014 ジュリアンの実力
ここまで色気のある声を聞いたことのなかったセレスには耐性がなかったため、酔ったかのようにクラクラしてしまっていた。
「セレスしっかりしてくれ。君はジュリアンと対等のヒロインなんだ。飲まれるな」
「はっ!」
セレスは我に返る。
「ジュリアン様、すごくお声に色気があって……聞き惚れてしまいました」
「ありがとう。セレスティアさんの声も魅力的だと思うよ」
「っ!」
ジュリアンはにこりと笑い、発したその声にセレスは高揚感を覚え、再び赤面をする。
まるでヨノエルの帝国楽劇を初めて見た時のようなそんな衝撃だった。
「それは地声なのかい? その声ならきっと良い演技に仕上がるだろうね」
「あ、ありがとうございます」
近づかれセレスは真っ赤になり、顔を背けてしまった。
「どうしたんだい? 顔が赤いけど体調が」
「おい、未婚の女性にむやみに近づくものじゃない」
その言葉はトゲがあるものだった。
レオンは面白くない顔をしている。
「でも殿下はさっきから彼女の隣に」
「何か文句あるのか?」
「い、いえ! 鉄血の獅子……怖い」
ジュリアンも強気の男性ではないのでレオンの睨みにすぐ怯み上がった。
レオンはこほんとわざとらしく席をする。
「ここに一枚のイラストがある。そしてこれが脚本だ。君達には今からこのイラストに声を吹き込んでほしい」
レオンは壁に1枚のイラストを貼り付けた。
そこにはここにいる面々と同じくらいの年齢の貴族令嬢と少し若い貴族令息の姿があった。
オスカーのイラストだけあってデフォルメされており、どちらも可愛らしい外見をしている。
「貴族令嬢が私で令息をジュリアン様が演じるのね。でもちょっと幼いような」
ジュリアンの声は低中音域であり、少し低めの声色となっている。
クールな男子。例えばレオンのような見た目の男性なら凄く合うような感じだがイラストの令息は十五歳くらいの少年に見えていた。
「殿下」
ジュリアンがレオンに声をかける。
「僕はやっぱり帝国楽劇が好きです。いつか……父上のような演者になりたい。殿下のお力になりたいとは思いますが僕はやっぱりアニメというものに参加する気は」
「ジュリアン」
レオンは制するように強い言葉で止めた。
「そういうことは約束を果たしてから。セレスと一緒に作品を作り上げてから言うものだ」
「分かりました。1回だけですからね!」
(ジュリアン様はアニメへの参加を引き受けたわけではないのね。でもこの声が主演なら絶対に盛り上がるわ。私も頑張らないと)
セレスはレオンから受け取った脚本をぺらりと眺めた。
5分間のシナリオで登場人物は二人。セレスは貴族令嬢の設定を頭に入れて、相応しい声を選択する。
過去の経験から様々な年齢層の声を演じることのできるセレスは幅広い役に応じることができる。
(ジュリアン様も台本をしっかり読み込んでいるわ。さすがベルモント家の方。台本の読み方も優雅で品がある)
セレスは台本から一度を話す。
(本をめくる時の音も気をつけないと……。この前のアニメには音が入ってた。かすかな音もノイズとして拾ってしまうんだわ。後でレオン様と相談しよう)
「準備はいいか。ではアニマ・メドゥス発動!」
レオンの魔法が発動し、イラストの中のキャラクターが動く。
脚本としては貴族令嬢であるレイニーと幼馴染みで貴族令息のマイルのお話だ。
他国へ嫁ぐレイニーの出発の日、二つ年下のマイルは何を思うのか。思い出の木の下で二人は語り合う。そういうストーリーとなる。
まず、最初の台詞はレイニーを演じるセレスが喋ることになる。
登場人物の動きに合わせてセレスは声を出した。
『ねぇマイル。この木も今日で見納めね。本当にたくさんの思い出があったわ』
(驚いた)
ジュリアンは目を見開いたようにセレスを見つめた。
『初めて出会った時のこと……覚えてる?』
(すごい、品のある女性らしさを感じさせる声色になっている。さっきまで甘ったるい声だったのにここまで変化させられるものなのか)
七色の声を操るセレスにとってこの程度の声色の変化は訳ないが、初めてその声を聞くジュリアンとしては驚くべきことであった。
元来、セレスの地声は非常に甘ったるく、甲高い声をしている。
セレスの変声はなるべくその要素を表に出さないようにしながら滑舌や通りの良い声量そのままのため作り声にしてはかなりクオリティの高いものとなっていた。
(演技はまだまだだけど、声にまったくブレがない。この子はいったいどれだけ発声の練習をしていたんだ。ベルモント家のように芸能貴族家系でもなさそうだし……)
セレスについての思考を頭の中で張り巡らせるジュリアン。
だがジュリアンの出番だった。一瞬で頭を切り替えて、台本に目を通して発声を行う。
『僕は泣き虫でいつもあなたの後ろに隠れていました。でも僕はもう後ろに隠れてばかりの弱い男じゃないっ!』
「っ!」
ジュリアンの発声にセレスは思わずを声を出しそうになってしまった。
(ジュリアン様の中低音の声だとこのマイルの声は合わないと思ってたのに、凄いわ。声の低さを維持しながら子供らしさが表に出ている。大人になりきれない子供の雰囲気が声に現れている)
セレスはじっとジュリアンの方を見つめる。
(ああ、もっとジュリアン様の声を聞いていたいわ。次はどんな声を出してくれるのかしら)
「あの……セレスティアさん」
「はいっ」
「次、君のセリフだよ」
「ああああっ! も、申し訳ありません!」
ジュリアンは上手く切り替えることが出来たが、演技の素人のセレスは聞き惚れてしまったゆえにミスをしてしまったのだ。
「仕方ない。カットだな。最初からやり直すぞ」
「うぅ……。本当にごめんなさい。誰かと声合わせをしたことがなかったので嬉しくて……」
「大丈夫だよ。さぁ、もう一回頑張ろう」




