052 伯爵様にご挨拶
「まぁ……」
ジュリアンの母、ロザリンドの目がわずかに見開かれた。
「ハルモニアか」
ベルモンド伯爵の低い声が響く。
「アルフレヒト殿のご令嬢でよろしいか」
「は、はい! 父をご存じなんでしょうか」
「ああ、貴族院時代の先輩でな。大層叱られたものだ。ふふっ」
「ち、父が誠に失礼なことを」
セレスは思わず慌ててしまうがベルモンド伯爵は強い思い出に笑みを浮かべるのみだった。
隣のロザリンドが声をかけてくる
「ベールブルーのドレスが凄く良く似合っているわ。マダム・エリーゼのところへ行ったのかしら」
「はい。セレスティアはマダムの目に叶って、クリスタルクヴェレへの招待状を書いて下さったんです」
「私には過ぎたモノで……。でも肌が綺麗になってすごく嬉しかったです」
「磨けばよくなる。マダムはそう判断したのね。とても綺麗だわ。殿方は放っておかないじゃないかしら」
「そ、そうでしょうか。恥ずかしいです」
(確かにセレスティアをチラチラ見る人が多いような。僕も見惚れてしまうぐらい美しくなったからな……。正直いつもとのギャップが凄い」
ジュリアンにとって普段はお菓子に目がない年下の女性という感じだったが今は誰もが目を引くほどの女性に変貌していた。セレスを知れば知るほど驚くだろう。
「でも私はその声が気になるわ」
「っ!」
特徴的なセレスの声。ロザリンドはどう答えるのか。
「と~~~ってもユニークね!」
「ユ、ユニ? ありがとうございます」
良い意味か悪い意味か分からず礼を言うしかなかった。
「セレスティアさんはここにいるということは婚約はされていないってことでいいのかしら」
「はい。お恥ずかしながら婚約関係を解消したばかりでして、今は身軽な立場となります」
繕っても調べられたらすぐに分かること。セレスは正直に話すことにした。
「そう。ジュリアン、セレスティアさんと婚約してはどうかしら」
「ぶふっ! いきなり何を」
「あなたももう22歳。シャイセントのような派手な遊び方もどうかと思うけどなさ過ぎるのも心配よ。セレスティアさんは良い素質を持っているし、カーテシーも完璧だったわ。きっとしっかり教育を受けられているのね」
(それは直前にもの凄く練習したからです!)
兄、ヴィルヘルムに下手くそと怒鳴られながら夜通し頑張った成果だったりする。
「あなたもそう思いますよね?」
ロザリンドは伯爵に声をかける。
「ああ、ハルモニア子爵家なら身元も信用していいだろう。あの方以上に厳格で真面目な貴族を見たことがない」
(お父様、貴族院で何してたの!?)
「今はまだそういう話は早いです! それに」
ジュリアンはロザリンドに耳打ちをする。
「セレスティアは殿下のお気に入りなんだ。勝手にそんなことしたら殺されてしまう」
「あら、そうなの。良い子だと思ったのに残念ね。先走ってごめんなさいね、セレスティアさん」
「は、はぁ……」
訳も分からずセレスは耳を傾げるのみだった。
「殿下が進めているプロジェクト【アニメ】だったかしら。帝国騎士団本部でお披露目された情報はこちらでも耳にしているわ」
「っ!」
突然の言葉にセレスもジュリアンも驚く。
「絵が動くとか要領の得ない話だったわね。実際に目にしないと分からないから楽しみではあるわ。主演で主役をあなたが務めたと聞いて鼻が高かったわね。ヒロインの子が凄かったという声もあったけど演じたのは芸名だったそうよ。誰が演じたのかしらね」
ロザリンドの目がセレスに向けられる。その視線に耐えられず目をそらしてしまうことになる。
「まぁいいわ。次の公開は一般公開されると聞いたから楽しみにしてるわ。アレクサンダーの所も空いたし、挨拶が始まるまでに行ってらっしゃい」
ロザリンドはニコリと笑い、ジュリアンとセレスは逃げるようにそこから立ち去ることになった。
「母上、セレスがステラだってことに気付いてたね」
「でもステラの声は聞いてないはずですよね」
「帝国楽劇もアニメもちゃんと相手が聞こえるように発声をしなきゃいけない。だから声の出し方次第で演技がやってるかどうかって分かるだよ。母上はセレスが演技をやってる人間だってことが分かったんだと思う」
「気をつけないとですね。でも気をつけようがない気もしますけど……。伯爵様も気付いたんでしょうか」
「どうだろう。父上は人の演技には興味がない人だから気付いてないかも」
ジュリアンとセレスは話ながらアレクサンダーの所へ向かう。
「その……婚約者の件はびっくりしました」
「ごめんね、母上が勝手に!」
「婚約破棄されたばかりなので今はちょっと……。もちろんジュリアンが嫌なわけじゃないですよ! 今、ちょっと考えられないというか」
「分かってるよ。少なくとも第二回上映会を成功させないと先はない。お互い、頑張ろう」
「はい!」
(……でも正直惜しいかも。セレスが婚約者だったら演技の話もできるし、僕のあがり症にも理解があるし)
「ジュリアン?」
(見違えるように綺麗になって……でもそんなセレスを婚約者にしたりしたら殿下に何を言われるか。あの鉄血の獅子の表情で激詰めにされる気がする。うううっ!)
「あのジュリアン大丈夫ですか!」
「僕は大丈夫だよ」
「そうには見えませんでしたが……。あ、アレクサンダー様の前が空きました。行きましょう」
セレスは足早にアレクサンダーの所に向かう。
今回のパーティの主役、アレクサンダー・ベルモント。
帝国楽劇の男性主演の中の第一人者、ディーヴォの称号を得ている。
トップスタァである皇女ヨノエルがいなければ彼がトップスタァになると言われるほどの演技力、歌唱力を持ちその存在感は圧倒的と言えるだろう。
(ジュリアンが尊敬しているお兄様で私も帝国楽劇を見た時にもアレクサンダー様は参加されていた。それに」
アレクサンダーの隣で支えているのが夫人のクララ・ベルモント。
優しげな表情を見せる美女であるが、彼女もまた帝国楽劇のプリマドンナの一人である。
皇女ヨノエルの助演として出演することが多く、名脇役と言われている。
しかし主演で出演するときは圧倒的なの存在感を示す。
元は地方の伯爵家の生まれだったようだが、皇立楽劇団に入り才能が開花した。
「おめでとうございます。兄上、そしてクララ義姉上」
「あらジュリアン! 来てくれてありがとう」
両者、振り向いたがいち早く声をかけてきたのはクララの方だった。
「本当に嬉しいわ。最近は顔を見せてくれなかったから寂しかった」
「ごめんなさい。自分に自信をもてなくて」
「でも自信をもてたってことね。本当に良かった。それで」
クララはセレスの方を見る。
セレスは先ほどと同じように令嬢で相応しい挨拶をした。
「あらあら。ジュリアンったら綺麗な奥様を頂いたのね! 結婚おめでとう」
「義姉上、違います!セレスは僕が頼み込んで来てくれたパートナーなので」
結婚というワードを出され、ジュリアンもセレスも顔を赤くしてしまう。
ロザリンド以上に突っ込んだことを言う女性だった。
「私、お二人の活躍を拝見させて頂いていまして、今日会えるのを楽しみにしていました!」
「ありがとう。ふふっ、あなたの声」
声のことを言われ、反射的に反応してしまう。




