049 綺麗になりたい
「じゃあセレスティア。今から行こうか。馬車をまわすよ」
「うん、お願いします」
セレスは気持ちを切り替えて、誕生日パーティに備えることにした。
二人は馬車に乗って和やかに話をしていた。
馬車は住宅地を抜けて、上層の方と進む。
「あれ?」
セレスはここで違和感を覚えた。
貴族街には上層と下層が存在する。王城や帝国楽劇場は当然上層にある。
オスカーのアトリエは邪魔されたくないという意向で下層の外れにあり、セレスの屋敷や貴族向けの店も下層にあるため普段ほとんど下層の方で生活をしていた。
「ジュリアン、仕立屋はこの先なのになぜ上層に」
「え? 仕立屋は上層にあるよ」
和やかに話していた二人。実は圧倒的な格差があることに気づくまであと30分といったところだった。
貴族街の上層に入り、ジュリアンのいう仕立屋の前に到着。
セレスは呆けた顔でその店を見ていた。
「セレス、どうしたの。降りておいでよ」
「あ、あのあの……ジュリアン。ここってあの【ローゼン・ブリューテ】ですよね!」
ローゼン・ブリューテ。
大貴族御用達の仕立て店である。
白い大理石の建物と金色の看板には薔薇の紋章がある。
入口には門番のような店員が立っている。
「うん、そうだよ。さぁ行こう」
「え……ええ」
門番に止められることなくジュリアンとセレスは仕立て店へ入る。
(ここって確か完全予約制で一見様お断りの店だったはず。行ったことないし、行こうと思った気もない店なんだけど!)
セレスは内装の煌びやかさに驚く。
深紅ベルベットのカーテン。大きなシャンデリアが光っている。
「あら、ジュリアン様。お久しぶりですわ。見ないうち大人っぽくなりましたわね」
「やぁマダム。相変わらず綺麗だね」
(マダム・エリーゼ! ここのオーナーだわ。雑誌でしか見たことがなかったけど)
「いつもは伯爵夫人なのに今日は……、あら、可愛らしいレディね」
「彼女に合うドレスを見繕ってほしい。兄上の誕生日パーティに彼女と出るんだ」
「アレクサンダー様のパーティですわね。十日後だとさすがにオーダーメイドは難しいですわね」
「だよね……ごめんね、セレス。本当は君に合ったドレスをオーダーメイドをしたかったんだけど」
「いやいやいや」
セレスは滝のように汗を流して、否定した。
慌ててジュリアンを引っ張り、手元に引き寄せる。
「ここにあるドレス一つでどれだけかかると思ってるんですか! 雑誌で見た情報だと私が持っている一番高級なドレスの30倍以上ですよ」
「そうなんだ。僕、値段知らないから気にしたことなかったよ」
「っ」
空いた口がふさがらなかった。
そこでようやく理解する。ベルモント伯爵家の懐事情を。
領地はもたないものの、帝国楽劇で莫大な財産のある伯爵家は全貴族の中でトップクラスの金持ちであった。
(リディアさんと話したことあったっけ。ジュリアンが着ている服って全て最上級だってこと)
爵位的には一つしか変わらないのにとんでもない経済格差だった。
「い、一番安いドレスで! 一着で!」
「もうだめだよ~」
ジュリアンはにこやかに笑う。
「僕のパートナーがそんな安物着てたら母上と兄上に叱られてしまうよ。予備やこれからのことも含めて三着は持ってて欲しいな」
「は……はぁい」
「これなんてどうかしら公爵令嬢のために作ったけど体調を崩されてキャンセルされたの。あなたの体型に合わせれば完璧だわ」
「こ、こ、公爵令嬢!?」
「宝石とかアクセサリーは選定はマダムに任せるよ。いつも通り【ユヴェリーア・シュテルネンリヒト】から買っておいて」
「承知しましたわ。マイスターに連絡をしておきます」
「その店って帝国一の宝石商ですよね!?」
「ビンクダイヤモンドのイヤリングとかあるかな」
「取り寄せ可能だと思いますよ。ジュリアン様のパートナーであればならすぐに用意してくだだるかと」
「わ、私の話を……」
「ではあなた様、ドレスの採寸を行いますのでこちらへ」
そのままセレスはマダムに引っ張られて全身をくまなく採寸されてしまった。
いろいろ調べられた結果、セレスは大きく息を切らし疲弊していた。
「ジュリアン様、セレスティア様は原石でございます。磨けば素晴らしいレディとなるでしょう。10日あればあそこで仕上がると思います。紹介状を書きましょう」
「マダム、いつもありがとう」
「ジュリアン様ならいつでも……ただ」
マダム・エリーゼは少し困った顔をした。
「シャイセント様には困りましたわ。最近横暴な所が目立つようになり、スタッフ一同困っておりますの」
シャイセント。ジュリアンの兄であり、三兄弟の次男。
ジュリアンとは以前の騒動で少し関係が悪くなっている。ジュリアンも申し訳なさそうに目を伏せた。
「アレクサンダー兄上にも相談するよ。僕の言うことは聞かないから」
ジュリアンは疲れているセレスに手を差し出す。
「セレスティア行こうか」
「はい。ちょっとお茶でも飲みながらゆっくりと……」
「何を言ってるんだい。これからエステに行くんだからそんな時間はないよ」
「え」
マダム・エリーゼは店の扉を開いた。
「微調整をしますので3日後に来店くださいませ」
こうしてドレスやアクセサリーなどの準備は万端。
そのまま馬車で次の店エステサロン【クリスタルクヴェレ】へ到着する。
クリーム色の優雅な建物で、窓から柔らかな光が漏れていた。
看板は水晶と泉がモチーフとなっている。
「ここも最高級のエステ店じゃないですか!」
「僕は行ったことないんだけど、母上や義姉上はよく行くって聞いたことあるね。マダムがここの招待状を書くなんて滅多にないことなんだよ。やっぱりセレスティアは凄いよ」
「わ、私そこまで求めてないんですけど」
早速に入店をする。香しい花の香りに体が熱くなるようだ。
店内は白と淡い青を基調とした内装。
実際に魔法の水を利用した噴水もある。当然ながら完全予約制で予約は常に埋まっているという話。
すぐに利用するにはそれこそ特別な招待状が必要だ
「ようこそ、クリスタルクヴェレへ」
(クリスタルクヴェレ。この人がオーナーのフラウ・アメリアだわ。元宮廷侍女で美容術の専門家。
皇族はさらに上のランクの美容施術を受けられるからその経験者であるフラウの実力は帝国随一。もちろんお値段もとても地方子爵家の令嬢では手が出ない)
「マダム・エリーゼから連絡を受けました。セレスティア様、さっそく施術を開始致しましょう」
「は……はい」
もう逃げられない。ここまでのクラスになると断ることも失礼に値するからだ。
恐る恐るジュリアンを見るとにっこりとして役に立ちそうにもなかった。
(引き受けるんじゃなかった。オデットと違って私は贅沢が好きじゃないの!)
「じゃあ僕は帰るよ。ハルモニアの屋敷に連絡して、終わる頃に迎えを出すよう手配しておくから」
「……ありがとうございます」
「なんだかすごく顔が怖いけど……。じゃあ当日の朝、迎えにいくから。何かあったら伯爵家に連絡をちょうだい」
恨みのにらみをジュリアンに捧げるセレスだったが、天然ゆえに通じるはずもない。
ジュリアンはそのまま去っていった。
(むぅ。こうなったら徹底的に綺麗になってやるんだから!)




