045 二人の休日
王の謁見の前の脇を通り、扉を明けると夕焼けの日差しが差し込む。
石造りのバルコニーで手すりは雨風に晒されて、摩耗している。
このエルデンブルク城は高所にあり、少し遠くまで視線を伸ばせばハルモニア市を一望することができる。
さらに遠くには茶畑が。蜂蜜を取るためのアウレアの花畑も見ることができる。
かつてこの場所ではエルデンブルクの王が民に向けて勅命を読み上げてきた。
「ここはいろんな歴史が詰まっているんですけど、場所だけで見るならここってすごく良い所なんです。ハルモニアの街を一望できて、気持ち良い風が流れて、気持ちが良い」
セレスはバルコニーの手すりに近づく、ふわふわの髪が風で靡いていく。
夕方にもなってきたので風が冷たくなってきた。
「くしゅん」
「少し冷えてきたな。これを着るんだ」
「すみません、ありがとうございます」
(レオン様体温高くて温かい……)
少し大きめな上着を着てセレスは寒さが吹き飛んでしまったようだ。
「帝都に帰ったら設定をまとめないとな。エルデンブルク城やハルモニアの街、特産物。帰る前に資料を集めて、オスカー卿に見てもらおうか」
(皇族の仕事だけじゃなくて、アニメの仕事まで。レオン様は多忙だわ。私に何かできることがあればだけど……)
もちろん実働でセレスはレオンの力になるつもりだ。ハルモニア関係の資料はすでに集めさせており、帝都に送る準備を進めている。
あと足りないのはレオンの精神的な負荷を軽減させることくらいだ。
そこで思い出す。オスカーが最後の一枚を描き上げられず悩んでいたことがあった。
セレスは役を再現してオスカーのモチベーションを上げることに成功をしたわけだが……。
(これだわ!)
日が沈み行く中、セレスはバルコニーの中央、外へ向けて悲しい表情を浮かべる。
「わたくしはどうすればいいの。幼馴染みの彼だけを思っていたはずなのに……、隣国の王子であるあの方の差し出された手を掴みたいと思っている。王女として二人のどちらかを選ばなければいけない」
セレスは三角関係に悩む、次の作品の主人公を想定し演技をし始めた。
(やはり上達している)
レオンはセレスの演技を見て、驚いていた。
(ジュリアンの奴がセレスは天才かもしれないと言っていたが、この成長速度はすごいな)
七色の声を持つセレスだったが、課題は未経験の演技力だった。
しかし第一回アニメを通じて、演技力は向上し、すでにプロ級であるジュリアンについていけるほどにまでなっている。
(声も演技も優れている。そんなのヨノエルくらいだと思っていた。もし帝国楽劇をやっていたなら、見いだされていたならきっと良い役者となっていただろう)
レオンは目を瞑り、セレスの言葉に耳を傾ける。
「神よ、教えてください。わたくしはどちらの差し出された手を掴めばいいの……。城に残るか、城を出るか。わたくしは選択する道は……」
(あれはセレスじゃない。演者ステラの演技。なのにセレスが俺ではない他の男の手を掴もうとしているように見える。そんなことこと認められない。だったら)
レオンが一歩前に出る。夕日に照らされて、その姿は幻想的にすら思えるほどだった。
「俺を選べ、絶対に苦労はかけさせない」
それは告白のような言葉だった。レオンの口から出た本心にセレスの演技は止まり、驚いたようすでレオンを見ていた。
レオンは少し震えているようだった。セレスによる返答を心待ちしているからか。
昨日の朝、宿場町でした告白の答えをちゃんともらっていないからだ。
セレスの口は開く。
「三人目ですか……?」
「……」
想定し手無かった言葉が出てきた。
「えっと……、まぁいきなり現れた敵国の王子という設定は斬新かもしれません。ですが、今回は60分の脚本ですよね。尺的に三人目のヒーローは」
「帰るぞ」
「あれ、レオン様? なんか怒ってませんか。お、置いていかないでくださーい!」
相変わらず歯車がかみ合わない二人はぎくしゃくしつつも城を後にする。
そして帰り道の馬上。
(さっきから無言だわ。私、何かしたかしら。でもいきなりレオン様が割り込んでくるんだもの。思わず素に戻っちゃった)
「セレス」
「は、はい!」
いきなり呼ばれて、声が裏返る。
「少し飛ばすぞ。しっかり掴まれ」
早馬のスピードが早まり、セレスはレオンの体にしがみつく。
体温の高い、しなやかな体付きに全てを投げ出してしまいそうになった。
その体に甘えていたら、少しずつハルモニア市とは違う方向に進んでいると分かった。
「レオン様、そちらはハルモニア市の方角では」
「……」
「レオン様!」
レオンは振り返る。
「俺を信じてくれるか?」
そんな言葉を投げかけられて、セレスは少し動じる。
早いスピードで走る馬上で長々とした会話はできない。だからこその言葉だろう。
選択権はセレスにある。セレスはすぐにこう答えた。
「もちろんです。私はレオン様を信じていますから」
「……ありがとう」
これがレオンでなければすぐにハルモニアに戻ってと大声を上げただろう。
セレスはレオンを信じていた。ヒロインになって欲しいと差し出された手を握ってからずっとセレスはこの生活に充実感を得ていたのだ。
完全に日が沈み、エルデンブルク城からハルモニア市までの街道から外れた丘陵地帯へ馬を走らせる。
1時間ほど馬を走らせて、レオンはキョロキョロとまわりを見渡した。
「この当たりか」
レオンは馬を下りて、セレスを介助して馬から下ろす。
「ふわぁ……」
セレスの口から感慨深そうな言葉が放たれる。
そこは一面花畑だった。しかも夜に咲く花だけが集まっており、一斉に花が開いていた。
これだけのものをなかなか見れるものではない。
高い位置にあるため遠くに見えるハルモニア市もまた視界の片隅に見えていた。
「こんな所に夜行性の花畑があったなんて……知らなかったです」
「地元の人間でもほとんど知らないらしい。ヴィルヘルムが教えてくれた」
「お兄様がですか!」
ハルモニア生まれ、育ちのセレスもこの場所をまったく知らなかった。
こんな素晴らしい場所、当たり前のように知られていてもおかしくないほどである。
穏やかな表情のレオンにセレスはゆっくりと声をかけた。
「ちょっとビクビクしてました。レオン様が急に進路から外れるし、怒ってるのかと思って」
「怒ってはいたな」
「やっぱり怒ってたんですか!?」
「君を前にすると思い通りにいかない」
見えない?マークを何度も浮かばせるセレスにレオンはため息をつく。
二人を取り巻く身分差やセレス自身の自信の無さなどが進展を阻んでいた。
その時だった。
後ろに巨大な魔獣が迫っていた。
「魔獣!?」
「ここが誰に知られていないのは魔獣の生息地だからだそうだ。魔獣を倒して花を楽しむ。ヴィルヘルム曰く、これがここの楽しみ方らしい」
「それは広回らないわけですね」
広まってしまったら観光客が来て、魔獣の被害が増えたことだろう。
だからこそヴィルヘルムも隠したに違いない。
二足歩行で筋力自慢の魔獣が二人を見据えていた。
本来ならば恐れる所だが、セレスは少しも震えてなかった。
レオンの戦闘能力を信じていたからだ。
「ディートリヒさんはいないですけど、大丈夫ですよね」
「この俺がいるのにあの男の名を出すとはいけないな」
そんな何気ない言葉がレオンのプライドを傷つける。
「この状況下、負けるはずがないだろう」




