037 宿場町でのひととき
宿場町クロイツヴェーク。
帝都から朝出発して、馬車で半日ほどでたどり着くので物資輸送の中継点として栄えている町である。
貴族達もこの町を中継して、領地へ向かうため貴族向けの宿も数多くあった。
セレス達はその中の一つの宿に宿泊することになる。
「凄く美味しいです~!」
「ここの料理は美味しいわよね。部屋が空いてて良かったわ」
夜、セレスとリーゼは宿の部屋で食事を取っていた。
令嬢の旅なので夜は出歩かず、部屋で取ることになった。
「貴族向け食事を取ることはほとんどないので堪能させてもらいます~」
「食べ過ぎてお腹を壊さないでよ」
ハルモニア家では無駄なお金は使わない方針であるためセレスも贅沢な宿には泊まらない。
ただ子爵家として恥ずかしくないこと、宿のセキュリティなどはちゃんと意識しているため倹約はしない。誘拐などされてしまったら醜聞となるからである。
そして世話などもあるので従者のリーゼも同じ部屋にしている。身分差がある者が同じ部屋に泊まることを嫌がる者がいるが、ハルモニア家は従者も皆、家族。その方針のためセレスは食事も同じ物を用意していた。
もちろんリーゼもその意図は分かっているので締める所はちゃんと締めるようにしている。
「クロイツヴェークに入る前。殿下もディートリヒ様も変装なさっててびっくりしましたね」
「ええ、凄い早さだったわ。あれは変装しなれているわね」
クロイツヴェークに入る1時間ほど前、先行していたディートリヒが戻ってきた。
無事手配魔獣を倒したことをギルドに報告していたらしい。
セレスがレオン達とは違う方に視線を向け、再び視線を戻すと二人の姿がまったく別物に変わっていた。
レオンは金色の髪を銀色に変えて、瞳の色もカラーコンタクトで変えていた。
ディートリヒもレオンほどではないものの服装を変えていたのだ。
「レオン様、その格好はいったい」
「宿場町では放蕩男爵子息、ハルトという名前で入る。なっ、ディー」
「ああ、うかつな行動は避けてくれ。ハルト」
(ディートリヒさんも役作りしてる!?)
宿場町には貴族もいる。顔が有名なレオンの正体がバレると騒ぎになるということだ。
ディートリヒもレオンの側近であることは知られているので合わせて変装を行っている。
そして馬車はクロイツヴェークの中へ入り、宿泊予定の宿へたどりついた。
「夜も一緒に食事をしたかったのだが、放蕩男爵子息と一緒にいるわけにはいかないからな」
「レオ……。ハルト様はどちらで食事を取るのですか?」
その質問に答えたのは隣にいるディーだった。
「平民向けだが良い酒場があるんだ。そこの魚料理が絶品でな。エールと良く合うんだよ」
(ディートリヒさん演技がすごいわ! アニメの演者になれるんじゃないかしら)
「そこの護衛。名はなんだ?」
「はっ! ハルモニア子爵家、セレス様専属護衛のエミールと申します!」
「そうか。おまえは酒は飲めるか?」
「はっ! 大好物であります!」
「よし、ならば同行しろ。この仏頂演技男と二人で飲んでもつまらんからな。奢ってやる」
「え……! 自分は平民でありまして、その……」
「俺は身分など気にしない。セレス、護衛を借りてく、だから外に出るなよ」
護衛のエミールはレオンに連れられてしまうことになった。
さすがにエミールは貴族の宿に泊めることはできないので結果的には良かったのかもしれない。
そしてセレスとリーゼは部屋でのんびり寛ぐことになり、今に至る。
「ディートリヒさん凄かったですね。そこまで深い変装じゃなかったのに完全に別人でした」
「普段が普段だものね」
「お貴族様なのに私やエミールさんにも紳士的ですっごくカッコ良かったですよね」
「暁の剣聖と呼ばれるくらいの星煌一刀流の使い手。何があってレオン様に仕えるようになったのかしら」
「不思議ですよねぇ。お嬢様もハルモニア市で殿下とデートですもんね」
「デッ! 違うわよ。レオン様はハルモニア市に初めて行くと言っていたから案内するだけよ」
「一緒に食事をしようと手を繋がれたじゃないですか」
レオン達と別れる前にセレスはハルモニア市の案内と食事を約束させられたのだ。
ばっちりとリーゼに見られて揶揄われることになる。
「お嬢様のお話で聞いていたとはいえあそこまで親密だなんて……殿下はもしかしたらお嬢様のことを」
「それだけはないわ」
「え……?」
「それだけはないから」
(レオン様が本当に好きなのはステラなんだから)
どんなに甘い言葉で囁かれてもその事実だけは変えられない。
皇子と子爵令嬢の身分差以上にその事実がセレスを苦しめた。
「私はハルモニア家の者としてレオン様にハルモニアの良さをアピールする。それでいいの」
明日にはハルモニア市に到着する。セレスは窓から空を見上げてその気持ちに栓をした。
そして翌朝。
「おはようございます。って……エミール大丈夫?」
「も、申し訳ありませんお嬢様。うえっ」
護衛のエミールが青い顔をしてグロッキーとなってしまっていた。
この感じ、相当遅くまで飲んでいたと思われる。だが側にいるディートリヒは素面のままであった。
「セレスティア様、おはようございます」
「わっ! ディートリヒさん!? お、おはようございます」
急に現れたディートリヒの姿に慌てふためく。
セレスは淑女であることを意識し、姿勢を正す。
「昨日は遅くまで飲んでいたみたいですけど、元気そうですね」
「あれくらいでは影響は出ませんので」
「あれ……レオン様はまだ起きてないのですか?」
「そうなのです。そこでセレスティア様にお願いがありまして。殿下を起こして頂けないでしょうか」
「私がですか!? いいんでしょうか」
「よく起きがけに私の顔を見ると気分を悪くされるので、セレスティア様のお顔であればきっと殿下も喜ぶことでしょう」
(それで嫌な顔をされたら泣くかも)
どうぞと言われ、仕方なくセレスはレオン達が泊まっていた宿の部屋へと向かう。
扉をノックして、反応を伺った。
「レオン様、入っても宜しいでしょうか」
やはり反応がないので中に入ることにした。
「ベッドは空。あ、レオン様」
部屋のベッドは開けられており、周囲を見渡すと机の上でレオンは寝そべっていたのだ。
下にはたくさんの用紙が並べられている。
セレスは見覚えのある文字を見て、それが脚本用紙だと分かる。
「レオン様、ずっと書いてらっしゃったのね」
暇さえあれば書いているとレオンは言っていた。
ディートリヒやエミールと飲み終わった後に部屋へ戻り、執筆と共に寝落ちしてしまったのだろう。
(寝顔も素敵なんだから。ドキドキするわ)
ディートリヒもうっとりするほどの美形だが、やはりレオンはその比ではなく誰も見惚れるほどの美しさであった。
何度も会話してレオンに慣れてきたセレスもうたた寝しているレオンの姿を見るとドキリとする。
(レオン様、すごく頑張っている。私に演技以外でできることがあれば良いのだけど)
試しにオスカーやリディアを手伝いをしたことがあったがまったく役に立たなかった。
セレスに出来ることはやはり声をかけることなのだろう。
(レオン様は昔助けてもらった思い出の彼女……ステラのこと想っている。今の私ならステラの声を再現できる。私の声じゃ駄目だけど、ステラの声なら……)
セレスは大きく息を吸った。
(戦場から離れた集落で助けられたということはおそらく貴族じゃなくて平民。それも好奇心旺盛な子だわ。普通は助けたりしないもの。女性を寄せ付けないレオン様が心を開くほど……まさに太陽とも言えるような女の子。考えれば考えるほど私と正反対ね。でも)
セレスは覚悟を決める。彼女はステラを演じてプリマステラになると決めたのだから。
レオンの耳元で声をかけた。
今の自分の気持ちを眠っているレオンに届くように声をかけたのだ。




