010 招待
「アニメですか~、随分面白そうなプロジェクトですね」
「そうなの。レオン様は本当に凄いことを考えられるわ」
その日の夜、屋敷に戻ったセレスはのんびりと時間を過ごしていた。
夜にいつも今日あったことを専属侍女のリーゼに話している。
プロジェクトにおいて極秘なこともあるので不特定多数には伝えないように言われているが、リーゼには緊急時のこともあり伝えていた。
専属侍女ということもあってハルモニア子爵家、当主とも連絡が取れるからだ。
「私もお嬢様が活躍している所が見たいですね」
「朗読劇ではなくて収録だからね。裏で喋るということはないみたい」
アニメでは1枚の大きなイラストにアニマ・メドゥスの魔法を使って声と音楽を録音する。
それを後日上映という形となる。大勢の前で発声しなくてすむのでセレスとしてもありがたかった。
レオンやオスカーから認められたとしても大勢から声が変と言われることはまだ耐えられないからだ。
「でも嬉しいです。お嬢様の声の良さを理解してくださる方がいて」
「リーゼ」
「私や旦那様がいくら言っても首を横に振ってばかりだったのに」
「家族の言うことなんて気遣いと思うじゃない。でもレオン様が認めてくれたから嘘ではないと分かったわ。ありがとうリーゼ」
「ふふっ」
リーゼは和やかに笑う。その笑みは声の件ではなく、別のことに対してに見えた。
「お嬢様、もしかして殿下のことを好きになったんですか?」
その言葉にセレスの表情が真っ赤になる。
「な、何を言ってるの!」
「ロデリック様が婚約者の時は渋々といいますか、子爵家のためにって感じでしたが今はお嬢様自身が楽しそうでいられるので」
「今は自分のことだけ考えていればいいから」
「レオンハルト殿下は凄く凜々しくいらっしゃって……あんなに顔の良い方を初めて見た気がします。私だって恐れ多くて話せないですよ」
「本当に綺麗な顔だわ。ドキリとするもの」
「お嬢様は食い意地が凄いんですからあまり頬張っちゃ駄目ですよ。お菓子とフルーツに目がないことは言っちゃ駄目ですからね……」
「言っちゃった……。王城にお菓子や季節のフルーツがよく届くから収録の時に持ってきてくれるって」
「今日のデザートは抜きですね」
「あああ、あと一つだけ!」
太っているわけではないがセレスは細い体型ではない。リーゼはしっかり監視しているので貴族令嬢らしいスタイルではあるが目を離すとすぐに口が動く。
「太る所を見せたくないなら制限一択です」
「分かったわよ。レオン様が側にいるとあまり食べられないかも。今日なんかカフェで横の席に座られるし、あの顔で見つめられたらお腹を引っ込めたくなるわ」
「そんなことあったんですか! 詳しく聞かせてください!」
リーゼは恋愛話に目がないメイドであった。特に敬愛する主人の恋話なんて当然だろう。
そんなリーゼの様子にセレスは穏やかに首を振る。
「殿下には想い人がいるの。だからこの話はこれでお終い」
レオンには強い願いがある。セレスにはそれが伝わっていた。
「私は殿下のプロジェクトに参加するただの演者に過ぎないから思い込んじゃダメ」
「お嬢様……」
「それよりリーゼ。日記を持ってきて」
セレスは日課として日記を書いている。正確には日記というよりは詩と言った方が正しい。
その日のあったことをワンフレーズ文章にまとめて記していくのだ。
今日はレオンと一緒に過ごしたこと。ステラのこと。それを詩として残していた。
声のことで屈辱を受けた時にはダークの詩が出来上がるので鬱憤晴らしの側面もある。
セレスは今日の想いを詩に込め終わり、日記帳を閉じた。窓から夜空を見て、今日一日のことを思い返す。
(明日も良い日になればいいな)
そして翌日。
「お、お嬢様! 大変です」
翌日、リーゼが持ってきた手紙で事態は大きく変わる。
「王家の紋章が描かれた手紙が届けられました」
「レオン様からのお誘いかしら。アニメプロジェクトの誘いでしょうね。リーゼ、そんなに驚かなくてもいいのに」
「い、いえ。殿下であれば驚かなかったんですが差し出し人が」
「レオン様じゃないの?」
「ヨノエル・フォン・シュテルンライヒ・アーデルライト様と書かれていて」
「はい!? ヨノエル様!? なんでっ」
「あまり詳しくないのですが、ヨノエル様って……」
「皇立楽劇団のトップスタァにして帝国の皇女様。どうしてそのような方が……」
リーゼから手紙を受け取り、開いて確認する。
どうやらお茶会の誘いのようだ。皇女が親しくもない子爵令嬢宛に招待状を送るなんて普通では考えられない。
恐らくレオンが差し金なのかもしれないが、セレスは動揺を隠せずにいた。
ひとまず言えることは一つ。
「リーゼ、さっそく準備を! ヨノエル様に失礼の無いように!」
子爵令嬢にとって激動の準備が始まる。
◇◇◇
お茶会の指定日となり、セレスは緊張を胸に待ち合わせ場所へと向かう。
そこは王城の一画で、まさか自分がここに来ることになるとは……とセレスは大きく息を吸った。
目立ちすぎず、失礼にならないように。服装も淡いブルーのドレスを着てきた。
ヨノエルに招待されたと他の貴族にバレてしまったら何が起きるやら。
ヨノエルは公務だけでなく、楽劇の練習でも忙しいらしく、上級令嬢でもそう会うことはできないらしい。
セレスが貴族院にいた時もヨノエルのお茶会に参加できた令嬢は一人もいなかった。
(そういう意味ではオデットが皇立楽劇団でヨノエル様とお会いできたのは本当に凄いことなのだけど……)
「セレス」
待ち合わせ時間になった時、名前を呼ばれ、セレスは振り返る。
その声には聞き覚えがあった。
「殿下! やっぱりヨノエル様からの招待状は殿下が……」
「……」
レオンはむっとした表情でセレスを見る。何かやらかしてしまったかと肝が冷える。
理由が分からずセレスはドギマギとしてしまうが。
「俺のことはレオンと呼んでくれないのか。俺はセレスと呼んだのに」
「っ! 申し訳ありません。れ、れ、レオン様」
「うん、その恥ずかしがり方は良いな。その可愛い声に免じて許してやる」
「もう! レオン様はからかっています!」
吹き出すように笑うレオンの姿にセレスは顔をを紅潮させてしまう。
レオンのからかいが柔なものだったので安心といった所であった。
「ここでは目立つ。こっちに来てくれ」
レオンに連れられて、王城の中へと入っていく。
本来では下級貴族では入ることもできない場所へどんどんと進み、開けた場所へと出てきた。
「レオン様……あれは、もしかして離宮でしょうか」
「ああ、皇女の私邸だ。姉上は普段はあちらにおられる」
「聞いたことはありましたが、まさかあそこにいけるなんて……。やっぱりレオン様はヨノエル様と仲良しなのですね」
「……」
「どうしてそんな複雑な顔をするんですか」
「まぁ会えば分かるさ」
レオンの微妙な顔にセレスは思わず突っ込んでしまったが、回答は避けられることになった。
皇女の私邸は歩いて行くには距離があり、王城の庭からまた馬車を使って移動をする。
雑誌で見たことのある王城と私邸を繋ぐ特別製の馬車であった。
これに乗ることが出来た令嬢は多くない。そもそも私邸に行く用事がほとんどないからである。
二人は馬車に乗り込み、少しの雑談と共に私邸の前へ到着する。
「わぁ」
皇女の私邸は見事な作りであった。
白亜の三階建て。優雅な曲線を描く窓枠と、薔薇の彫刻が施された柱。建物全体が、まるで一つの芸術品のように洗練されている。
正面玄関へと続く石畳の小道の両脇には色とりどりの花が植えられていた。春の陽光を浴びて、チューリップ、水仙、ヒヤシンスが優雅に揺れている。
建物を囲む庭園は広大で、手入れの行き届いた芝生が緑の絨毯のように広がっている。所々に白い彫像が配置され、噴水の水音が心地よく響く。
屋根は青緑色の銅板葺き。時を経て美しく変色したその色は、空の青と溶け合うように調和していた。
「とても綺麗な場所ですね。ここにヨノエル様が」
「姉上が自分好みに立て直したくらいだからな。内装も凝ったものになっているぞ」
「楽しみです!」
重厚な扉が開かれると、広々としたエントランスホールが現れた。
大理石の床。白とクリーム色の市松模様、奥へと続いている。
天井は高く、シャンデリアが優雅に光を放っていた。無数のクリスタルが、陽光を受けて虹色に輝く。
正面には優雅な曲線を描く大階段。手すりには繊細な装飾が施され深紅の絨毯が階段を覆っている。
壁には音楽家や舞台芸術家たちの肖像画が飾られていた。ピアニスト、歌手、作曲家、いずれも大帝国の文化を彩った人々。
左右の壁には大きな窓。レースのカーテンが風に揺れ、庭園の緑が見える。
「……」
「っ!」
そこに現れたのはレオンと同じ、ゴールドブロンドの髪に金色の瞳を宿した美しい女性だった。
セレスにとっては憧れの人。雑誌の書面や楽劇で遠くから見ることくらいしか出来ないほどのお方だ。
セレスは口をパクパクさせてしまう。




