047 さらばハルモニア
「朝っ!?」
大きな声と共にセレスは起き上がる。
キョロキョロとまわりを見渡し、ここが屋敷であることに気付いた。
(全然記憶無い。レオン様の体温が暖かくて、そしたら気が遠くなって気付いたら!)
セレスは慌ててベッドのすぐ側に置いてあるベルを鳴らす。
「おはようございます。今日は早いですね」
侍女のリーゼがすぐにやってきた。使用人を呼ぶためのベルであった。
「ねぇ朝! えっと……レオン様は!」
「殿下なら昨日の夜に発たれたようです」
「そうなんだ……。お見送りしたかったなぁ」
「でもすごく素敵でした。お嬢様を抱きかかえてすごく優しい顔でこの部屋まで連れてきたんです」
それを聞いてセレスは強く反応する。
「わ、私を抱きかかえて!? レオン様、そんなことまで!」
「愛がないとできないですよねぇ」
(ど、どういうことなの! レオン様が好きなのはステラのはず! ステラの声は私だから、ステラを想定して!? 分からない!)
「お嬢様が起きたらヴィルヘルム様のところへ行くように仰せつかっております。ちゃっちゃっと準備しますよ~」
身支度を終えたセレスはすぐにヴィルヘルムの所へ向かった。
「お兄様、レオン様は朝に発つって聞いてたのに夜に出たんですか! おはようございます!」
「ああ、おはよう。ちゃんと挨拶だけはしたことは褒めてやる。誰よりも早く寝て、遅く起きるのは相変わらずだな」
「うぅ、ごめんなさい」
父と兄が早起きすぎるとセレスは言いたくなったが、口で勝てるはずもないので黙ったままだった。
「帝都の方で何かあったようで殿下は帰って行った」
「大丈夫でしょうか……」
「地方貴族の僕達が考えても仕方ない。殿下は出発をかなり遅らせていて、ディートリヒ師に怒られてたからな」
「どうして………。ハルモニアに何か残したことでもあるんでしょうか」
「どうしてって。聞きたいのは俺の方だが」
ヴィルヘルムははぁとため息をつく。
この聞きたいことに対してセレスとヴィルヘルムは違ったことを考えていた。
「帝都でも殿下はあんなに君にベタベタなのか」
「よく話かけてくださります。でも昨日は特にスキンシップが多かったような……。ちょっとドキドキして困ります」
「あの殿下がスキンシップ……」
ヴィルヘルムは貴族院時代のレオンのことを思い返していた。
鉄血の獅子という二つ名に違わない強烈な個性、声をかけてくる令嬢をばっさりと切り、使えない部下も切り捨てる暴君ぶりだった。
レオンの側近を打診され、断った時は殺されるかと思ったそうだ。
(そんな殿下がまさかセレスを抱っこしてあんなふやけた笑みを浮かべるなんて)
ヴィルヘルムはセレスをじっと見る。その視線の理由が分からず、セレスは首をかしげた。
(あの特徴的な声であの殿下がこうなるのか……? お洒落を覚えれば母上のように美しくなるのだと思うが今のセレスは正直どこにでもいる令嬢以上ではないと思う)
「お兄様から失礼な視線を感じます」
「まぁいい。ところで第二回アニメ上映会。上映場所が決まったら教えてくれ。父上と見にいく」
「本当ですか! でもどうして」
「僕はともかく父上はセレスが心配で仕方ないんだ。本当はハルモニアに戻って欲しくてたまらないんだと思う」
「お父様……」
「ただ娘の頑張る所を見たい。そういうことだな。ちなみに僕は商売のことを考えてる」
「え?」
「第二回はエルデンブルク城とハルモニア市をモチーフにすると聞いた。アニメが流行れば聖地巡礼ということで観光客が増えるかもしれん。これはビジネスだ」
「お兄様はほんと……そういう所は商魂たくましいことです」
ヴィルヘルムがもし平民だったら商人として大成したことだろう。
ヴィルヘルムが貴族院に戻ってからお茶や蜂蜜を使った商売で爆発的に利益を生んでいる。
父アルフレヒトが地盤を固め、ヴィルヘルムが成長をさせているためハルモニアの未来は明るい。
帝国楽劇でも地方の歴史を舞台にした脚本を書かれることがあり、聖地巡礼で活気溢れることが増えているのでそれを狙っていた。
「話は戻るが……殿下とのことどうするつもりだ」
「どうするって言われても。私はただの地方の令嬢ですよ」
(そもそも殿下が想ってるのはステラだし。本物が見つかったらきっと……)
「それもそうか。だが」
(あの殿下ならやりかねないんだよな……。正妃は無理でも側妃なら。しかし愛される側妃が地方の子爵令嬢では幸せな道などあるはずもない。殿下もそれは分かっているだろう)
ヴィルヘルムはセレスとレオンを取り巻く環境を一瞬で見抜いてしまう。
その思慮深さが評価されているのだ。
「今、それを考えても仕方ないか。もし本当にプリマステラとなり侯爵位が手に入るなら……」
「お兄様? さっきからぶつぶつ何を」
「セレス。帝都に帰るまで時間があるだろう。妃教育を行う」
「はい!?」
「どう転んでもいいように徹夜で教え込んでやる。帰る日まで寝られないと思え」
「意味が分かりません! い、いやあああああああ!」
こうしてセレスはみっちりとヴィルヘルムにしごかれて、へとへとになりながら帝都に戻ることになった。
そして時は過ぎ、この時の教育がまさか役に立つことになるなんてセレスは思ってもみなかった。
なぜなら。
「はいセレスティア様、今日からフェイシャルエステを行いますね!」
「その後は徹底的なボディケアを行います」
「もちろんヘアトリートメントは欠かしません」
「ひ、ひえ……。ここまでなんて聞いてない」
セレスは上級貴族が受けるような究極の美容施術を受けるはめになっていた。
こんなことになったのはセレスが帝都から帰ってきた二日後のことだった。




