032 そして彼女は自分の声を好きになれたか
リディアにステラバレの可能性から念のために姿を隠すように言われ、セレスは化粧室の方で時間を潰すことにした。
「そろそろ大丈夫かしら」
化粧室から顔を出す。騎士達はグランドホールから出てしまっていた。
そしてロビーの方では大勢の騎士達がプロマイドの交流に大行列を作っていたのだ。
「1枚あたり銀貨3枚。平民騎士のお給料の10%前後ってところかしら。平民騎士なら1~2枚。貴族騎士は恐らく買い占めるでしょうね」
(ロデリック様は購入されたのかしら。ま、あれだけ私の声をバカにしてたから。火竜のプロマイドくらいでしょう」
プロジェクトメンバー達の所に戻ろうとした時、セレスの名を呼ぶ声がした。
「げっ……ロデリック様」
考えた矢先にロデリックがやってきたのだ。
「まだ私に何かようなのですか」
「そんな嫌そうな顔をするな。セレス、おまえはヴィンターフェルト侯爵様の招待客と言っていたな。つまり、アニメプロジェクトの関係者ということでいいんだな」
あの時、オスカーの招待客という呈でここにいることを知られてしまったためセレスは曖昧に頷いた。
「ならステラの正体も知っているわけだな」
「それは……ってロデリック様、どれだけプロマイドを購入されたのですか!」
ロデリックの手に持つ紙袋には山のようにプロマイドが入っていた。
「一種あたり三枚購入したからな。全種買わせてもらった」
「随分とアニメを気にいったんですね」
「遠征隊は娯楽に無縁なんだ。帝国楽劇だって年に何度もいけるわけじゃない。無料であれだけのものを見させてもらったんだ。のめり込みたくもなる」
「どうして三枚なのですか」
「遠征に持っていくのが1種。どうしても損傷するから保管用に1種。あとは……予備だな」
セレスのイメージはこのロデリックという男。かなり不器用で真面目な印象を持っていた。
女性慣れもしてないのでオデットのような派手でぐいぐい来る女性に滅法弱い。
つまり目新しいものにのめり込む性格なのだ。
「だがこのブロマイドを見て俺は思ったんだ」
ロデリックは顔を赤くして続ける。
「俺が好きになったのはアデライードではなく、ステラの声だったんだって」
「……。……は?」
「さっきからあのステラの声が耳から離れない。俺は多分、彼女に恋をしてしまったんだ。だからセレスにステラが誰か教えて欲しかった」
(何を考えているんですかこの人。私のことを声が気にくわないという理由で婚約破棄を突きつけておきながら、私が演じているステラの声に恋をした? 意味が分からないし、ふざけている)
セレスは思わず頭が痛くなり、ロデリックから距離を取ろうとする。
「頼むセレス! ステラが誰なのか教えてくれ!」
「レオンハルト殿下が隠すと言われた以上、皇子の命令です! それが分からないはずがないでしょう」
「だが! ……。ところでステラに恋をしてからセレス、おまえの声に嫌悪が無くなったんだ。むしろ味があっていいんじゃないかって」
ぞわわっとじんましんが出てしまうかのように不快な気持ちに襲われる。セレスは全力でロデリックから離れようとした。
「あなたからした婚約破棄でしょう!」
「元々! 声を抜けば家柄も容姿も嫌ではなかった……。声を受け入れてやるから戻って」
「いい加減に!」
「セレス、ここにいたか」
ロデリックの手を払い、セレスを守るように隠そうとする。
「レオンハルト殿下!? なぜセレスを……」
「気にいらないな」
突然現れたレオンの姿に特にロデリックは混乱していた。
「え……。アニメ、素晴らしかったです。ブロマイドも買わせて頂きました」
「それは結構。ところでロデリック・アイゼンガルガ。セレスと婚約破棄はしたと聞いていたがまだ付きまとっているのか」
「アイゼンガルガ家が破棄の同意書を止めているせいです。早く進めてくださいと言っているのですが」
「そうか。俺の権限で許可しよう。君達は正式に他人となった」
「ありがとうございます。レオン殿下」
「そんな! セレスも殿下に対して失礼なことを」
ロデリックはセレスを問い詰めようとするがそれがレオンの怒りを誘うようで完全にブロックをする。
「婚約者でもないのに異性に対して随分と馴れ馴れしいな」
「……」
「文句でもあるのか」
「い、いえ」
不満の顔を出すロデリックにレオンは険しい顔で睨む。ロデリックは顔を青くさせるしかなかった。
「明日まで婚約破棄の手続きを終わらせろ。でなければ俺が介入する」
問答無用の鉄血の獅子と呼ばれた男の凄みにロデリックがどうにかできるはずもない。結局セレスを諦めて頭を下げて去って行った。
レオンはここからセレスを連れ出し、誰も入ってこないテラスに行った。
ロデリックがいなくなり、セレスは大きく息を吐いた。
「レオン様、ありがとうございます」
「気にするな。ところで奴は君のことをもう興味がないはずではなかったのか?」
セレスが聞かれ、げんなりをした顔をする。
「声が原因で婚約を解消したはずなのにステラの声に恋をしたみたいでステラの正体を知りたいと押しかけて来ました」
「そんな馬鹿な話が存在するのか?」
「本当にそう思います」
レオンですら不可解すぎて動揺してしまう。
セレスは先ほどの会話を思い出し、またため息をついた。
「結果的にステラを誕生させて良かったな。君だと分かったいたら絶対に婚約破棄などしなかっただろう」
「はい、ステラの名前を貸して頂きありがとうございます」
「それでどうだ。今日の上映会、君の思っている通りだったか?」
レオンはにこりと笑う。吸い込まれそうなほど綺麗な金色の瞳に見つめられセレスは何を聞かれているか考えた。そして思い出したのだ。自分の声のこと。
嫌いでたまらなかったこの声がいつの間にか苦で無くなってしまったこと。
今日、あれだけの人がセレスの声を賞賛してくれたのだ。
「……レオン様の言うとおりだったと思います」
「それなら良かった」
セレスは胸に手を当て、答えた。
「初めて自分の声を好きになれた気がしました!」




