019 音楽について
(火竜討伐記~復讐の焔とリボンの騎士~か)
ハルモニア邸宅に帰ってきたセレスは何度もタイトルの反復をしていた。
まだ脚本を目にしていないのでどんな内容の物語か想像で頭を膨らませている。
「火竜討伐。竜を倒すってことよね。どんな物語なのかしら。リボンの騎士が私が演じるキャラクターになりそうだけど」
「お嬢様」
セレスは自室でずっと唸るようにその物語の内容を思い描いていた。
(うぅ、早く脚本を読みたいわ。どういう声色で演技するかレオン様やジュリアンと相談しないと)
「お嬢様!」
「な、何! あ、リーぜいたの?」
「ずっとおりました。お嬢様ったら帰ってからずっと物思いにふけっていましたよ。旦那様やヴィルヘルムに見られたら怒られてしまいますよ」
「は~い」
専属侍女のリーゼにたしなめられ、セレスは空返事をする。
次にレオン達に会うのは3日後だ。それまでにできること、声の調整以外には何もなかった。
のんびりと過ごしているとリーゼに声をかけられる。
「この想いを詩に書き留めなきゃね!」
「ところでお嬢様、明日お暇を頂いても宜しいでしょうか?」
「特に予定もないし大丈夫よ」
セレスは基本予定が無ければ侍女達の好きにさせている。
子爵家の関係者は皆、家族というハルモニア家当主の考えをセレスは尊重していた。
「どこかに行くの?」
「はい! 実は帝都の平民街の区民会館でコンサートがあるんです。かなり安い値段で皇立管弦楽団に匹敵すると謳う音楽が聴けるらしく……って私、皇立管弦楽団の演奏を聞いたことないのですけど」
「大言壮語だと思うけど気になるわね」
「良かったらお嬢様も行きませんか。平民街なので良ければですけど……」
帝都には貴族しか入ることのできない貴族街。貴族と平民が共に利用できる商業地区。
庶民向けで貴族が立ち入らない平民街、いわゆる庶民地区がある。どうやら区民会館は庶民地区にあるらしく、貴族が立ち入ることはあまりない。
しかし。
「行くわ。気になるもの。どんな演奏を聴けるのかしら」
セレスはそういったことは気にしなかった。
地方都市であるハルモニア市には貴族街が存在しないためセレスにはまったく抵抗がなかったのだ。
例えば元友人で帝都出身の男爵令嬢のオデットは庶民地区を嫌うため、貴族街から出たがらない。
帝国では帝都貴族と地方貴族で分類されており、地方貴族は同じ貴族であっても田舎者と侮られることが良くあり、男爵位であっても帝都貴族の方が裕福だったりすることもある。
このシュテルネンライヒ大帝国の歪みの一つでもあった。
翌日。平民街は決して治安が良いわけではないのでしっかり庶民に変装したセレスとリーゼは庶民地区へ足を運ぶ。
「この空気やっぱりいいわね。ハルモニア市街を思い出すわ」
「帝都に来て四年ですもんね。庶民地区は詳しいので後で良い所をご案内します」
「楽しみにしてるわ」
貴族街に比べたら騒々しく活気が溢れているこの地区。セレスはこの活気が好きだった。
もう少し遊びに来たいものだが子爵令嬢の立場上、護衛無しでは行くことはできない場所。
自分に何かあったら処罰されるのは使用人達なのでセレスは理由がないとなかなかいけなかった。
もちろんセレスとリーゼの後方に護衛が一人ついている。護衛が無しでの庶民地区へは許可が出ない。
「エミール、護衛宜しくね」
「は! お任せ下さいセレスティアお嬢様!」
セレスの専属護衛であるエミール。子爵令嬢を守る立場のため護衛の中では選りすぐりの人員だ。
リーゼの案内の元、庶民地区にある多目的ホールに足を運ぶ。
「ここですよ~!」
それは石造りの二階建ての建物。区民会館と書かれた看板が目に入る。
帝国楽劇場の豪華な外観とはほど遠い。商業地区にある多目的ホールとも違う。
扉の前には人が並んでいた。職人風の男性、商人らしい夫婦、子供を連れた家族。みんな楽しみそうに待っている。
(話題になるだけのことはあるのね。この規模だと満員になるんじゃないかしら)
定刻となり、区民会館は開場となる。
順番に並んで入っていく。
扉を開けると狭いエントランス。受付には初老の男性が座っていた。
「入場料、お一人様10銅貨です」
庶民でも払える金額だ。それにしたって安い。
ハルモニア市で父や兄の仕事を手伝っていたセレスは専門ではないもののある程度の市場経済を理解していた。
(会館を借りる費用を考えると利益なんてほとんど無いんじゃないかしら)
そうなってくると商業というよりはむしろ逆。
「ありがとうございます。どうぞ、お楽しみください」
受付の男性が笑顔で言った。 気さくで温かい言葉であった。
「感じのいいおじいさまですね」
「ええ……。まるでローデを思い出すわ」
「執事長ですか! 確かにそんな感じですよね」
領地で働く、馴染みの執事長を二人は思い出していた。
「貴族に仕えている使用人って感じがするわ。服も仕立てていた物を着ているし、身だしなみもしっかりしているわ」
「はぇ……。お嬢様って意外に見ているのですね」
「リーゼ、意外ってどういう意味かしら」
「侮られたくないなら朝はしゃんと起きてくださいませ。使用人の前でだらしない格好をしなければそのような評にはなりませんよ」
「うっ」
セレスは他の令嬢達に比べ知識は豊富だが、朝には弱く使用人にはだらけた姿を見せていた。
本家では家族によく叱られていたため言い返せず黙り込む。
二人は男性から受け取ったパンフレットを手にホールの中に入った。
ホールに入ると 質素だった。
天井は低く、シャンデリアもない。代わりに、壁には簡素なランタンが並ぶ。
客席は木製の長椅子。背もたれは固くクッションもない。帝国楽劇場の豪華なベルベットの椅子とはまるで違う。
収容人数は100人程度で すでに8割ほど埋まっていた。
子供が走り回っている。パンを食べている人もいる。帝国楽劇場では 開演前でも静粛が求められる。みんな自由でリラックスしている。
(オデットなら絶対に無理って言いそうね)
セレスとリーゼは席と座った。
舞台は小さい。幅10メートル、奥行き5メートルほど。帝国楽劇場の壮大な舞台に比べれば子供の遊び場のようだ。
舞台装飾もなく木の床があるだけ。でも 中央に一人の女性が立っていた。 落ち着いたブルーサファイアの髪色をした女性。年齢は24、5歳だろうか。背が高く凛としている。
「凄く綺麗な方ですねぇ」
リーゼが頬を染めてしまうほどその女性は美しかった。
セレスは受付で受け取ったパンフレットを眺める。
『ソノーラ魔法による演奏会。奏者:リディア・ノイマン』




