005.「新天地にて-5」
─夢だとわかる夢を見ていた。画面の数字に一喜一憂していた、ゲームをしていたころの夢。
「未練、か。いや……なんだろうな」
まだ残る眠気を追い出すように体を起こし、室内を見渡す。住み始めて約一か月。もういい加減慣れて来た光景だ。電気の無い部屋、水道も無い台所。元の世界では一度も味わったことのない生活空間だ。
「だが今の住処はここだ……よし、まず食事だな」
売り物にならない包丁が何本も並ぶ台所で見慣れぬ食材を手にいつものように自炊。この冷蔵庫モドキもばれたら相当な引き合いがあるに違いないけれど今は内緒だ。俺はこのままこの場所で寿命を迎えるつもりもないからな……あまり人気が出すぎても困るのだ。
「痛っ。自分の作った包丁で自分を斬るか……知り合いに聞かれたら笑われるな」
(けれど、血が出るんだな……ははっ、今さらか)
今になってようやく、やはりこの世界が現実なのだと思い知る。進化を遂げたVR周りでも、当然のことながら怪我はあくまでデータ上の怪我でしかない。そんな痛みを必要以上に再現するわけにはいかないのだ。昔は、違法に改造された機器でそのあたりのリミッターを解除した結果、ショック死した奴もいたらしい。
食事もまた、俺に現実を突き付けてくる重要な相手だ。調味料の多い食事に慣れていた最初は味気なく感じた物だが、元々がゲーム中心で簡素な食事が多かったためかほどなく慣れることができた。今では近所のおばさんたちに色々と聞いてレシピもだいぶ増えた自信がある。
「今受けている仕事は……特になかったか。顔出しと買い出しに行くか」
一人暮らしだと独り言が増えるな……そんな風に思いながらアイテムボックスを持っていることを隠すための籠や背負い袋を手にし、家を出る。そう、家だ。どれだけいるかわからないが、もうここは俺の家なのだ。若干汚れた外壁も、なんだか今見れば味があると言える。車なんかも全くない世界だからか、妙に澄んでいる気のする空気を胸いっぱいに吸い込み、街に向かった。
何度も訪れた市場には様々な店が立ち並ぶ。野菜を売る店、何やら細工物を売る店、どこで狩って来たのか毛皮などを売る店もある。さすがにゲームのように鉱石類を売る店はまずない。あっても冒険者らしき連中が雑貨と一緒に広げてるぐらいだった。
「あっ! 貴方は!」
周囲のざわめきの中でもはっきり聞こえるその声は、ロングソードの修理を頼んできた少年だった。今日は来た時のような私服ではなく、戦いを前にした鎧姿だ。まだ装備に着られてる感が残るようだけどなかなか様になっている。
「元気そうで何よりだ」
「はいっ! おかげさまでまだ剣は無事です!」
(まだ?……少し天然なのだろうか?)
元気な姿に一安心ではあるが、別の意味で心配だ。だが自警団に所属してるのであれば他の大人が上手く導いてくれるだろう。例の岩を斬れたらと言っていた先輩を除いて……だが。
「それにしても、新しい鍛冶職人の方がさらに遺物持ちなんてのは驚きですね!」
「……遺物? 何のことだ?」
とぼけてみるが、今にして思えば早く作りすぎた。ああいう時は一度預かって後日、というのがどう考えても普通だろう。だからその話をした彼は同僚あたりに俺がただの鍛冶職人じゃないことがばれてしまったのだ。
「え? あっ……だ、大丈夫ですよ。言いふらしてはいませんから!」
だったら声を抑えてほしい、とは俺が言えることではなかった。どこからどう話が回ってくるかわからないが、そちら方面の話が来る覚悟だけはしておこう。なあに、無茶振りはゲーム時代に慣れているさ、作り手は大体そういう扱いを受けやすいのだ。
「忙しくなりすぎてもいけないからな、内緒にしておいてくれよ」
「は、はい!」
「トモ! 何をやっている! 早く手伝わんか!」
少年、トモへとお叱りの声。ちらりと見れば人ごみの向こうに髭を生やしたいかにもなおじ様がいる。部隊長とかそういったイメージだがはずれてはいないだろう。
「いけない! 朝の奉仕の時間でした」
そう言って走り出した先で、トモは馬車から木箱を運ぶ仕事をし始めた。どうやらパトロール以外にもああいったこともやることにしているらしい。確かに顔も覚えてもらえるし、街の人との交流という点ではありかもしれないな。ただ守ってやる!と見守るだけでは繋がりは生まれにくい。
小さく手を振り、別れた先で俺は日々必要な物を買い込んだ。適当に背負い袋に入れ、重くなってきたところで物陰でアイテムボックスへ。目の前でやればおかしい話だろうが、こう人ごみであればよほど見とがめられることもない。
そうして買い出しを終えた俺の目に飛び込んできたのは、最終目的地でもある酒場兼冒険者ギルド、といったような店。冒険者ギルドとはいっても要は地方ごとの職業安定所未満な場所である。ゲームでは全国どこでも同じサービスが受けられたりしたが、この世界ではそうもいかないだろう。
「街ごとの貢献システムは生きてないだろうしな」
特定の街で過ごし、周囲で定期的に戦闘する。そうすることでゲーム上、その街での治安というか、モンスターの脅威は減るということが起きた記憶がある。貢献度のように街ごとに表示されるそのランキングに従い、その街の中ではアイテムが安くなったりと中々面白いシステムだった覚えがある。
実際に遭遇するモンスターは変わらないし、エンカウントしなくなるわけではないのでプレイ上の自己満足の1つではあったが。確か、自分を登録するための施設もあったはずだ。トモのいるような自警団がそうなるのかもしれないな。
「結構賑わってるな」
【白兎亭】と看板をくぐればもうすぐ昼かというところだが中は思ったより賑わっていた。まだ日も高いのに既に酔っぱらっている男達、壁の依頼書を眺めてあれこれ話している男女。木製のカウンターの中で事務手続きをしているであろう奴ら、と最初は新鮮な驚きにきょろきょろしたものだが慣れた物だ。
酒場側はカウンターに10席ほどのテーブル、といった具合だ。実際の建物はその倍はある。半分は酒場、半分はギルド扱いといったところだな。
壁際にいる彼らは皆、冒険者なのだろう。装備を背負い、今日の仕事を探しているに違いない。俺はすぐにそちらにはいかず、気を引き過ぎない程度に観察しながら酒場側のカウンターに向かう。
「マスター、エール1杯」
「あいよ。ん? ファクトじゃないか。昼間から酒か?」
手早く出されたエールのぬるさに内心ため息をつきながらも代金の銅貨を渡した。ふと思い立ち、同じだけの代金をそのままカウンターに置いた。
「ああ、ちょっと聞きたいんだがよさそうな仕事はないか?」
マスターは納得が言ったように頷き、笑顔になる。要は依頼書になる前の話や、誰でもいいわけじゃない話がないかってことだ。俺はまだこの街に来て日が浅いが鍛冶職人としては多少は知られているという自負がある。
「仕事なぁ……あんたは一応剣とかも使えるんだろう? 大体なんでもやれそうだが……今のところは無いな。暇なら依頼ではなくても討伐報酬がある魔物を倒して、覚えをよくするってぐらいは俺が言うまでもないよな?」
どうやら前言撤回で、MD時代にあった街の貢献者への優遇はまだあるらしい。例えば宿泊代が割り引かれたりといったことのようだが、また1つの痕跡が見つかる。この世界がゲームの世界と似ていると思うだけの痕跡が。
「ありがとう。勉強になった」
まだ知らないことが多いはずだが、意外なところがゲームと同じということもありそうだった。例えばそうだな……レアなアイテムや素材が手に入る場所が同じであれば効率よく採取といったこともできるだろう。その難易度を除けば。
身近なことをもっと知るという点では俺自体、この街を拠点として臨時にパーティーに加わる、といったことをしても面白いかもしれない。そう考えるとこの時間ではなく、もっと朝早い時間に来て依頼を探す冒険者達を観察する必要があるかもしれないな。
その後も、何日も様々に情報収集をしたり、酒場の冒険者と語り合うなどして、自分の立ち位置、今後の身の振り方といったことに思考をめぐらす。鍛冶職人としての大きな仕事が無い日は近所の依頼を受け、他愛ない会話をしながらも今の常識を吸収することを忘れない。
そうしていくうちに生活にも慣れ、街のどこでもとまでは言わなくても大体行けるようになったし、知り合いも増えた。人間、慣れると次の刺激が欲しくなるものとはよく言った物だ。ついには狩になるか、探索になるかはその時次第だろうが不定期に冒険をしてみたい欲求が沸いてきた。
そして、それ以外の目的も、また。
「やはりこの世界は同じだが……違う。そうなるとメインのクエストはどうなるんだ? シナリオ上のボスは……」
記憶にある限り、まだゲームとしてのマテリアルドライブはアップデートをいくつも残しており、シナリオ上のラスボスという物は存在は示唆されているが実装はされていない。さすがにだからとこの世界にもそんな存在がいないと考えるのは楽観的すぎるだろう。
「……俺一人では、無理だな」
結局はそう結論付けた。当然と言えば当然で、ネットゲームでのボスと言えば一部を除けば多人数で同時に戦う相手だ。そんな相手に、生産側に特化した俺一人でまともに戦えるはずがない。戦う手を、増やす必要があった。プレイヤー最前線組とまではいかなくても、十分戦えるだけの力を持った人たちを。
「だがどうする? いきなり世界を襲う敵がいますなんていっても信じないよなあ……」
今後の動きに少し悩んだそんな折、自警団が定期巡回の際に最近噂の真相を確かめに遠征に行くことを聞いた。なんでも、隣の街へと向かう街道から外れた丘にモンスターが集まっているらしい。今は街道沿いで行方不明者が出た、といった具合のようだがひどくならないとも限らないということだ。
もし、モンスターがいて戦いとなれば自分にも修理なんかの依頼が来ることだろう。今後どうするかという悩みはあるものの、今のうちに修理用のインゴットなんかを作り溜めておこうか。仕事がたくさん来たら嬉しい事である。
結論から言えば、俺の予想は半分外れた。
「君がトモの武器を手配してくれた鍛冶職人だな? 事務所まで付き合って欲しい」
自警団が戻ってきたという話から、今か今かと待ち構えていた俺にやってきたのは依頼ではなく、目的不明の呼び出しだった。後ろに少年―トモを従えて尋ねてきたのは、以前トモを叱っていた男性。流れからしてそれなりの立場なのだろう。
「事務所までって、別にそれはどこからか盗んだわけじゃないんだけどな?」
「ああ、トモから目の前で鍛えなおしてくれたということは聞いている」
男性の視線は俺の後ろの仕事場に向かっている。まったく、内緒にしておくんじゃなかったのか?とここにいない少年に半ば冗談を交えて恨みの思念を送る羽目になった。
断るのは……そのほうが逆にちょっとめんどくさそうだ。
「お茶ぐらいは出るよな?」
「おかわり自由だ。出がらしになるがな」
そういって笑う顔は嘘を言っているようには見えない。見た目通りに堅いだけじゃない、ユニークな一面もあるようだ。個人的にも気に入ったので、誘われるままに行くことにしよう。
炉の火を落とそうとしたところで、壁に立てかけたままのロングソードや、外出用の外套が気になりそれを手にしていた。ただ話をするだけのはずだが……そうした方がいいような気がしたのだ。
「良い剣だ……それも自分で?」
「自分の作った奴の方が物の癖がわかって使いやすいよ」
言いながらも、俺はどこか浮ついている自分を感じていた。こうして工房を構えようとしたり、自分を売り込むようなことをしていたのも、きっかけが欲しかったのではないだろうかとふと思った。
自分が、MDのゲームプレイヤーであるファクトではなく、この世界に生きる、一人の人間としての【力を持つ者】としてのファクトとして生きる覚悟を決めるためのきっかけを……。
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