012 声優とプリマステラ
「姉上」
「ええ、審査担当を全員クビにするわ。ダイヤの原石を見逃し嘲る者など不要ね」
「レオン様!? ヨノエル様!?」
セレスの驚きの声にヨノエルはため息をついた。
「わたくしという成功例のせいで、それが正解と思っている子が多いの。トップスタァと似た声を出すことが正しいと思って、無理に出そうとしている子が本当に多い」
世間ではヨノエルような清流のような澄んだ美しい声が望まれている。
対してセレスのような声は耳に悪い形で残ってしまっているのだ。
「この間入った男爵令嬢の子もわたくしのマネをしていたわ。確かに良い声だと思うけど、まったく面白みがないわね」
(オデットのことだわ)
セレスはそれが誰か良く分かっていた。
この感じだとヨノエルに気にいられるということは無かったようだ。
「だからわたくしはセレスティアさんのような声が本当に素敵だと思うの。ねぇわたくしと声合わせをしない? レオン、他にイラストはないの? オスカー卿に新しいの作らせなさい」
「相変わらずの無茶ぶりだな。そう簡単には借りれませんよ。このイラストだって結構渋られたんですから」
「じゃあこのイラストの声を撮り直しましょう」
「ヨノエルの声など不要。セレスの声あってのアニメです」
「むぅ」
推し問答も結局こういう形でかたがつくことになった。
こうして和やかなお茶会は終わり、良い時間になった頃。
「これから稽古よ。次の公演に向けて高めていかなければいけないからね」
「頑張ってください! ヨノエル様、応援してます」
「ありがと。でもね」
ヨノエルはニコリと笑う。
「わたくしはアニメに期待しているわ。頑張って良い物を作りなさい。ところでセレスティアさん」
「はい!」
「あなたのことセレスちゃんって呼んでいいかしら。もちろん公の場は避けるけど私的な所ではね」
「ちゃん付けですか! 嬉しいです。何でも呼んでください」
「じゃあわたくしのことはヨノちゃんって呼んでもらおうかしら」
「それは無理ですよっ! 家族に怒られてしまいます」
「あら残念。それじゃあね。セレスちゃん、レオン」
ヨノエルは手を振り、そのままルーフテラスから去って行く。
このまま帝国楽劇場の方へ行くのだろう。
「ああ、ヨノエル様。本当に素晴らしかったです。一生の幸せ。レオン様、ヨノエル様も応援してくださってますし、頑張りたいですね」
「そうだな……」
しかしレオンの顔はそこまで嬉しそうではない。
「レオン様?」
「姉上が期待しているのは本当だ。しかし帝国楽劇のライバルになるなんてまったく思っていないのだろう。あれが帝国楽劇のトップスタァだ。我が姉にして傲慢で自信過剰な演者だと思う」
「……。でもいきなり長い歴史を持つ、帝国楽劇を上回るなんて難しいのだと思います。アニメは画期的だと思いますが、帝国楽劇の感動を上回れるなんてとても」
「俺はそうは思わない」
レオンはびしっと否定する。そんな姿にセレスは注目してしまった。
「今日のアニメを見た時の姉上の様子を見たか? トップスタァがまるで子供のように楽しそうに眺めていたんだ。紛れもなくセレス、君の声でだ」
セレスもまたヨノエルが嬉しそうに眺めているのを見ていた。
あんな笑顔を帝国民全員がすることができるならまた違った結果となるのだろう。
「俺の脚本やオスカー卿のイラストだけでもあの笑顔は出せない。セレス、やはり君の声が必要なんだ。無理にとは言わないが俺はやはり君にアニメのトップになってほしい。
「トップスタァに……」
「いや」
レオンは否定した。
「帝国楽劇と同じじゃだめだ。トップスタァを超えなきゃいけない。アニメならそう一番星、【プリマステラ】という称号を設けてみるのはどうだろうか」
帝国楽劇のトップがトップスタァならアニメのトップはプリマステラ。そういうことだろう。
「帝国楽劇の演者は俳優と言われる。だがアニメは声で表現するもの。だから俺は声優と名付けたい」
「声優ですか……。なら私はアニメの声優という形になりますね」
「そうだ。セレスに帝国一の声優、【プリマステラ】を目指して欲しい」
セレスに一つの目的が出来たように感じた。セレスはその目標を噛みしめる。
「帝国楽劇もヨノエルだけでやっているわけじゃない。他の演者の力も必要だろう」
帝国楽劇は主役だけでなく、脇役もまた重要な役目を持っている。
いくらヨノエルが優れた演者であったとして一人で演じるものではないのだ。
「セレス。まだ時間はあるか? 付き合ってほしい所がある」
「構いませんがどちらに行くのでしょうか」
「アニメのヒロインの声が決まったんだ。だったら次に決めるのは」
レオンはニコリと笑う。その笑みには野望と次への展望がにじみ出ていた。
「やっぱりヒーローの声だろう」
◇◇◇
「いい加減にしろ、ジュリアン!」
「ぐっ」
とある伯爵家の一幕。
三人の成人男性達が激しく言い争っていた。
一番若いジュリアンと呼ばれた青年が殴られて、地面に這いつくばる。
「いつまでも引きこもりやがって。本当にベルモント伯爵家の恥さらしだぜ」
「シャイセント兄……」
「ベルモント伯爵家は代々帝国楽劇の花形を担う家系ってのは分かってるんだろ! 父上はかつての主席演者で、今は団の重鎮。兄上はヨノエル様の相手を務める主席演者。俺も安定して出演が出来るようになってきた! だというのにおまえはなんだ!」
シャイセントと呼ばれた2番目の兄が激しい剣幕で弟のジュリアンを叱りつける。
ベルモント伯爵家こそ帝国楽劇にありと呼ばれるほどで使用人達も帝国楽劇に携わるほどの家系でもあった。
ゆえにそこで生まれる子供達は帝国楽劇を演じるのも当たり前。
この三人の青年達は兄弟で幼い頃から激しいトレーニングを行っていた。
エリート集団である皇立楽劇団に入るのも当たり前で、それに入れない者は伯爵家であらずと思われるほどだ。
一番下の弟であるジュリアンは皇位楽劇団に入ることができず、兄達から叱責を受けている状況だ。
「皇立楽劇団に入れなければ俺はおまえを弟とは認めない。さっさと根性見せろよ、ウジ虫!」
シャイセントはそれだけ吐き捨てて立ち去った。
沈んだままのジュリアンに対し、長兄であるアレクサンダーは重い口を開く。
「いくら声が良くてもその気質を治せなければ帝国楽劇は無理だぞ」
アレクサンダーもまた去って行った。
一人落ち込むジュリアンはボソリと呟く。
「分かってるよそんなことは……。僕だって帝国楽劇が大好きだ。だけどっ!」
悔しさを滲ませる慟哭がいつまでも続いていた。




