051 グローリア・ハレにて
「ふぅ……」
「緊張する? 実は僕も結構緊張してる。パーティに出席するのは久しぶりなんだ」
「私も貴族院の卒業パーティ以来なんです。あの時は隅にいて誰にも声をかけられませんでした」
(正確にはオデットが声をかけてくれたけど。今、どうしてるのかしら。ロデリック様との関係はかなり希薄になってたみたいだけど)
「今のセレスティアだったら上級貴族も放っておかない気がする」
「自分では分からないですね。びっくりするくらい肌艶が良くなりました。クリスタルクヴェレが持つ魔法の泉。とんでもないですね……。美容に興味がある方々がいくわけです」
さっきからジュリアンが恥ずかしそうにチラチラと見ていることにセレスは気づいていた。
こういう視線は慣れてないのでセレスもまた恥ずかしさを感じる。
「あまりちらちら見ないでいただけると……いつも通りでいいのに」
「ごめん! なんというか目のやり場に困るというか。普段のセレスティアと違うから落ち着かなくて」
目のやり場と言われ、セレスは恥ずかしくなり手で体を隠すように振る舞う。
「そうですよね。こんな体の線を出すようなドレスを着ちゃダメなんです」
セレスは肌を出すのが嫌だったのでマダムにも訴えたがあるものを隠す必要はないと断固拒否をされてしまった。
これでも最初よりはマシらしい。
「ハルモニアに帰省した時もみんなして食べろ、食べろと言われた結果がこれです。私、体に肉が付きやすい体質なんです」
「そういえば、お菓子とか結構好きだよね」
「レオン様やジュリアンが毎回美味しいお菓子持ってくるからですよ!」
「美味しそうに食べるからつい」
セレスは肉付きのよい体であり、コルセットで細く見せているが腹はそれなりのものが身についている。
「絶対に痩せます。収録が始まるまでには必ず」
(十分細いし、痩せなくていいと思うけど、言わない方がいいんだろうな)
マダムがあえてこのような体の線が出るドレスを選んだということはセレスの魅力がそこにあると分かっているからである。
ただジュリアンの口から言うことはできない。
「レオン様に見られたら……どうしよう」
「……やっぱりセレスは殿下のことを」
「え?」
「なんでもない。それよりちゃんと挨拶しないとなぁ。皇位楽劇団の半分以上が集まるらしいし……」
「私も気をつけないと……」
「セレスは何を心配してるの」
「ドレスやアクセサリーが傷つかないようにです。返却ってなった時に綺麗にお返しできるようにです。予備で頂いた2着もびっくりするような価格で」
「あれはセレスティアに上げたものだから気にしなくていいよ。母上やシャイセント兄が使ってる金額を考えれば全然だよ」
同じ貴族なのに住む世界が違いすぎる。セレスは冷や汗が止まらなかった。
ハルモニアでは子爵家として領民よりも良い暮らしをしている自負はあったが所詮は地方貴族。
帝都貴族の暮らしぶりに比べたらなのかもしれない。
「到着したよ」
「ここって帝国楽劇場じゃないですか! ここを貸切るんですか」
「毎年の恒例だからね」
ベルモント伯爵家は帝国楽劇で成りあがった伯爵家だ。
帝国楽劇場自体は皇家の所有物だが、その影響力は絶大、借りることもたやすくできるのかもしれない。
さすがに休日など興行が見込まれる時は避けているようだが。
ジュリアンが馬車を降りて、エスコートするようにセレスを降ろす。
セレスは帝国楽劇場に視線を送る。
白い大理石の壮麗な建物が目の前にそびえ立つ。
建物全体がバロック様式の装飾で覆われて、存在感を示していた。
正面玄関の前には赤い絨毯が敷かれており、両脇には燭台が並び、炎が揺れている。
次々と馬車から豪華な衣装を纏った貴族の客人達が降りてくる。
エントランスホールには受付の男性がいた。
ジュリアンが自分の名前とセレスの名前を告げる。
「ようこそ、お待ちしておりました。どうぞ大ホールへ」
大ホールへの扉が開かれる。
「セレスティア。いいかな?」
ジュリアンが肘を軽く曲げて、右腕を差し出した
「はい」
セレスが左手をジュリアンの右腕に軽く添える。
二人は並んで大ホールへ入場した。
「わぁ……すごい」
セレスの口からの感嘆の言葉が出る。
普段、客席がある場所は今夜は広大なダンスフロアになっている。磨き上げられた大理石の床がまるで鏡のように周囲の光を反射している。
舞台はそのままオーケストラの演奏台として使われている。
すでに皇位の楽団員達が楽器を構え、調律の音が響いていた。
「夢みたい……」
「帝国楽劇場は帝国の誇り。僕達ベルモント家の誇りでもあるんだ」
ホールにはすでにたくさんの貴族が集まっている。
半分以上は帝国楽劇団の関係者だろう。他にも公爵家や侯爵家の関係者もチラホラ見える。
さすが帝国楽劇の最上位俳優のパーティといえる。
「まだ開会まで時間がある。主催の両親のところに行っていいかな?」
「はい、ドレスのお礼もしたいですし、挨拶させてください」
二人はジュリアンの父と母であるベルモンド伯爵とその妻、ロザリンド・ベルモンドのところへ向かった。
セレスは背筋を伸ばして、裾を踏まないように優雅で気品よく振るまう。
(お兄様から教育受けてて良かったぁ。死ぬほど厳しかったけど)
思い出すだけで吐き気を催すほどだが吐くわけにはいかない。
(ベルモント伯爵はヨノエル様より前のトップスタァ。今は一線を引かれ、脇役に徹しているけど存在感がすごい。そしてジュリアンのお母様でもあるロザリンド様。現役時代にプリマドンナとして活躍した方だわ。今は後進の育成と帝国楽劇の繁栄に専念されてるんだっけ)
「父上、母上、招待ありがとうございます。彼女が僕のパートナーの」
「初めてお目にかかります」
セレスは一歩前に出て、右足を後ろに引き、 膝を曲げ、 背筋は真っ直ぐに保ち、 頭を優雅に下げる。
完璧なカーテシーを披露した。
兄であるヴィルヘルムの教育の賜といえる動きだった。
「セレスティア・ハルモニアと申します。 本日はこのような素晴らしいお祝いの席に お招きいただき、誠にありがとうございます」




