038 夢心地
レオンハルトは帝国の第一皇子として生まれたが決してその人生は楽なものではなかった。
唯一の男子として、皇太子となり、次期皇帝として教育を受け続ける日々。
だが自分が皇太子として相応しいとは思ったことは一度としてない。
帝国楽劇のトップスタァであり、万物の天才と呼ばれた姉。そして他国へ留学している未来を見えるほど高い計算能力を持つ妹。
天才の間に生まれたレオンは自分を凡人だと思っていた。
もし姉妹が男だったら間違いなく皇太子の座はなく、自分が女だったら平凡に他国へ嫁いで生涯を終えたことだ。
ただ一人男だからこの位置にいる。そのことを深く頭に刻んでいた。
そんなレオンの心の安来は物語を描くことだった。
姉は帝国楽劇、妹は歌。思えば一芸に秀でた家系だったのかもしれない。
常に何かをやりながら物語を空想していた。戦術を講じる時も指揮をする時も。
そして刀を振るう時も。
『鉄血の獅子』と呼ばれる由来も物語を考えながら人を斬るので無表情に思われたことに起因する。
血まみれの軍服で表情を何一つ変えないのは敵を倒す高揚や敵を斬ってしまった嫌悪よりも物語の空想の方が大事だからである。
初陣で死にかけてステラと評した少女に救われてからもう少し現実的なことを考えるようになった。
それまではただ物語を書き殴るだけで満足していたのに、もっと高い視野で表現したくなったのだ。
空想の物語に動きをつけたい、声や音で表現をしたい。そして生まれたのがアニメであった。
レオンは夢をよく見る。
脳を常にフル稼働しているからか空想の世界が夢の中で意思を持つのだ。
今までは理想のヒロインだった桃色でロングの髪をした少女、ステラと名付けたその少女が草原でレオンを見つめていた。
そしてセレスと出会い、彼女が理想の声を持つヒロインであると知り、ステラの声はセレスの声と同じとなった。
それから夢ではセレスの声でステラがレオンに話しかけてくる。
「レオン様、あなたのことをお慕いしております」
レオンは夢の中で覚醒した気がした。セレスの声。なんだろう。今だったらステラの顔がくっきりと分かる気がする。
今まではぼやけていた顔立ち。だからオスカーにイラストを描いてもらってもピンと来ることはなかった。
今ならステラの顔をちゃんと見ることが出来そうだ。
レオンは必死に手を差しのばした。ステラの顔を見たかったのだ。
そしてあることに気付く。
桃色の髪の長いストレートを想定していた。でも目の前のステラの髪色は栗色でふわふわのワッフルヘアだった。
桃色ではなかった。
顔もくっきりと分かる。その顔立ちはまさしくセレスティア・ハルモニア。
「はっ!」
「レオン様!?」
レオンが急に起き上がり、セレスはびっくり驚いてしまった。
「……セレス?」
「はい、おはようございます。今日もいい天気ですね」
「そうか。ステラはセレスだったのか」
「はい……。一応そうですね。あの……大丈夫ですか。飲み過ぎはダメですよ」
レオンの思っているステラとセレスの思っているステラは別ではあるが、それをセレスが分かるはずもない。
レオンはセレスの顔を見る。
(そうか。俺はいつのまにかあの時の桃色髪のステラよりも目の前のステラに想いを寄せるようになったんだな)
声がついたことでステラの幻想が変わってしまったのだ。
セレスティア・ハルモニアこそがレオンの夢に出てくる理想のヒロインとなってしまった。
それを感じた瞬間レオンは目の前の少女がとてつもなく愛おしく思うようになる。
(伝えよう。この気持ちを。今じゃなきゃ駄目だ)
レオンは座ったまま、セレスの両肩を掴んだ。
「レオン様?」
「セレス、俺は君が好きのようだ。君こそが俺にとってのヒロイン。この気持ちを伝えたかった」
それははっきりとした告白だった。セレスが理想のヒロインだと確信したゆえの言葉だろう。
帝国一の美青年といっても愛の告白に慣れているわけじゃない。レオンは少し体を震わす。
そしてセレスの返事の声を聞いた。
「あ、ありがとうございます」
セレスは照れたように顔を赤くする。そしてそのままレオンの元から離れる。
「あ、あー、準備があるので私はこれで失礼しますね。レオン様も着替えて降りてください。ディートリヒさんが待っていますよ」
セレスは足早とその場から去ってしまったのだ。一人残されたレオンは目をぱちくりとされた。
鉄血の獅子と呼ばれた男が初めて見せるような顔だった。
「……あれ?」
正真正銘後先考えない告白であった。皇太子と子爵令嬢。そんな立ち位置も考えない愛に振り切った告白にセレスは微笑むように笑顔を見せるだけだった。
「俺はもしやフラれたのか。いやそんなはずは……。これが失恋の痛みなのか」
レオンは想像以上に落ち込み、ぐてんと机の上に伏せてしまったのであった。
だが真実はそうでは無かった。セレスは真っ赤な顔をして施設を走っていたのだ。
「~~~~~~!」
(もうレオン様ったら私の声が好きって言うはずが、声のワードを抜かすんだからびっくりしたじゃない!)
そう、レオンはセレスの声が好きだと言い続けたせいか。セレスの脳内において勝手に補完をしてしまっていたのだ。
ゆえに先ほどの告白は声が好きだと言われたと勘違いしたらしい。
「レオン様はステラが好きなわけで……。勘違いしたら駄目なの」
セレスの想う理想のヒロインとは桃色のストレートの髪をした女の子だ。似ても似つかない自分が
すでに理想のヒロインであるステラが自分自身になっていると思ってもみなかった。
つまり完全にすれ違ってしまっているのだ。
「でも言い忘れだとしても好きって言ってくれたのは嬉しかったな……」
自分の声に居場所をくれたレオンをセレスは慕い、愛情を持つ。
爵位の立場もあるので表だって距離を縮めることはできない。でも……。
(レオン様、あなたのことをお慕いしております。その言葉に偽りはないのだから……)




