011 皇女ヨノエルとお茶会
「初めましてセレスティアさん。わたくしはヨノエル。この大帝国の皇女であり、帝国楽劇の演者をやっているわ」
「は、は、初めまして。セレスティア・ハルモニアです! ほ、本日はお招きいただきありがとうございます。わ、私ヨノエル様の大ファンで……あの、今日はハルモニア市での工芸品をよろしければ!」
「あら可愛い。ハルモニア市には貴族院時代に良く行ったわ。【ブラケット】あの店は健在かしら」
「はい! 市一番の洋菓子店ですから! 子爵家で出すお菓子はあの店に依頼することが多いので宜しければ」
「ありがとう。ならお願いしようかしら。それと」
「姉上。こんな所で話さずともテーブルを用意しているのでしょう。そちらで話をしてはいかがですか」
「それもそうね。じゃあセレスティアさん、今日は晴れてるし、外でお茶をしましょうか。こちらに来てもらえるかしら」
ヨノエルに連れられて、別邸二階の方に案内をされる。
2階のルーフテラスには、白い鉄製のテーブルと椅子が置かれていた。
テーブルの上にはパラソルが立てられており、白い布地が日差しを遮る。
眼下には別邸の中庭が広がる。円形の花壇、石畳の小道、そして中央には天使の彫像が立つ噴水。
噴水から流れる水の音が、心地よく響いていた。
「素晴らしい景色です。小鳥の囀り、清流の音、はぁ……感激します」
「ありがとう。さぁ二人とも座って。わたくしがお茶を入れるわ」
テーブルには椅子が三卓あり、それぞれヨノエル、レオン、セレスが座る。
ヨノエルが入れたお茶をセレスは口にした。
「凄く美味しいです。もしかしてシュレード茶ですか?」
「ええ、よく知っているわね」
「私、あそこのお茶が好きで良く頼むんです。風味が良くて、あっさりとした味わいが凄く好きで……」
「……」
「あ、あの……ヨノエル様。何か失礼なことをしてしまったでしょうか」
ヨノエルがあまりにセレスをじっと見つめていたので、セレスは慌ててしまう。
目の前の二人は皇族であり、大帝国において圧倒的な権力を持つ。少しでも機嫌を損ねようものならばハルモニア子爵家の命運が真っ逆さまとなってしまう。
「ごめんなさい。見つめていたわけじゃないの。どっちかというと聞き耳を立てていたという方が正しいかも」
「え?」
「セレスティアさん。あなたのことを知りたいわ。もっと話してくれる?」
何を話せば良いか迷ったセレス。嘘を言うわけにはいかない。
領地であるハルモニア市のこと、そしてヨノエルのファンになった経緯などとにかく口を動かした。
対するヨノエルとレオンはずっと相づちを打つばかりであった。
(もう話題が無いかも。どうしよう)
これ以上話題が無いし、お茶もなくなってしまった。
セレスは言葉を詰まらせてしまう。声を揶揄われたエピソードだったらいくらでも出せるがそんなの皇族の二人に出すわけにもいかない。特にレオンにはこの間褒めてもらったばかりなのだから。
そんな時だった。
「レオン。アニメを見たいのだけどないの?」
「ええ、そう言うと思っていたので」
レオンは例のイラストが描かれた用紙を持ってきて、予め用意していたのだろう。
石膏ボードにイラストを貼り付けた。
(三人の女性のイラストだから私が演じた作品だよね。ヨノエル様に見られるなんて緊張する)
レオンは手を翳し、詠唱を始める。
「アニマ・メドゥス発動」
イラストの中のキャラクター達が動きだし、そしてセレスが封じ込めた声で話始めたのだ。
おおよそ5分ほどではあるが、母、姉、妹。三人のキャラクター達がコミカルな会話劇を行う。
(……ヨノエル様、すごく楽しそう)
ちらりとヨノエルの方を見たセレスは子供のように目を輝かせるヨノエルにそのような感想を抱いた。
上映が終わり、再びイラストは動かない絵へと変わる。
ヨノエルはパチパチと手を叩く。
「セレスティアさん、すごく良かったわ」
「そうですよね。オスカー様のイラストとレオン様の脚本が」
「それはどうでもいいわ」
「どうでもいい!?」
「姉上、それは傷つくんですが」
「絵や脚本も大事かもしれない。でもこのアニメはセレスティアさんの声があって広がりが見えた。あなたは自分の声にコンプレックスを持っているそうね」
「は、はい」
セレスはこの甘ったるい甲高い声で揶揄われる人生であった。友人を無くし、婚約者を無くし、この声のせいで人生は無価値なものになった。今でも正直、そう思っているくらいだ。
「わたくし、ヨノエルが証明しましょう。あなたの声は無価値じゃない」
「っ!」
「声に感情が乗って喜怒哀楽がはっきりしていること、声の大きさ、通りの良さ。滑舌も悪くない。あなたの声は役者向きよ。もちろんまだまだ未熟な所があるからそこは……って、セレスティアさん」
「セレス……泣いているのか」
「あ……すみません。ヨノエル様にその……褒めてもらえると思って無くて、驚いて、嬉しくて……」
セレスにとってレオンに褒められたことも嬉しかったがそれ以上にヨノエルに褒めてもらえたことが嬉しかった。
セレスにとってヨノエルは頂上の人であるから。お世辞を言う人物ではないことをセレスも理解していた。
ヨノエルは立ち上がり、すっとセレスを抱きしめる。
その気持ちは何だったのか。慰めの気持ちもあったのかもしれない。
ヨノエルはセレスの肩を抱き、髪を撫でた。
「ふわふわな髪ね。うーん、ねぇレオン。セレスティアさんを皇立楽劇団に欲しいのだけど」
「えっ!」
「駄目に決まってるでしょう。セレスはアニメのトップを目指してもらいます。それに俺にとってのステラ候補ですから」
「ああ、例の妄想上の恋人ね。そんなのより早く婚約者を見つけてお父様を安心させたらどう? 次期皇帝なんだから」
「そっくりそのまま返させてもらう。姉上こそ結婚適齢期過ぎてるんですから早く嫁げばいいでしょう」
「そういう言葉はせめてわたくしほどの経済効果を生んでからもの申して欲しいわね。勝てる戦いで総司令してるだけの若造じゃあねぇ」
「ちっ」
レオンは悔しそうに顔を背けた。
(レオン様がヨノエル様を苦手としている理由が分かった気がする。でも抱きしめてくれるヨノエル様、すごく良い香りがする)
姉弟の二人の関係性が見えてくるようだった。落ち着いたセレスは立ち上がる。
「実は私、皇立楽劇団に応募したことがあるんです」
「そうなの? その声を聞いていたならわたくしは聞き逃さなかったと思うけど」
「あはは、一次審査で落ちてしまいました。審査員の方にその声、ふざけているのかって怒られちゃって」
セレスは笑い話のつもりだったのだろう。二人を笑わせようと軽いノリで発した言葉に二人の皇族の顔が険しいものになった。
「あれ?」




