004.「新天地にて-4」
「ありがとうございましたー」
「おう、また来るぜ」
威勢のいい声を出す冒険者を見送り、俺はカウンター周りに散らかし気味に置いた武器たちを片づける。まったく、実際に持ってみないと安心できないというのはわかるけど随分と散らかしたものだ。真新しい武器たちの間に置かれた少しくすんだ輝き……銀貨である。
「やっぱり俺の持ってるのとは違うな……」
誰もいないからと、こっそりとアイテムボックスから取り出すのは曇り1つ無い銀貨。ただし大きさも何もかもが先ほどの支払いの物とは違う。その理由は簡単。片方は今現在流通している銀貨で、もう1枚は俺がこの世界に来た時に持っていた昔々の銀貨だからだ。
「混じり物があっても金には変わりませんよっと……ふむ」
壁に立てかけた板に刻んだ印は、俺がこの世界に来て……正しくはこの工房に住むようになってからの日数をごまかしようがなく俺へ訴えていた。それはそう、これが夢ではないだろうという思いと共に。
ため息をついて作業場と居住区が1つの建物である広い工房の中を歩く。と言っても精々一人で4LDKのマンションに住んでいる程度だろうか? 現実であれば十分贅沢な間取りだが、今の俺の状況からすると十分とは言えなかった。それでも贅沢は言えない。この街で信用の無かった俺がこんな場所を手に入れられただけでも奇跡的な事なのだ。
「ガウディには感謝しないといけないな……」
と、外から誰かが走ってくる音。ずいぶんと急いだ様子だ……そしてそれは目の前で止まった。ということは客か? 急いでいるし、鍋などの補修だろうか?
「あ、あのっ!」
「いらっしゃい」
そんな俺の予想は、飛び込んできたのが見るからに剣とわかるものを抱えた少年と言うことで裏切られるのだった。
「それで、新品を買うお金はないから修理できないかとここに来たと……」
「は、はい。メリーおばさんから鍛冶屋さんが入ったのよって聞いたので」
カウンター越しの少年の声はか細い。まあ、話を聞く限りは武器はこれ1本しかないって言うからな、仕方ないところもある。それにしても見事に折れた物だ。全体的に使い込まれた感じがあり、刃こぼれもそこそこあるからもうそろそろ変え時だったのではないだろうか?
自警団に入っているということだったが、それでここまで折れるような相手に出会うとはこのあたりの治安だとまずないと思い、気になってしまった。
「それで、何を斬ったんだ? ゴーレムか?」
普通にゴブリンだとか生身を斬ってはこうはならない。よほど硬い物か、固定してわざと折りに行くぐらいでないとな……もともと不安そうな少年の顔がさらに悲しそうなものに染まる。なんだかいじめて見てるみたいではないか。
「……です」
「ん?」
「……岩です」
(岩……? ゴーレムの岩じゃなく、岩そのもの?)
改めて折れた状態のロングソードを確認すると、確かに一か所で思いっきり叩きつけて折れたかな?というのがわかる折れ方だった。よっぽど勢いよく振り抜いて、一回で折れたに違いない。
「先輩が、これぐらい斬れるようになるつもりでやらないと強くなれないぞって」
「それにしたってまずは順番があるだろうに。まあ、いい。それで直すのは構わないが、直す方が高くつくかもしれないとは考えなかったのか?」
俺の見たところ、俺であれば逆に新しく作ったほうが早いし安くできる。ただ武具というのは思い入れと言った物もあるし、他の鍛冶屋だとどっちが高いかは変わってくるだろうな。後は本人がどうしたいかだけど……。
「うっ、今出せるのはこれぐらいなんですけど……」
何回も枚数を数え直したのか、カウンターに置かれる銅貨たちは綺麗に揃っていた。詰みあがっていく枚数はかなりの物。後半はプルプルと震えているから結構な思い切りの良さというか……大丈夫なのか、これ?
見た目は少年だけど声が女の子みたいな高い声だから男装した女の子がいるみたいな気分になってくる。そんな子が涙目で震えているのだからどう見ても外聞が悪い。誰かに見られたら、だが。
「足りなくはないな。でも、明日から生活できるのか? どうも全財産、みたいな覚悟だけど」
「正直厳しいです。ですけど戦えない方がもっとつらいというか、何もしてないのは嫌だというか……強く、なりたいんです」
(強く……か)
ありきたりと言えばありきたり。現実でもゲームの世界でも、誰もが一度は思うことだ。簡単に言うな、と思うのは簡単だけどそれはつまらない。
「強くなってどうするんだ?」
脳裏に浮かぶのは、ゲーム時代に俺のような生産者を自分では何も出来ない、と蔑み、自分のような強いプレイヤーに使われるのを誇りに思え、とばかりに作成を強要しようとしてきた微妙なプレイヤー達であった。少年がそうとは思えないが、強さだけを追うのは危険な事である。
「……守りたいんです。家族を、何より横に立つ仲間を! だから、この剣にもう一度誓いたい!」
「誓う? 何に誓う」
まるで問答のように問いかける俺。少年は先ほどまでの弱弱しさをどこかに投げ捨てたように気合の入った顔を俺に向けてきた。そんな少年の姿に応えるように、剣の破片達からふわりとほのかな光。それを視界に納めながら続きを待つ。
「先輩から譲ってもらった夜、剣に誓ったんです。自分は強くなる、誰かを守れる力になるって。だから一緒に頑張ろうって! でも、多分自分が馬鹿だったから剣を折っちゃいました。だから今度も、また一緒に歩もう!って誓いたいんです」
自分一人じゃなく、剣と共に歩みたい。少年はそう言ったのだ。誰かを守るために……強くなりたいと。破片から昇る光は消えていない……少年には見えていないようではあるが。ただの破損した武器であれば元に戻すのも少し苦労する。しかし、これならば……。
「よし、その半分でいい」
「え?」
呆けたように俺を見る少年の前で、詰まれた銅貨を半分だけこちらに寄せる。物価はまだ完全につかめていないが暮らす分には問題ない量が残ったと思う。
「半分の費用でやるって言ったんだ。若いんだ、買い食いだってしたいだろう?」
「いいんですか?」
上手く行っているかはわからないが、茶目っ気を混ぜて半分戻すように促すと、若さゆえの遠慮無さか、少年はすぐさま袋に銅貨を戻した。そのぐらい正直なのが逆に好感が持てるってものだ、うん。
「その代わり、皆に宣伝しておいてくれよ」
「はいっ!」
その姿に苦笑しながら俺なりの報酬を要求すると相手も笑顔を返してきた。若いのはこうじゃないとな。俺も年寄りってほどではないが目の前の彼よりは10は上だと思う。ゲームじゃ年齢設定は無かったから今度決めておかないとな。
出来上がるまで座っているように言い、準備に取り掛かる。金床の上に破片を置き、大体の調整を始めた。使う素材の大きさを定め、少し短い長さに足りるような大きさを選んで素材を取り出す。ただ直すだけならこれでいいのだが……。
(何か危なっかしいからな、おまけしておくか)
簡単すぎる仕事がゆえに、いたずら心がむくむくと沸いてきた。少年には見えないところでこっそりとアイテムボックスの中身を確認していく。素早くタブを切り替え、最初の頃に見ていたものとは別グループのアイテム群から、小さなピンポン球サイズの素材群にたどり着いた。
このあたりは工房を構えてからすぐに、この世界の包丁やら鍋やらあれこれを溶かして素材化したものだ。スキル的には、熔解、というのだが精霊っぽいものが見えた今となっては、各種精霊への原初転換とでも呼んだほうがよさそうな気がする。
元の破片の大きさを考えるとこのぐらいでも十分だろうと思う。それらですら、俺が使えば結構な確率でいわゆるマジックアイテム、魔道具と化してしまうことは実験からわかっている。あのほのかに光る状態だ。武具はともかく、鍋や包丁まで光るようではおかしなことになるので近所には卸していない。
元々、自分が持っていた素材だとなんでもかんでも確実に光ることがわかっていて、この世界にある素材だと大体3分の1ぐらいの確率で光った。それに、普通ので!と祈っていたらなぜか光ることは無かった。きっと精霊さんが聞いていたに違いない、うん。
(さすがに見ているところで一発で出来上がるのはまずいな……)
実際には見てる間に出来上がるというのもその時点でおかしいはずなのだが少年も鍛冶に詳しくないだろうからそんなに気にしないだろうと勝手に思っていた。先日のロングソードのように、いきなり作ると一発で出来上がってしまうが精霊っぽい何かに見守るように意識を向ければ一叩きで出来上がり!ということが無いと言うこともわかっている。急ぎの時は便利だが、普段であれば味気ないので、この発見は大事である。
あまり待たせてもまずいので、さもこれが普通ですよと言った態度を心掛けつつ素材を溶かし、折れたロングソードを金床に乗せる。本当はこんな風には現実では直せない。ゲームならでは……ゲームと同じことが出来るこの世界ならでは、だろうな。
「武器生成-近距離B」
小声でささやき、スキル実行。工房内に音が響き、ひたすらに俺はハンマーを振り下ろす。まずは熔かした素材と共にただの金属板にしてしまう。そこからが修理というか再作成の手順だ。生成スキルCは単純な作成、加工。Bからは特殊効果付与、Aとなると専用品などが作れる。B、Aと来ると色々とやれることは増えるが、主なとこはこんな感じだ。また、良い素材だと良い効果が、という形になる。
つまるところ……
─ショートソード(状態異常耐性:弱)
完成した剣は俺にはそう見えた。長さ的にはショートソード扱いのようだが、ショートソードとしては妙に長い。ぎりぎり境界線の上にある長さのようだ。素材が素材なので、効果としては1番下、毒や麻痺等に一応強くなる効果だ。強や無効まで付けることも出来なくはないけど、そんなものを使っては騒ぎになるだろうからこのぐらいにしておこう。
「ほれ、振ってみろ」
ほわー……とこちらを見ていた少年に手渡してやる。ほのかに熱を持っているような気がしたが、それが荒熱なのか込められた精霊の力なのかはわからない。なんとなく、後者だろうな。
「へ? あ、はい! あ……結構軽い。ありがとうございます! また是非!」
少年は何度か素振りをしたところで満足したのか、鞘に剣を収めると声の勢いそのまま、飛び出していった。元気なのは良いことだが……大丈夫なのかね?
「また? 手入れ以外には来ないほうが良いと思うんだがなあ……あ、名前も聞いてないな」
新しい生活に気分が浮ついたままなのだろうか? 少々言動が若くなってきている気がする。少年が騒がなかったところを見ると、鍛冶というのもが珍しいのか、あるいは少なからず同じことが出来る存在がこの世界にはまだいるのか。
彼とはまた出会うような根拠のない予感を抱きながら、注文を受けていた近所の包丁や鍋の修理に取り掛かる俺であった。
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