025 騎士団慰労会
帝国騎士団とはシュテルネンライヒ大帝国を守る騎士のことで、遠征中隊はその中の一部である。
広い国土を持つ大帝国では複数の遠征部隊を持っている。
今回慰労会の対象となるのは魔獣討伐を専門に行う遠征中隊だ。セレスの元婚約者であるロデリックがそこの隊員でもある。
魔獣は事あるごとに出てくるため中隊は絶えず遠征していることが多い。今回の慰労会のメンバーもつかの間の休みの後、再び遠征任務があるという。
そして場は帝国騎士団本部、グランドホール。
200名は収容できそうなホールに関係者含め150名が勢揃いしていた。
今日は皆、軍服に身を包み、丸テーブルに着席をしていた。
時刻は夜18時定刻。慰労会は開始された。
『遠征中隊隊長より開会の挨拶を行って頂きます』
「ふぅ、何とか間に合いましたね」
「ええ、最後の方は特に慌ただしかったわね」
「あはは……。まさか最後の3日なんてほぼ徹夜だったもんね」
セレスはジュリアン、リディアと共に丸テーブルに腰かけていた。
今回セレス達は慰労会の招待客という扱いでここに参加している。アニメの演者、関係者であることは伏せられていた。
8人テーブルに一緒に座っている令嬢、令息も事情を知っている関係者である。
「レオン様もかなり疲れてるように見えますね」
「いきなりオスカー様がこのイラストが気にいらん、描き直すとか言うからよ」
「イラストを描き直した時点で収録全部やり直しになるからね。でもいいのが出来上がって良かったよ」
「帝国楽劇だと演者の健康状態が大事だから前日はゆっくり休むそうですけど、アニメの場合は収録だからギリギリまで作業できるのが怖いですよね」
「まさか1時間前まで調整する羽目になるとは思わなかったわ」
「緊張しなくていいと思ったのに別の意味でドキドキだったよ」
小さな声ではあったが3人は盛り上がっていた。
一番先頭のテーブルではレオン、オスカー、軍の幹部が座っていた。
事情を知らない者からすればなぜオスカーがいるのか不明だが侯爵貴族相手にそんなことを聞けるはずもなく、鋭い目を持つオスカーと目を合わせないようにするので精一杯だ。
そもそも帝国騎士団の団長が伯爵位なので尚更ともいえる。
レオンは皇子であり軍指揮権を持つために軍服を着ており、オスカーは礼服に身を包んでいた。
『今回、遠征中隊の話を聞きたいということでレオンハルト皇子殿下が来てくださりました。是非とも有意義な時間として欲しい。乾杯』
乾杯が開始されて、観覧の時間となる。
(こうやって見ると女性騎士も結構いるのね。体感1割くらいかしら)
帝国騎士団としては魔力に秀でた女性騎士を徴用しており、決して珍しくない。
帝国騎士は紳士たれという言葉があるため性差別や略奪などは絶対に行わないという方針となっている。
規律もしっかりしているため馬鹿騒ぎをしている騎士達もいない。
あくまで慰労会という場なのだから当然だ。しかし、一部そのルールを分からない者がいる。
「おい、セレス。何でおまえがこんなところにいるんだ」
「……ロデリック様」
そう、セレスの元婚約者であるロデリック・アイゼンガルガが声をかけてきた。
今、この場にはセレスしかいない。ジュリアンもリディアも席を外している。
おそらく誰もいなかったから声をかけてきたのだろう。
ロデリックの後ろには男性の騎士を連れている。
「ロデリックさん、その人が婚約者の方ですか」
「へぇ……結構美人じゃないですかぁ。やっぱ貴族っていいなぁ」
二人は平民の騎士だろうか。ロデリックは子爵令息という地位もあるため騎士団の中では出世コースを進んでいる。いずれは遠征中隊長。最後は皇族を守る貴族のみで構成された近衛騎士団に入隊することを望んでいた。
「ロデリック様には関係のないことだと思います」
「ぷっ」
「確かにこの声は嫌かも」
後ろの平民騎士達が吹き出すように笑う。恐らくロデリックが事前に吹き込んでいたのだろう。
「失礼ですが後ろの方々は何ですか。私をハルモニア家の令嬢と知った上で侮辱するのであれば正式に抗議しますが」
「っ!」「そんなつもりは」
「おい、俺の後輩を脅かすな」
平民の騎士達もさすがにまずいと思ったのか完全に黙り込んでしまった。
基本的に平民が貴族に対して失礼な態度を取るのは御法度である。
セレスはハルモニア家として譲ってはいけない所を弁えていた。
「まぁいい。だったら少し付き合え。団長にアピールをしたい。ただし、絶対に喋るなよ。おまえは喋らなければそれでいい」
「お断りします」
セレスははっきりとした口調で答えた。
「私はすでに婚約破棄をされた身ですから。さっさと婚約破棄の手続きを進めてくださいませ。ロデリック様が遠征しているせいで進まなくて困っているのです」
「っ! まったく可愛げのない。殊勝な態度を取るなら婚約を続けてもいいと考えていたのに」
「なるほど。急に誘ってくるから変だと思いましたがさては遠征から帰ってからオデットと会われていないのですね」
「なぜそれを」
「想像すれば分かります。一応親友でしたから。皇立楽劇団の練習が忙しいって断られてるんでしょう」
「くっ!」
それも事実だったらしい。
オデットがセレスからロデリックを盗ったのはセレスへの対抗心だった。そして野心のあるオデットが皇位楽劇団に入ったということはそこにいる上位貴族が狙えるということになる。
そうなったらロデリックなど不要。いくら出世が見込めても、元が子爵貴族だと限界がある。
伯爵位以上の令息を狙えるなら当然オデットはそっちへ行く。
ロデリックはセレスの腕を無理矢理掴む。
「いいから来いっ! 少しくらい俺の役に立て!」
「いやっ……!」
その時だった。セレスを引っ張る手を封じる腕が突然出てきたのだ。
そしてそのままセレスを守るように男は立った。
「彼女は私の招待客だが……何用だ」
「オスカー様!」
オスカーがセレスを助けに来てくれた。
「なんだいきなりっ! これは俺とセレスの問題」
「ロデリック様、この方はオスカー・ヴィンターフェルト様。侯爵様です!」
「侯爵様っ!? くっ……なんでそんな上級貴族がセレスを」
「このテーブルのものは皆、侯爵家の招待客だ。騎士の慰労会といえど手出しは困る。分かるか」
「っ! も、申し訳ありません」
ロデリックも貴族だからこそその言葉の意味が分かる。
セレスは今、オスカーの庇護にあるということ。手出しは絶対に許されない。
「行くぞ」
ロデリックは平民騎士達を連れ、去ろうとする。そして振り返る。
「セレス、おまえがその声である限り……幸せなどない」
「お生憎ですがこの声を認めてくださる方はおります。遠慮無く婚約破棄を進めてください」
いつのまにか後ろにはリディアやジュリアンも戻ってきていた。
そう、セレスはもう一人ではない。彼女の声を肯定してくれる仲間がいるのだ。
舌打ちしロデリック達は去って行った。
「なにあれ」
「もしかして噂の元婚約者の?」
リディアとジュリアンに問われ、セレスは頷く。
「はい……。オスカー様、ありがとうございます。元婚約者とはいえ彼が失礼なこと言い、申し訳ありません」
「気にするな。しかし見る目のない男だな。この場合は聞く耳がないというべきか?」
普段は寡黙なのに時々こうやって優しい声を出されるとセレスは少し照れてしまう。
「本当だよ。セレスティアの声を侮辱するなんて。あんなに映えする良い声なのに」
「そうね。音楽にも合うし、あなたの声は誇られるべきよ」
「もう! 皆さん、褒めすぎです」
冗談だということは分かっているが褒めてくれるのはありがたかった。
オスカーも元の席に戻る際、声をかけた。
「私は行く。ジュリアン。君がセレスティア嬢の側にいてやれ。厄除けにはなるだろう」
「そうね。さっきからセレスを見てる騎士がかなり多いわ。わたしは既婚者だから大丈夫だけど……」
リディアは時々、結婚指輪を見せて狙おうとしてくる男達を牽制していた。
「そうか。分かったよ、なるべくセレスティアの側にいるようにするよ」
「ジュリアン。お願いします」
こうして観覧の時間が終わるまで大きな騒ぎ無く、無事終わることができた。




