043 レオンとデートその2
そして翌日、セレスは屋敷の中を歩いていた。
「はぁ、まさか2時間も説教されるなんて。お母様が亡くなってから本当にうるさくなった気がする」
アルフレヒトは後妻を迎え入れず、使用人の手があったとはいえ、男手一つで二人を育ててきた。
セレスを母の代わりに厳しく躾けており、大人にもなってそれは変わらない。
「でも戻ってこいって言ってくれたのは嬉しかったな。……でも婚約か」
ハルモニアに戻ったらきっと帝都にいるプロジェクトメンバーとの交流は途絶えることになるだろう。
本当にどっちを取るかということになっていた。
(レオン様は私を婚約者にするかと言ってくれた。うやむやになったけどあれは本心? それともおふざけ?
「セレス」
セレスは振り返る。現れたレオンは気力に満ちた顔をしていた。
その輝かしい笑顔にセレスは胸は熱くなる。
「ハルモニア市を案内してくれ。セレスと二人でまわりたい」
(聞いてみたいけど、聞けるはずない!)
あまりに直接的な言葉にセレスは動揺してしまう。
朝食を終えたセレスとレオンは子爵家の屋敷の前に待ち合わせる。
レオンの格好は昨日と同じだがセレスは少し外で歩く用ではあるが、少し気合いをいれて服装を変えていた。
「セレスは何日くらいハルモニアに残るんだ?」
「私が手をかけた仕事とか視察とかもしたいので3日ほどはいようかと思います」
「そうか。ならば俺もハルモニアにそれまで滞在して一緒に」
「なりませんよ」
いつの間にか現れたディートリヒの姿にセレスもレオンもびっくりする。
「仕事がたくさんあります。休暇は本日だけで明日の朝一で帰りますよ。殿下の早馬であれば一日で帝都に戻れます」
「働かせすぎだ。働き方改革という言葉を知らないのか」
「残念ですが殿下は対象外です。働いて働いて働いて下さい」
ディートリヒはセレスを方を向く。
「殿下を宜しくお願いします。半年に1日しかない休暇ですので、半年分働けるように英気を養わせてください」
(責任重大すぎるわ! レオン様働きすぎっ!)
「ディートリヒ、おまえはどうする? まさか俺とセレスのデートについてくるとは言わないな」
(デート!?)
「そんな無粋なまねはしませんよ。ハルモニアは治安の良い都市ですから護衛も不要でしょう」
話している中でヴィルヘルムが顔を出した。
「ディートリヒ師。久しぶりに稽古をつけてもらえませんか。子爵家の私兵達にも経験を積ませたいです」
「良いでしょう。あなたの力を久しぶりに見せて頂きます」
ディートリヒはヴィルヘルムに連れられて稽古場の方へと向かう。
これで完全に二人きりという形となった。
(何だか緊張してきたわ)
「あのレオン様、デートというのは……」
「男女が一緒に連れ歩くならデートではないのか。俺とデートは嫌か?」
「そんなこと! でもレオン様。絶対私をからかってますよね」
「あはは、行こうか。街を案内してくれ」
ハルモニア市は300年以上続く都市であり、街並みはゴシック様式で石段の道が多い。
元はエルデンブルク王国の城下町として栄えていた。
神聖シュテルンライヒ大帝国の侵攻により、エルデンブルク王国は崩壊。
城下町はハルモニアと名前を変えて今、子爵家が領地として管理をしていた。
王国の名残を残すことからハルモニアは古都とも呼ばれる。
「ハルモニアティーは帝都でも有名だったな」
「ヨノエル様がお好きだと言っていましたね。有名店がそこにあるので寄っていきましょう」
「土産で買って帰らないと何を言われるから分からないからな」
鉄血の獅子、誰にも逆らえないレオンが唯一勝てない人物が皇女ヨノエルであった。
「セレスティア様! おはようございます」
「帝都はどんな感じですか! いつまで居られるんですか!」
行く先々でセレスは声をかけられて、その度に歩みが止まってしまう。
セレスは和やかに手を振り、応じていく。
「セレスは領民から好かれているんだな」
「みんな良い人達ばかりですから。私の声が変わっているから覚えられているのかもです」
「皆、セレスに気付いて声をかけるじゃないか。恐れられていたら自ら声をかけたりしない。俺がその例さ」
「レオン様はとても親しみやすいです。お優しくて、……とても素敵なお方です」
「……」
「レオン様?」
「セレスの声で言われると何だか照れてしまうな」
(レオン様が照れてる! 照れた姿はやっぱり可愛らしいわ)
レオンはセレスとは違う方を見て顔を見られるのを避けていた。
「今は確かに素の俺ではある。だが帝国皇子であるレオンハルトは威厳が無くてはならない。軍部で指揮をする俺は別人に見えるだろう」
「そうなのですか……」
「できればセレスには見られたくないな」
呟くように放たれた言葉、皇子の威厳というのはセレスの想像もつかないようなことなのだろう。
セレスも父、アルフレヒトがハルモニアの領主として威厳を持って人に接していることは知っている。
セレスもまた帝都ではともかく、ハルモニア市では子爵令嬢であることはちゃんと意識して人と接しているのだ。
「声も含めて私を認めてくださったのですから、私もどんなレオン様も受け入れてみせます。ってちょっと偉そうでしたね……」
「……いいさ。そんな機会があったら心づもりだけしておいてくれ」
その後レオンとセレスは最高級のハルモニアティーを楽しんで、ランチとする。
ハルモニアでは紅茶以外にも良質な蜂蜜が取れることで有名だ。
周辺の花畑から養蜂家達が良質な蜂蜜を生み出し、紅茶やお菓子に使っていた。
「確かアウレアだったか。ハルモニアの蜂蜜は愛好している者も多いと聞いたことがある」
「そうですね。ハルモニアはアウレアの花は群生地で有名で蜜蜂が良い蜂蜜を生み出してくれるんです」
ハルモニアの名産の一つでもある蜂蜜をお土産に購入したようでランチの後、二人はハルモニア自慢の陶器を見て楽しんでいた。
紅茶葉、蜂蜜、陶器。全てが繋がっている。
「みんなの分のティーカップを買っていきませんか」
「そうだな休憩の時にハルモニアティーを頂くのも悪くない」
そんな楽しい一時を二人は過ごしていた。
「え、エルデンブルク王城への馬車が休止!?」
「申し訳ありません。馬が体調不良で今日はお休みとさせてください」
時刻も夕方になり始めた頃、ハルモニアの名所を巡った最後に旧エルデンブルク王国の王城を目指していた。
ハルモニア市から馬車で三十分ほど。魔獣も出るので徒歩で行くことはほとんどない。
今日は運悪く、馬車が止まっており観光が出来なくなっていた。
「ウチから馬車を出そうかしら。でも今からだと日が暮れちゃうし、もっと早く知っていれば」
「ならばあれを使うといい」
そんなわけでいったん子爵家の屋敷に戻った二人はレオンが乗ってきた馬にまたがり、エルデンブルク王城を目指す。
「セレスは馬に乗れるのか」
「こうやって、昔お兄様の後ろに乗ることはありましたけど一人では……。一人でも乗ってみたいですね」
「なら俺が教えてやる。次の休暇はどうだ?」
「レオン様の休暇って半年に1回って言ってませんでしたか?」
「俺の休暇は毎日十分多く仕事をすることで、3ヶ月ほどで12時間以上の休暇が手に入るんだ」
(すごい計算だわ。そもそも毎日どれだけ仕事されているのかしら。8時間じゃないわよね)
セレスはふと考えたがつっこむの野暮なので苦笑いですませた。
「この子、凄く早いですね! 毛並みも良いし、さすが皇家の馬って感じがします」
「ああ、こいつは相棒みたいなもんだ。わりと気難しい所があるんだがセレスを気にいったようだ」
「ほんとですか! 嬉しいですね」
「よし、もう少しスピードをあげるぞ。セレスしっかり俺に掴まれ」
「は、はい!」
セレスは少し躊躇したが後ろから抱きつくようにしがみ付く。
(レオン様に抱きついてる! 恥ずかしい……)
ぎゅっと後ろから抱きつかれてレオンもまた背中に感じる温かみに頬が緩みそうになる。
(悪くないな。この時間がもっと長く続けばって思うくらいだ。それにしても)
レオンは振り返り、早さに怖がって強くしがみ付いてるセレスを見る。
(セレスって意外と……。これはゲスな勘ぐりか。ほんと彼女を蔑んだ男達は見る目がないな)
レオンはまっすぐに視線を向けて手綱を握り、足を速め、あっという間に王城に到達した。




