050 着飾ったセレスティア
こうして10日はあっという間に過ぎて、アレクサンダーの誕生日パーティの日となる。
ジュリアンは【ローゼン・ブリューテ】でセレスを迎えに馬車を走らせていた。
パーティ会場にはパートナー同伴でないと入ることができない。
そのため待ち合わせ場所はドレス屋としていた。
ジュリアンが店に入ると居心地悪そうにしている平民の女の子がいた。
「君は確かセレスティアの侍女の……」
「リーゼと申します。ジュリアン様、おはようございます。お嬢様を迎えに来られたのですね」
「今、着替えてる所かな」
「はい、そのようです。はぁ……やはり貴族子息様はお綺麗です。殿下も天井の方だと思っていましたがジュリアン様も素敵です」
「あはは……さすがに殿下とは比べられないけどね」
ジュリアンもまた深い黒の燕尾服を着ていた。
男性服は男性専門の高級仕立屋があり、ベルモンド伯爵家はそこで服を仕立てている。
ジャケットはジュリアンの標準的な体型にフィットしており、細すぎず、緩すぎず、肩幅は自然ですっきりとしたラインを描いている。
スボンも同じ深い黒でストレートのすっきりとしたシルエットとなっていた。
靴は黒のエナメル革のオペラパンプスを着用している。
髪は綺麗にまとめらているがやや長めで襟足にかかる程度、自然な流れを保ちながら品よくまとまっている。
見るものを引き付けるオパール色の瞳が特に際立っていた。
それが正統派貴公子という雰囲気とよく調和していた。
「セレスはどう? ドレスやエステを見るたびに気落ちしているように思えたから、苦手だったのかなって」
「お嬢様はほんともう……。亡くられた奥様は本当にお美しい方で生き写しといえる容姿を持つのにオシャレすることをすごく嫌がるんです」
「え、どうして。貴族の女性はオシャレするのが当たり前と思っていたけど」
ジュリアンが知っている女性は皆、そうであった。
ソノーラ奏者のリディアもオシャレには気を使っており、身綺麗にしてやってくる。
逆にセレスは着飾ってくることはほとんどない。
「私が声かけしなかったら化粧無しで行こうとするんです。美容や服飾にお金をかけてくださいって言ってもその費用をあなたたちのお給料に還元してあげたいっていうけど、絶対めんどくさいからって分かってるんです。その代わりお菓子や本、観劇など好きなものにはお金を惜しまないくせに」
ジュリアンもセレスが博識で様々な分野の知識に精通していることは知っている。
変わった女性であることは分かっていた。
「だから今回お嬢様を綺麗にしてくださってありがとうございます。これで意識が変わってくだされば良いのですが」
「そこまで言うならセレスティアの完成が楽しみになってきたね」
リーゼはぺこりと礼をして去ろうとする。
「私はこのまま子爵家の馬車とともに屋敷へ戻ります。お嬢様のこと宜しくお願い致します」
「ああ、ご苦労様」
リーゼが去り、セレスティアの完成を今かと待つ。
そして扉が開かれた。
先に出てきたのはマダムだった。
「ジュリアン様、早かったですわね。セレスティア様の準備ができましたわ」
カーテンが開かれて、セレスが出てくる。
凜とした佇まいとそのドレス姿にそのジュリアンは目を見開いていた。
「お迎えありがとうございます。ジュリアン」
「……」
まだジュリアンは呆けていた。
「これだけの原石がまだ眠っていたとは…。しかし何度も言いますが、セレスティア様、貴族たるもの原石のままでいてはいけませんわ。磨かれてこそ価値があるのです。安売りしてはいけません」
「ハイ、その通りです」
セレスは死んだ目で答えてた。この様子だとマダムだけではなく、エステ店でも言われたのだろう。
声の件があったとはいえ自分の容姿をめんどくさいという理由で後回しにした結果がこれであった。
「あのジュリアン、呆けたままですけど……変でしょうか。でもジュリアン凄くかっこいいです。よく似合ってますね」
「はっ!」
そこでジュリアンは我に返った。
「本当にセレスティアなのかい?」
「はい。親からもらったものをよくここまで放置したといっぱい叱られたセレスティアです」
セレスは早くに母親を亡くし、女性の親族もいない男所帯で育ったこともありそのあたりが無関心であった。
使用人達の手で見れるようにはしていたが、領主の娘に上から言えるものはそうはおらず、この年齢までそのままで来てしまったのだ。貴族のプロからすれば歴然といった所である。
「これからもうちょっと意識するように致します」
ちょっと投げやりな言葉であった。
「……」
ジュリアンは明らかにセレスの姿に見ほれていたのだ。
ローゼンブリューテで誂えたドレスはペールブルー、淡く優しい色をしている。
光の加減によって銀色にも見える繊細な色合いだ。
生地は最高級のシルクを使用しており、上品な光沢が歩く度に柔らかく揺れる。
上半身はオフショルダーのデザインで両肩が露わになっている。袖はなく、二の腕の上部から袖が始まる形だ。
胸元は深すぎず、浅すぎない絶妙なデコルテライン。鎖骨の美しい曲線と胸の谷間まで見える形となっている。バストラインは自然な丸みを描き、豊かさを主張しすぎることなく、確実にその存在を示している。
スカートはコルセットできゅっと絞られ、細いウエストラインから広がるベルラインのスカートはフルレングス。床すれすれまで届く長さで歩くと裾が優雅に揺れる。
耳元には希少なピンクダイヤモンドのドロップイヤリング。小さな一粒のダイヤが華奢なチェーンでぶら下がるデザインだ。
髪には白い小花をモチーフにした髪飾りが添えられている。真珠と小さなダイヤモンドで作られた繊細な細工で花びら1枚1枚が丁寧に氷原されている。
薄い茶色の髪はいうもの簡素な結びではなく、特別なアレンジが施されている。
全体をゆるく巻き、後頭部で優雅にまとめあげられている。アップスタイルだが、ふわりとした柔らかさを残していた。
「ジュリアン様、ご満足頂けたかしら」
「ああ……本当に。セレスティア」
ジュリアンは真顔でセレスと向き合う。そして優しく笑った。
「本当に綺麗だよ。今日ここで君に出会えて良かった」
「っ!」
そんな歯の浮くセリフにセレスティアは顔が真っ赤になってしまう。
「あの……ジュリアン。もう一度言ってもらえないでしょうか」
「お安い御用さ。何度でも」
そしてジュリアンはセレスの要望通り、同じ言葉を吐いた。
「ほんとーにきれーだよ。今日、君に出会えてよかったー」
棒読みで。
そう、ジュリアンは壁に向かって喋っていたのだ。
「ジュリアンの甘いイケボであんなセリフ聞いたらたまらなく興奮しちゃいます! 何度でも聞き続けたい」
「僕、セレスティアに言ったつもりなんだけど」
「ああ、私は別に美しくないので世辞はいらないです」
全然想いが伝わってないことにジュリアンはがくりと項垂れた。
貴族令嬢として綺麗になるという責務に対して意識が変わっただけで自分が美人だと露にも思っていないのがこのセレスティアという令嬢である。
伯爵家の馬車に乗った二人がパーティ会場へと向かう。




