計なことを言わないのが吉のはず)
セレスは早くシャイセントが立ち去るのを待つことにした。
そんな時だった。
「シャイセント様、こちらにいらしたのね。パートナーを放ったらかすのはひどいですわ」
「ああ、悪いな。弟を見つけたんでな」
「あら。初めましてジュリアン様。わたくしは……」
そこに現れたのは赤褐色で滑らかなストレートの髪を持つ美女の姿があった。
黄玉色の瞳とシャープで細身の体を持つ令嬢。声はあの皇女ヨノエルのように澄んだ水のように美しい。
セレスとその令嬢はお互いを見合い。そして気付く。
「オデット!?」
「セレスなの!?」
そう、彼女こそはセレスの知り合いでセレスの元婚約者を奪った相手。オデット・ウェルナーであった。
「オデット、知り合いだったのか」
「はい。貴族院時代の……。まさかあなたがこんな所にいるなんて。どういう手を」
「オデット! 凄く綺麗だわ。ドレスも良く似合っている」
セレスの突然の言葉にオデットは虚を突かれたように止まってしまった。
まさか褒められるとは思ってなかったんだろう。
オデットはセレスに近づく。
「一応、あたしはあんたの婚約者を奪ったんだけど……何でそんな顔できるのよ」
「あ……」
セレスはそれを聞かされ、思わず出た言葉に気付く。
セレスはぼそりと声を上げた。
「その何というか。最初イヤだったんだけど……あのロデリック様と婚約破棄させるきっかけを作ってくれたから今になってはありがとうな気分なのよね」
「なにそれ」
セレスにとって元婚約者ロデリックはすでに嫌悪の対象となっていた。
あのまま結婚していたら間違いなく幸せにはならなかった。そう確信しているため、婚約者を奪われて良かったと思ってしまったのだ。
「ロデリック様からオデットが最近会ってくれないって聞いたけど」
「近衛騎士になれそうって聞いたからキープしただけ。あたしが皇立楽劇団に入った時点でほぼ用済みよ。それに前に会ったらステラステステラってよく分からない女の名前ばっかり語るし、もう会う気もないわ」
ロデリックは声優ステラに惚れ込んでしまった。おそらくずっと第一回アニメ上映会のことが忘れられないのだろう。
声優ステラが実はセレスであることを知らないままに。
「今あたしにはシャイセント様がいるの。わたくしはもっと成り上がるわ」
シャイセントの腕を組み、オデットはその仲の良さをアピールをする。
オデットはセレスをじっと見つめる。
「わたくしには皇立楽劇団員のシャイセント様。セレスは三男のジュリアン様。これが差ってやつだわ」
(随分セレスを意識している子だな。でも着飾ったセレスをすぐに見抜くなんて……セレスがダイヤの原石だと無意識で理解してるんだろうな」
ジュリアンも着飾ったセレスの姿にびっくりしており、恐らく見抜けなかったと感じていた。
オデットとセレスの関係は思ったより根が深いのかもしれない。
「このドレスもシャイセント様が買って下さったの。ローゼンブリューテ製なのよ! セレスには縁の無いものね」
「……」
(ローゼンブリューテ製の割にはなんだか。ビーズの輝きが鈍いし、刺繍も荒い。私が着ているドレスに比べたら全然違う)
そこでセレスはジュリアンと目が合い、意図が分かった。
マダム・エリーゼはシャイセントの女性を取っ替え引っ替えしており、その度にローゼンブリューテ製を贈っているのだろう。それがイヤだったマダムは最高級のものをより1ランク下のものをオデットに贈ったと思われる。
ジュリアンのただ一人のパートナーであるセレスには最高級のドレスを見繕ったのだ。
(そういえばクララ様も気付かれていたわね。クララ様も良く思っていなかったってことかな)
「ローゼンブリューテ製のドレス……本当に美しいわ。わたくしにぴったり」
(オデットは素材は良いのに目利きがね……。貴族院時代も粗悪なものを買わされてたっけ)
セレスは変わらない友人の姿にため息をつく。自分のドレスの方が格上と言っても良いが大人げなく感じしてしまい、苦笑いですますことにした。
「兄上はプリマドンナの義姉上を選んだ。俺も将来有望なオデットを手にしている。おまえもちゃんと釣り合う女を選ぶことだ」
シャイセントの蔑むような声。絶対的な上から目線でジュリアンを見下しているようだった。
(そうよね。ジュリアンだって伯爵令息。地方の子爵令嬢の私よりも相応しい人が)
自分がジュリアンの価値を下げていることに気付き、セレスの表情は曇る。
「忠告ありがとう、兄上」
しかしジュリアンの声には力がこもっていた。
「僕のパートナーにセレスティア以上の女性は存在しませんよ」
「ジュリアン……」
「今は無理でも、いずれ僕は兄上達を上回ってみせます!」
はっきりしたジュリアンの言葉にセレスは嬉しくなる。
その凜々しい声に恥じない男らしい言葉をシャイセントに向けたのだ。
シャイセントは軽く舌打ちをする。
「殿下のプロジェクトに参加できてるからって生意気な。後で兄上から発表があるはずだ。その時、格の違いってやつを見せてやる」
捨て台詞のような言葉を投げ、シャイセントは振り返る。
オデットはゆったりと頭を下げた。
「ジュリアン様、それではまた。セレスもわたくしの飛躍を見ていくといいわ」
オデットはにやりと笑い、シャイセントの腕を組んで立ち去っていく。
「あの二人。ただのパートナーってだけじゃなさそうだね」
「そうですね。シャイセント様もオデットを気遣ってるように見えました」
その理由は後々のアレクサンダーの発表で分かるということで、二人は大きくため息をついた。
「ごめんよ。兄上が本当に失礼なことばかりで」
「いいんです。今はまだ侮られるのは仕方ないこと。見返せるように頑張りましましょう」
明るいセレスの言葉にジュリアンは大きく頷いた。
「あのオデットって子。結構アクが強いよね。あのシャイセント兄上の圧に負けない女性がいるなんて思わなかったよ」
「昔から上昇志向の強い子でしたから。シャイセント様も踏み台と思ってるかもですよ」
「怖いなぁ。僕はセレスティアのような子の方がいいな。って! ごめん、そのそういう意味じゃなくて」
「ジュリアンの声で言われるとやはり照れてしまいますね。あはは……」
穏やかな二人の間でそんな空気が流れつつ、ベルモンド伯爵夫妻からパーティ開始の言葉
が綴られることになった。




