003 帝国楽劇
準備もあるからと行って、レオンハルトは去って行き、セレスは彼を見送った後、ドスンと自室のソファに腰をかける。
結局その誘いを断ることが出来なかった。
婚約者がいると言って断ることもできたが次期皇帝候補の第一皇子相手にそんなことができるはずもない。
「リーゼ、いるかしら」
「もちろんでございます」
筆頭メイドのリーゼを呼ぶ。
「ではお嬢様。今日の18時に備えて準備を致しますね」
「昨日の約束も夜だったのよね。これで昨日と同じようなことになったら領地に戻るわ」
さすがに皇子から昨日のような罵倒をされてはもう帝都で生きていくことはできない。
それに相手が皇子ゆえにこちらが何を言ってももみ消されてしまうだろう。
「ところでロデリック子爵家から婚約破棄の連絡が来なかったとしても、ハルモニア子爵家からは出すのですよね」
「そうね。ロデリック様がオデットと親密な関係になっていたのは間違いないから」
こちらが先か、向こう先かの話である。
子爵家からはセレスが辛くなったら領地に戻ってきて良いと何度も言われており家族関係は良好だ。
ゆえに今回の婚約破棄の話も恐らく了承してもらえるだろう。
セレスの兄であるヴィルヘルムはロデリックに好感を抱いていなかったから後ろ立てにもなってくれるだろう。
その婚約破棄の作業を行うすぐ側からよりによって【鉄血の獅子】からデートの誘いをされるとは思ってもみなかったことだ。
「レオンハルト皇子。噂と違ってすごく気さくな方でしたね。私達、平民に対しても手を振ってくださりました」
「上位貴族であれば使用人も貴族出身の方ばかりだから平民は人にあらずと思っている方が多いと思ってたけど……」
「私も含めて使用人みな、ハルモニア家で働けるのが理想と思っていますよ」
ハルモニア子爵家は家の方針から平民に対しての偏見はほとんどない。
平民でも優秀な者は登用し、成果に応じて報酬を与えていく。
この屋敷もほとんどが平民だが、セレスは皆を家族のように思っていた。
元婚約者のロデリックや親友だったオデットは平民に偏見があったためシュテルンライヒ大帝国において貴族と平民の格差は小さくない。
「ところでお嬢様、今日はどのドレスで参りますか。やはり皇子様の横に並ぶなら本気でいきますか。もしくは初めてですしロデリック様レベルに落としますか」
「そうね。だったら」
◇◇◇
定刻となり、屋敷の門の前に馬車が現れる。
粗相がないようにセレスは早急に出迎えた。まず誘いがからかいで無かったことに一安心。
(ここからが本番だから、誘いが嘘だった方が良かったかもしれないわ)
皇家の紋章が描かれた黒い馬車からレオンハルトが現れる。
燕尾服に黒のズボン。夕日に輝くゴールドブロンドの髪は出迎えたセレスだけでなく使用人達にも憧れを魅せるようだった、
「ではセレスティア、行こうか」
「はい、本日は宜しくお願いします」
照れてしどろもどろになりそうな所を隠してレオンハルトの手を取り、馬車の中へ入る。
上級令嬢でもないセレスがこのような扱いをされることはそう多くはない。
相手が相手なためずっと緊張をしていた。
馬車の中ではセレスとレオンハルトは対面に座っていた。馬車は動き出す。
レオンハルトがじっとセレスを見つめており、セレスはまともにレオンハルトが見れず目が泳いでいた。
無言の均衡をどちらか破るのか。馬車は目的地に向かって進み続ける。
「そんなに見つめられると恥ずかしいです」
「ああ、すまない。戦争が終わって、帝国に戻ってから初めて女性を誘うので慣れてなくてな」
「そうなのですか」
レオンハルトの地位、美貌であれば誘いなど山のようにあるはずなのにとセレスは思う。
だが次期皇帝で皇太子という立場。セレスが分からないことも多いのかもしれない。
「だから君の可愛らしい格好がよく似合っていると思っていた」
「か、揶揄わないでください」
「……そんな声も良い。ところでなぜヴェールを付けているんだ?」
セレスは顔を隠すヴェールを被っていた。
今までは照れを隠すために脱げずにいたが、目の前にいる相手が皇子であることを思い出し慌てて脱ぐ。
セレスの特徴である栗色のふわふわのワッフルヘアとパープルの瞳が表に出た。
「まだどこに行くか教えて頂いていませんがどこへ行くにしろ朝からの今ですから、急な来訪ということになると思いました。そこに殿下のパートナーが子爵令嬢である私だと知られると殿下にご迷惑がかかると思いました」
「なるほど。言う通り急な訪問となり、人払いはさせるつもりだが少なからず噂となってしまうだろう。その気遣い助かる」
「いえ、当然のことですから」
「ただ一つだけ勘違いしないで欲しい」
レオンハルトはうっとりしそうな笑みを浮かべた。
「君が子爵令嬢だから隠したいんじゃない。君の存在が今はバレない方がいいから隠したいんだ」
「ど、どういうことでしょう」
「さて、到着したようだ」
「ここは!」
到着したそこは帝国楽劇場【グローリア・ハレ】
そこは帝都の中心部、 煌びやかな貴族街の上層に存在していた。
白い大理石で造られた、まるで神殿のような建物。 正面には六本の太い円柱が並び、 その上には三角形の破風。 そこには帝国の紋章である 黄金の星と冠が刻まれている。
幅広い大階段が入口へと続いている。
夜になると魔法の照明が建物全体を照らし出い 白い大理石が月光のように輝く
「セレスティアはここに来たことはあるのか?」
「はい! ただ本公演は一回だけで、初めての時は成人のお祝いにお父様が連れて来てくださって……感激でした」
帝国最高峰の楽劇を楽しむことができるこの場所は貴族しか入ることができない神聖な場所だ。
子爵令嬢のセレスが数度しか来たことがないということからその規模が窺える。
「殿下。もしかして招待してくださるのは皇立楽劇団の楽劇でしょうか」
「ああ」
「ふわぁ……またあの素晴らしい楽劇が見れるなんて……。でも殿下がおっしゃるプロジェクトと何か関係しているのでしょうか」
「先に話すより見てから話す方が早い。さぁ、中に入ろう」
セレスはヴェール被り、馬車を降りる。
さすがに帝国楽劇場の正面からは入らず、上位貴族専用の入り口から中へと入った。
「レオンハルト皇子よ。【鉄血の獅子】も楽劇を楽しむのかしら」
「視察でしょう。皇立楽劇団は皇族がトップですし」
「隣の方は誰でしょう。ヴェールを被っているから分からないわ」
「皇子にはまだ婚約者がいなかったはず……」
(やっぱり噂されている。ヴェールを被っていて良かったぁ。ここにいる方々は皆、上位貴族。あ、侯爵貴族の方々もいる。こっちには伯爵様だわ)
レオンハルトは慣れた足先で楽劇場の中を進んでいく。
ようやく進んだ先は舞台がよく見える個室のような場所だった。
「ここは外からは見えない所にある。ヴェールを外してもいいぞ」
「ありがとうございます。って」
(こんな個室に二人きり!? ドキドキするかも)
「さぁ始まったぞ」
皇立楽劇団によるショーが始まる。




