022 オスカーの過去
【火竜討伐記~復讐の炎とリボンの騎士~】の公開まであと2週間ということになっている。
今回の講演はサプライズということになっており、騎士団もまた誰一人として知らなかった。
脚本とBGMが出来上がり、収録を開始している。
レオンとリディアが確認する中、演者であるセレスとジュリアンは8枚のイラストに声を吹き込もうとしていた。
『俺は火竜を許せない。故郷を燃やしたあの竜に復讐をしてみせる!』
『エルヴィン。その傷では無理です! 治療をしてください』
『平民の騎士など使い捨てだ。俺はこのチャンスを逃さない。邪魔をするな』
(ジュリアンの気迫が凄いわ。あっという間に持っていかれそう。少しでもジュリアンが本気を出せるように釣り合うような演技をしないと)
『俺は平民騎士だ。貴族の令嬢と相容れることはない。令嬢がこんな戦場に来るものではない』
『見くびらないで! わたくしは実力でこの場所にいるのです』
(セレスティア、やる度に演技が上手くなっている。これは僕も本気のし甲斐がある)
セレスとジュリアンは全力で演じ、イラストに声を吹き込んでいた。
主人公の平民騎士であるエルヴィンをジュリアンが演じ、ヒロインであるアデライードをセレスが演じる。
この収録を持って7枚のイラストが完成する。
『あんたそのリボン……ずっと付けているな』
『ええ、思い出のリボンなんです。これがある限りわたくしは戦っていられる』
「殿下、セレスの感情演技、凄くいいですね。思い出のリボンが実はエルヴィンが子供の時に渡していただなんて……とてもロマンチックじゃないですか」
「あ、ああ……そうだな」
「殿下? さっきからセレスの方ばかり見てますけど何か気になりますか」
「……。そんなに俺はセレスを見ていたか?」
「はい。ジュリアンくんには1秒も目を向けてないのに」
こうして今日の収録は終わりを迎えた。
リディアがセレスとジュリアンにタオルを渡す。二人とも全力の演技だったので汗びっしょりだった。
「お疲れ様、セレス。ジュリアンくん」
このプロジェクトでは皆、同士ということで爵位に関係なく親しげに呼び合うことになった。
さすがにレオンやオスカー相手は難しいがセレス、ジュリアン、リディアは気安く声を掛け合う関係となっている。
リディアがセレス呼ばわりすることにジュリアンは抗議の声を上げたがレオンの女性だけは許すの一声で撃沈となる。
「リディアさん、ジュリアン。いよいよですね」
「そうだね。アニメは事前収録だから助かるよ。騎士団の前で発表なんてとても無理だし」
「演技だけでも精一杯なのに人の前ではとても無理ですよね」
「わたしは聴者の前で演奏するの好きだけどなぁ」
「リディアの胆力が僕にあればなぁ」
「そうなるとジュリアンは帝国楽劇をやってしまうのでいつまでもあがり症のままでお願いします」
「克服させてよぉ」
メンバー達も仲良くなり、笑顔が増えてきた。
あくまでの主人公はジュリアンを演じるエルヴィンということもあり、セレスも気負わずにできている。
ただ一つだけ問題があるとすればこれだった。
「殿下、最後の1枚はの進捗はどうですか?」
「未だ完成していない。だがクリエイターに急かしてもいいものは出来ない」
オスカーが最後の1枚を完成させられずにいるのだ。
アニメはイラストあってのもの。オスカーのイラストが完成しないことには始まらない。
「一番重要な火龍との最終決戦のシーンですよね」
「ああ、エルの話だと何度も描いては没にしているらしい。これじゃない。アデライードはこんな程度じゃないって」
オスカーがイラストを完成させないと上映会に間に合わない。
「アトリエに行ってみます。アデライードが納得できないなら演者である私が……」
「分かった。どちらにしろアトリエには行く予定だ。セレス、先に行ってくれ」
片付けなどは他のメンバーに任せて、セレスはオスカーのアトリエへ向かった。
「エルちゃん、オスカー様はどう?」
「セレスティア様!」
アトリエに到着した。セレスはオスカーのお世話をしているエルを捕まえ、状況を聞く。
エルはただ首を横に振るだけだった。
「納得のいくイラストが描けないみたいです。ごめんなさい。もうすぐ公演だというのに」
このままでは期日までに完成しない可能性が高い。何か手がないかセレスはずっと考えていた。
「納得というのはどういう意味かしら。アデライードで悩んでいるって聞いたけど」
「恐らく乖離があるんだと思います。奥様ならこう描くってイラストとオスカー様のイラストに……」
「奥様? それはオスカー様の奥様のことかしら」
「そうです。セレスティア様なら話してもいいかもしれません。オスカー様のこと」
二人は客間の方に移動し、ソファに腰をかける。
エルがいれたお茶を口にしながら話が始まるのを待つ。
「オスカー様はヴィンターフェルト侯爵家の当主です。世襲制で長男が代々引き継ぐらしく、いやいや引き継いだと聞いています。実際領地経営は弟のヴェルト様がされてます」
ヴェルト・ヴィンターフェルトの名前はセレスも聞いたことがあった。
侯爵家はかなり高い爵位になるので大帝国においてもかなり重要なポジションといえるだろう。
「オスカー様は幼少期からずっと絵を描かれていたそうで、たくさんの受賞したそうです」
エルは客間の本棚から冊子を取り出し、セレスに見せる。
オスカーの受賞作がたくさん描かれていた。しかし気になるのはそこじゃなかった。
「全部イラストじゃなくて絵画だわ」
オスカーが描いているのは一般的な絵画だったのだ。非常に上手く、受賞も納得の作品であった。
「これがどうしてイラストを描くことになったの?」
「そのきっかけがオスカー様の奥様であるローザ様でした。絵画をきっかけに婚約をした二人ですが。ローザ様は体が弱く、ベッドにいることが多い方でした。ただデフォルメを活かした変わった絵画を描かれていたんです」
「もしかしてそれって」
「はい、イラストです。実は最初に作り上げたのはローザ様だったんです」
画期的ともいえるあのイラストを作り出したのがオスカーではなくローザであったことにセレスは驚いた。
「私はローザ様の侍女の娘でその縁でオスカー様のお世話をさせて頂いてるんです」
「そんな縁があったのね。ローザ様が描かれていたイラストを今、オスカー様が描かれているということは……、今、ローザ様は」
「はい、3年前にお亡くなりになりました。ローザ様はイラストを帝国中に広めたいと願っていました」
大帝国では油彩や水彩などで表現や構成の深さを評価する絵画が主流となっている。それとは違うわかりやすさや伝えるため、伝達力を評価対象にしているのがイラストとなる。今はこのイラストという分野を広めるのは相当に大変なことだろう。
「ローザ様を深く愛していたオスカー様はローザ様の願いを叶えるためにイラストを描くようになりました」
「それがきっかけだったのね」
「今まで絵画で評価されていたオスカー様の転身で絵画界もかなり揺れたそうでイラストの写実的でないとか技法が稚拙とか子供の落書きとか揶揄されたそうです」
「オスカー様のイラストは魅力的で演じ甲斐のある情報量を持つイラストなのにそんな言葉を受けるなんて」
どの界隈でも新しいものを受け入れられない風潮がある。
もしオスカーが根回しなどが得意であれば状況が変わっただろうが、職人気質で寡黙な男だ。いきなり絵画展に出品したのだろう。
「何度も元の絵画を出すように忠告を受けたそうですが、オスカー様はそれに従わず、最後絵画界から追放という形となったのです」
「そうだったの……」
「絵画として出せなくなり、アトリエで描き続けていた所に現れたのが殿下でした。どこかで噂を聞き、オスカー様のイラストを見てこれだ! って思ってくれたそうです」
オスカーの描く見せるためのイラストはアニメとの親和性は非常に高かった、運命の出会いといっても良いくらいだ。
「アニメを成功させるということはオスカー様の、いえローザ様が願ったイラストを帝国中に広めるという話に繋がるんです」
「分かったわ。だからオスカー様はアニメの成功のためにイラストを必死に描いているのね」
亡くなった妻の願い、政略結婚の多い上級貴族界においてそこまで思い入れるということはよほど愛していたのだろう。
それだけ強い想いがあるゆえにレオンもまた強くオスカーに言えないでいる。
「エルちゃん」
「は、はい!」
「確かイラストの参考に使う資料がいっぱいあるって言ってたよね」
「倉庫にあると思います。その管理も私の仕事なので」
「連れていって。オスカー様の手助けをしましょう」




