016 シロハヤブサ
三人はもう一度収録したアニメを見返す。
先ほど映像を眺めるだけだったが、今度は各々のセリフについて話を始めた。
「ジュリアン様、演技も上手ですよね。うぅ……私の下手さが目立ってしまいます」
「セレスティアさんは演技の勉強をしたことが無かったんでしょ。それでこれだけ上手ければ十分凄いと思うよ」
「だが一人では気にならなくても複数人だとやはり目立ってしまうな。ジュリアン、演技のグレードは下げられるか?」
「そ、そこまでして頂かなくても! 私が頑張って練習をすれな」
「セレス」
レオンは諭すように優しい口調で声をかける。
「無茶な練習は喉に負担をかける。君は伸びしろしかないんだ。焦る必要なんてない。主演の演技を合わせていくのも大事な仕事だ」
作品によって拙い主演を脇に能力のある演者を設けて支えることがある。
ジュリアンがセレスの演技を支えることができれば良いものが出来上がる。
「セレスティアさんの演技は十分だよ。そりゃ僕の父上やヨノエル様クラスになると分かると思うけど……」
「ありがとうございます。ジュリアン様」
セレスはニコリと笑い、ジュリアンに頭を下げる。
そんな様子にジュリアンも朗らかに笑う。
「僕のことをジュリアンって呼び捨てで呼んでくれないかな」
「え! でも伯爵令息様にそんなことは……」
「僕がヒーローで君がヒロインなんだ。作品を作り上げていく上で対等である方がいい。下手な遠慮は作品を台無しにしてしまうからね。気になることがあったら何でも言って欲しい」
「分かりました。では……ジュリアン。これでいいでしょうか」
少しだけ甘えるような声にジュリアンは少し赤面してしまう。
「何だか照れるね。セレスティアさんの声が良いからかな」
「なら、私のことはセレスと……。短くお呼びください」
「そう。じゃあセレ」
「それは駄目だな」
すかさず割り込まれたその声にセレスもジュリアンもぎょっとしてしまう。
その声は当然間にいたレオンだった。
「ジュリアン。君はセレスのことをセレスティアと呼ぶといい」
「え? でも彼女は短く呼んでいいって」
「セレスティアと呼ぶようにと言ったのが聞こえなかったか」
「ひえっ!」
(鉄血の獅子だわ)
レオンの睨みにジュリアンは縮こまってしまい、何も言えなくなってしまう。
こうなってしまってはセレスもジュリアンも何も言えない。
「じゃあ……セレスティア」
「はい、一緒に頑張りましょう。ジュリアン」
あと二回ほどアニメの品評会を行い、このやりとりは終わりとなる。
部屋の中で雑談をしていた中、レオンは部屋の外を見た。
「殿下、どうかしたんですか?」
「悪いが窓を開けるぞ」
レオンは部屋の窓を開ける。すると白色の鳥が部屋の中に入ってきて、レオンの腕に止まる。
「アルタイルどうした。うむ……そうか」
「キュイ、キューイ!」
「シロハヤブサですか、レオン様」
レオンの腕に止まっているのはシロハヤブサのアルタイルだった。
シロハヤブサは体長おおよそ70センチほどであり、伝令役として運用されることがあると言われている。
伝書鳩よりも速く飛ぶことができ、高貴なその姿は皇族だけが扱えるものとされていた。
シロハヤブサはセレスとジュリアンを見て首をかしげた。
「こいつはアルタイルという。アルタイル、彼女がセレスで奥がジュリアンだ」
「シロハヤブサを見たのは初めてです。毛並みも綺麗で、さすがですね」
セレスをこほんと喉を鳴らす
「キュイ、キューイ、キュイ」
「キュイ!?」
セレスの突然の声マネにアルタイルはびっくりしたような仕草を示した。
「君は動物の鳴き声までできるのか。もしやアルタイルの言ってることは……」
「全然分かりません」
「それはそうか。アルタイルは俺の護衛の一羽でもある。どうやらディートリヒから伝令を受けたようだ」
ディートリヒはレオンの側近の執事だ。
急いで情報共有をする必要ができた時にアルタイルを使って連絡を入れたのだろう。
「キュイ、キューイ、キューーーイ」
「そうか。しばらくはアニメの方に付きっきりでいたいんだが……。すまない。緊急の相談があってな。ジュリアン、誰も立ち入らない部屋を貸してくれ。文を書く」
「分かりました! 準備させます」
ジュリアンは使用人に指示をして、部屋を用意させる。そのままレオンはアルタイルと一緒に部屋を出ていってしまった。
おそらく皇子としての仕事関係の話だろう。戦争は終わっても皇子としての仕事は無くなるはずもない。
セレスもジュリアンも貴族ゆえにレオンの仕事ぶりは分かっていた。
「殿下も忙しい中、脚本を書いているんだよね。凄い人だよ」
「アニマ・メドゥスも決して簡単な魔法ではないと聞いたことがあります。レオン様をもっと支えることができれば良いのですが」
「でもセレスティアは十分支えてると思うよ」
ジュリアンの言葉にピンとこなかったセレスは首をかしげる。
「殿下って怖いって感じの印象なのにセレスティアと一緒の時は和やかというか。鉄血の獅子の顔で睨まれたらやっぱり怖いんだけど」
「レオン様は私と会う時はいつもお優しいですよ」
「殿下にとってセレスティアは特別なだろうね。その魅力的な声なら分かる気がする」
魅力的と言われて、セレスは恥ずかしくなりそっぽを向く。
何げない言葉ではあるがヒーロー声のジュリアンだからこそ心に刺さるのだ。
セレスは頭を振ってその照れから振り切る。これからはパートナーという形でヒーローとヒロインを演じ続けるのだ。ジュリアンの声に慣れなければ演技に支障が出てしまう。
セレスはジュリアンに声をかける。
「ジュリアン、私に演技のコツを教えてください」
「うん。僕で良ければ。君ならきっと上達するよ」
「ありがとうございます」
「ほぅ……随分と楽しそうじゃねぇか」
二人の間に差し込まれる嫌みったらしい言葉。セレスとジュリアンはそちらに視線を向ける。
その姿はジュリアンの顔立ちによく似た男性であった。
苛立ったような様子を見せ、男性はジュリアンに近づく。
「あがり症を克服もせず、女を連れ込むとは良い度胸じゃねぇかジュリアン!」
「シャイセント兄上」
(兄上ってことは……。確かジュリアンは三男だったはず。帝国楽劇、主席演者のアレクサンダー様が長男だったっけ)
シャイセントは罰の悪そうな表情を浮かべるジュリアンにフンと声を荒くして、セレスの顔を見た。
セレスは慌てて頭を下げる。
「ハルモニア子爵家のセレスティアと申します。シャイセント様、お会いできて光栄です」
「はぁん」
シャイセントの表情が嫌らしく変わる。
「幼稚な声だなぁ。見た目は悪くないのに頭の悪そうな声してやがる」
「っ!」
「シャイセント兄上! 失礼です」
「愚弟のくせに俺に指図するのか!」
セレスの声に対する罵倒。最近はその声を喜ばれることが多かったが、これまでは侮られることがほとんどだった。面と向かって言ってくるのは元婚約者のロデリックくらいだったが、嘲り笑われることは一度や二度ではない
当然いい気はしないが相手は伯爵令息。セレスには口を強く閉じて我慢するしかなかった。
だが。
「訂正しろ」
「は?」
「セレスティアの声は幼稚なんかじゃない!」
ジュリアンの高らかに叫ぶ声にセレスは強い衝撃を受けた。
シャイセントもまた思わぬ反抗に少し動揺を見せる。
「セレスティアの声の良さが分からないなんて。だから兄上はいつまでも脇役なんです。主役にはなれない」
「ジュリアン!」
言われくない言葉だったのか、その指摘が真実だったのか。
シャイセントは今までにないくらい激昂する。
ジュリアンを強く突き飛ばし、さらに追い打ちをかけようと上から抑えこみ暴力をふるおうとした。
「だ、ダメです!」
ジュリアンの危険を感じ、セレスはシャイセントの腕につかむ。
セレスに引っ張られてシャイセントは体制を崩すが、すぐに持ち直す。
「邪魔をするな! ガキ声女が」
「あ……」
シャイセントの振り払った腕がセレスの体にぶつかろうとしていた。
痛みを予想し、目を瞑ろうとしたその時だった。




