053 次期伯爵夫妻
「とてもキュート。うん、顔立ち良し、肌ツヤ良し、スタイルもいい……。ねぇ、皇立楽劇団に興味無い?」
「えっ!?」
「最近の子はみんなヨノエル様みたいな清らかな声に憧れて、そればかりに力を入れるから」
「本人の性格はまったく清らかではないが」
アレクサンダーはふてくされるように言う。
「何が気にいらんのか入団の選考員を全部クビにしやがった」
「ヨノエル様にも考えがあるんですよ」
「あるわけないだろう。いつもの気まぐれだ」
「もう! 皇女様にそんな口を叩いては……」
「俺だけはあいつに文句を言っていいと思っている」
アレクサンダーとクララが尚も会話を続ける。
二人とも皇女でトップスタァのヨノエルに思う所があるようだ。
セレスはジュリアンに小声をかけた。
「もしかしてアレクサンダー様とヨノエル様って仲が良くなかったりするんですか」
「僕は詳しくは知らないけど犬猿の仲らしい。どちらかというと兄上がらしいけど」
「上映中は息ぴったりなのに……」
「それがトップの役者の振る舞い方なんだろうね」
(入団選考員をクビって……もしかしてあのお茶会でのことかな。考えすぎかしら)
かつてヨノエルのお茶会に参加したセレスの皇位楽劇団の選考を声を理由で断られたことを話していた。
ヨノエルはご立腹といった感じだったがまさか全員辞めさせることになるとは……。
「ジュリアン」
アレクサンダーがジュリアンの方へ視線を向ける。
「殿下のプロジェクトとやら……俺も話は聞いている。おまえの人生だから好きにするといい。このパーティに来たということはベルモント家として一歩前に踏み出したということだ」
「兄上……」
「帝国楽劇を捨てたのは寂しいがな。俺はおまえを評価しているつもりだったからな」
「捨てたわけでは……。でも今はアニメに専念したいと思っています。僕にもやりたいことが出来たのです」
(やりたいこと? ジュリアンのやりたいことって何かしら)
セレスは疑問に思ったが二人の会話に水を指すことはできない。後で聞くことにした。
「声もキュートだけど、ドレスも凄くお似合いだわ。もしかしてマダム・エリーゼが選んだのかしら」
「はい。私にはもったいないドレスで恐縮です。ジュリアン様のおかげですね」
「ジュリアンがあなたを選んだからってのもあると思うけど、あなた自身に素質を感じたからだと思うわ。だからシャイセントのパートナーのあの子には……」
(シャイセント様、ジュリアンのお兄様で三兄弟の次男よね。ベルモント家のパーティだからいて当然だけど)
シャイセントに関しては良い思い出がないのであまり会いたくないとセレスは感じていた。
「せっかくスタイルが良いのだからもう少し自信を持ってもいいんじゃないかしら。ドレスも最適解じゃないのでしょう」
(見抜かれてる!?)
マダムからは体の線が出るドレスの方が良いと進められたがセレスは恥ずかしさから断っていた。
気弱な子爵令嬢ならそれで良かったかもしれない。
しかしセレスはプリマステラになるという目標がある。自信に繋がることはやった方が良い。
帝国楽劇でトップスタァに次ぐ名声を持つプリマドンナの言葉がセレスの脳内には残った。
クララはにこりと笑う。
「セレスティアさんも良かったら皇立楽劇団に来て。私を呼んでくれたらすぐに研修生にできるから」
「あはは……。その時は宜しくお願いします」
まさかここに来て憧れの皇位楽劇団への道が出来てしまった。
しかしセレスは声優として頑張ると決めたばかり。その誘いを受けるわけにはいかない。
それからすぐに別の貴族が挨拶に来たためジュリアンとセレスは礼をしてそこから離れた。
主催である両親と主賓のアレクサンダーに挨拶が出来たのでやるべきことは終わった。
「随分クララ義姉様と話していたね。ああ、見えても結構気分屋なんだよ」
「そうなんですか」
「皇女ヨノエル様と一番の仲良しで兄上の奥様だからただ者じゃない方さ」
「そう言われると凄い方ですよね」
名門伯爵家の夫人なのだから、それだけでも格が違う。
セレスは突然歩みを止めた。
「どうしたの?」
「ジュリアン。マダムにもクララ様にももう少し自信を持った方がいいと言われまして。もう少し色っぽいドレスの方が良いのでしょうか」
目立ちすぎるドレスは御法度だがマダム・エリーゼの選ぶドレスであれば恐らくこの場に相応しいものになったはずだ。セレスは断ったのを少し後悔していた。
しかしジュリアンはセレスの質問が思ったより大胆なことに気付き、少し顔を赤くする。
「ど、どんなドレスでも似合ってると思うよ」
無難なことしか言えない。さらに目のやり場の困るドレスを着られたら困ってしまうからだ。すでにかなり色っぽいと感じているのに
ジュリアンは恐る恐るセレスの顔を見る。とても綺麗になったセレスの表情はなぜか歪んでいた。
「せ、セレスティア?」
「皆さん分かってないんです! 今コルセットで固定しているんですけど私のお腹が凄いことになってることに! エステで施術してくれた方に生暖かい目で見られたんです。お腹はどうにもならないから隠す方向でいきましょうって。だから肌をこれ以上出すわけには……」
「そ、そう」
あまりに色っぽくない話にジュリアンは拍子抜けしてしまった。
やはりセレスはセレスなのかもしれない。
「じゃあお菓子や季節のフルーツは持っていかない方がいいかな。殿下にも」
「それは持ってきてください! ディナーで何とか調整します」
食いしん坊の令嬢の必死さをジュリアンは知った気がした。
そして開始の挨拶まであと少しといったタイミング。
「おい、ジュリアン」
ジュリアンと同じ黒髪とトパーズ色の瞳を持つ青年が意気揚々と向かってくる。
その顔は自信に満ちており、少しジュリアンに対して侮りの気持ちも含まれていた。




