044 王城探索
旧エルデンブルク王城。三百年前に栄えたエルデンブルク王国を支えたシンボルと言える。
場所はハルモニア市の北側、なだらかな丘の頂に旧エルデンブルク王城は静かに佇んでいる。
東西南北に配置された塔は四つの円塔が印象的である。
灰色の石材の壁面は歳月の風化で所々が黒ずんでおり、蔦が這い上がっている。
しかし崩落は少なく、王城として風格は褪せることはない。
中庭に足を踏み入れるとかつて整えられたであろう石畳の広場が広がる。
中央には枯れた噴水。天使の彫像が水盤を支える姿は顔が半分残っているが今も残っている。
城のまわりは春にはピンク色の花が咲き乱れ、観光名所の一つとしてハルモニア市民に親しまれていた。
「ほう。これだけのものが綺麗に残っているのは珍しいな」
「はい。春の時期には観光客で溢れていたりするのですよ」
今日は馬車の不具合もあり、二人以外の客は誰もいなかった。何人か人はいるようだが、子爵家の命を受けた管理者だろう。
レオンは馬を預けて、セレスと共に中庭を巡る。
「この地を治めていたエルデンブルク王国。最後の王、アーデルベルク三世の治世は暗黒時代だったと記憶されています。重税に喘ぐ民、恣意的な裁判、貴族達の腐敗、名は違いますが当時のハルモニアもその影響で民は飢えていたそうです」
セレスは中庭の石畳を進みながらゆっくりとした口調で語る。
「セレスはエルデンブルクの話も詳しいのか?」
「私、この場所が好きでガイドの話を聞いている内に覚えてしまいました。帝都でハルモニアのことを知ってもらうためには布教もしたんですけど、向こうではなかなか受け入れてもらえなくて。あはは」
「今の君なら大丈夫さ。まずはプロジェクトの面々から話すといい。オスカー卿も作画の参考になると思うし、リディアも音色のアイデアに繋がるはずだ」
優しい言葉にセレスは朗らかな表情を見せる。
レオンが続きをと言ったのでセレスは話を続けた。
「東方より現れた後にシュテルンライヒ大帝国と呼ばれる大国による侵略を受けます。
【星々輝く大帝国あれ!】その言葉と共にエルデンブルクの王国の圧政を知った帝国は大義名分を得て軍を進めました。結果は帝国の圧勝。あのバルコニー」
その場所からでも見える、王城の中腹にあるバルコニー。為政者が民に宣言をする時に使う場所でもある。
「あそこで最後の王が王冠を脱いだと聞きます。そして捕まって苦渋を受けたくなかったゆえに騎士団長の手で死を選んだらしいです」
「俺も皇帝となったら最後にそういう最期の可能性もあるのだな」
「世界一の強国である大帝国でそれは想像できないですね。百年は安泰なのではないでしょうか」
「戦争が減り、今が一番安定してるからな」
レオンが活躍したとされる四ヶ月前の戦争から大陸内の争いはほぼ消えたといっていい。
これからは文化交流の時代と言われている。
「ではレオン様、中に入りましょうか」
「立ち入り禁止と書かれているがいいのか?」
「子爵家が管理している場所なので大丈夫です。お父様に許可を頂きました。もともと立ち入り禁止は王城を保存するためのものだったんですがどうしても中に入ってしまう人がいるので中の管理もしっかりしているんですよ」
「何かあったら責任を問われる立場だからな。お言葉に甘えようか」
セレスとレオンはエルデンブルク城内へと入っていく。
かなり古くなっているが、補強はしており、崩落の心配はなさそうだった。
「ここが食堂か。時代を感じさせる造りだな」
建物の一階に位置する、かつて宴会や晩餐会が催された広間。
床は厚い石板が敷かれている。表面は風化し、所々に亀裂が走っているが、歩くことはできる。多くの人々がここで踊り、食事をし、笑い合ったのだろう。
「……」
(レオン様がすごく真面目な顔をされているわ。これは多分)
「監督、どういったお話を考えておられるんですか?」
「当時の食事風景を空想していた。暴君王によって静まりかえっていたのか。それとも和やかだったのか。前後関係をまとめればある程度推測できるか」
「最期はともかく、連戦連勝の時代もあったそうですし、その頃は士気が高かったかもしれませんね」
そのまま隣の厨房や地下貯蔵庫なども覗いていく。
「俺が真顔の時は構想しているってことがバレてしまったからな。セレスの前では下手なことはできないな」
「ふふ、アニメ上映をし始めたくらいから見分けられるようになった気がします」
「戦場では無表情で敵を討つってことで恐れられたんだが」
二人はたわいない話をしながら今度は上階へと足を運ぶ。
「ここも豪華な部屋だな。先ほど見た王の部屋とはまた違うようだが」
「一説ではここに王女がいたのではと言われています。若い女性が使用していた痕跡があったそうで」
セレスはさらに続ける。
「ただ情報がほとんど残ってないのです。嫁いでいなくなったのか、国が無くなる前に逃げたのか。エルデンブルクので残っているのは王の名前と王を討った騎士団長の名前くらいですから」
「ふむ」
レオンは再び真顔になり、部屋の中を歩く。
その表情は先ほど物語を構想している時のものと同じだった。
(また考え込んでる。この表情のレオン様、本当に素敵だわ。いつまでも見続けていられる。オスカー様に似顔絵をお願いしたいくらい)
セレスはそんなレオンの表情を好意的に見ていた。
元々仕事人で働き続ける父や兄を見てきたこともあり、好みだという。
「かつてとある国には姫がいた。美しく可憐な姫、彼女には後に騎士団長になる幼馴染みがいたのだ。男らしい声と端正な顔立ちで出世をしていく彼に好意を持つ。しかし身分差が二人の進展を滞らせた。
(男らしい声。騎士団長はきっとジュリアンが演じることになりそう)
「そんな姫に縁談の話が。財政が逼迫した王国を救うために他国の王子が姫に縁談をもちかけた。当然姫は断ったが、他国の王子は会いに来てこう呟く。『僕を好きになってもらいます』女性と見違えるような華奢で美しい王子は今まで会ってきた男性と違ってあまりに新鮮だった」
(これは私かしら。変声を迎えてない男の子なら十分やれるわ)
「来たる日。姫は騎士団長と他国の王子、どちらを選ぶことになったか」
「三角関係ですね! 大好きです! それで、どちらが選ばれるんですか」
「それはまだ決めかねている。監督としては決着をつけないのも手だと思っている」
レオンはそのことについての話を続ける。
「男らしく、顔立ちの良い騎士団長と華奢でいたずら好きの美形の王子。どっちを好むかは人ぞれぞれだと思う。セレスはどっちが好みなんだ?」
「どっちも好きですけど、騎士団長の方が好みかもしれません」
「声もそうだ。セレスのような耳に響く声が好きな人もいれば姉上のような美声を好きな人もいる」
「私の場合は嫌う人の方が多かったですけど……」
「アニメが流行ればその評価は一変するさ。君の声を評価する者が俺以外にもいっぱい増える」
レオンははっきりとセレスの声に好意的と話し、セレスは嬉しくなる。
褒められることは嬉しいことだった。
「両方を立てるような展開にする方がかえって良い時もあるんだ」
「恋愛的な決着はつかないってことですね。次回作があることを示唆すればどっちと結ばれるか、それが話題となって貴婦人の中で根付く」
「セレスも制作側の気持ちを理解してきたな」
「私は決着がついて欲しいですけど、長く演じたいという気持ちもありますね。アデライードをもう一度演じたいです」
第一回アニメ上映が終わって、アデライードの役を演じることが無くなった。
今の力量ならあのシーンこうやって演じたのにと後悔することあったりする。
「実際に完成させてみてだな。内容次第では恋愛勝負に決着をつけるかもしれないし」
「どんな展開でも全力で演じてみます!」
二人は姫の部屋を後にし、最後の場所。バルコニーへ向かった。




