光の騎士、爆誕
超転。
『やあ、やっぱり来ると思っていたよ。』
早朝、と言ってもまだ日は出ておらず、深夜ともいえる時間に、カティは礼拝堂を訪れた。
神の僕は、やはり宙に浮いていた。
「……貴方のお手を煩わせるのは心苦しいですが……。」
『あぁ、いいよいいよそういうのは……ん?半分は本心なのか。感心感心。』
心を読まれるというのは中々に辛いものがある。
カティは一応は大貴族の一員として、また騎士として、感情を表に出さない訓練は受けていたが、さすがに心の中まではどうにもならない。
『律儀な君のことだし、ここに来たってことは彼女の扱いに苦慮しているってとこだろう?』
「……仰る通りです。彼女に何らかの力があるのは分かるのですが……。」
『ふぅん。そこはさすがに分かるか。でも、あれは君達とは違う世界から来たのだよ。君達と同じような姿かたちをしているけど、そもそも全く違う生き物だ。君達の理の中に当てはめようとするなんて、ちょっと傲慢が過ぎるんじゃないのかな?』
咎める口調ながら、その表情は面白がっていると分かるものだった。
だが、言われてカティは気付く。
確かにこの神の僕の言う通りだと。
『本当に君は真面目だなぁ。そんな君に聞くけど、どうして君は他人の、ましてや異世界の者の力になろうとするのだい? 他の者のように、彼らを道具として見てもいいだろう。……そして、これは断言してあげるけど、君はあの勇者君が魔王を倒した後、間違いなくこの国の中心的人物になれる。そんな君があの故知れずの少女を助けるのはなぜだろう。しかも嫌いなぼくを頼ってまで。』
確かに、とカティは思った。
だが、それで納得するのも違うと思った。
では何故、と考えたとき、答えは一つしか思いつかなかった。
「理不尽が許せなかったからです。」
そして、確信した。
何故カティは自分がこの神の僕を苦手、いや、嫌いなのかを。
不敬となるのは分かっていても、言葉にせずにはいられなかった。
どのみち、心を読まれるのだ。
「……何も知らず、関係なく犠牲を強いられる彼らと……それを引き起こす我らと貴方が。私はその理不尽を許せなかったのです。だから、私は彼女と、そして出来れば彼の力にもなりたかったのです。」
言い切ったが、カティに後悔はなかった。
神の僕の不興を買っても、決して恥ではないと思っていた。
それを聞いて――神の僕は、やはりその笑みを崩さずに答えた。
『……本当に面白いなぁ。人間にしては珍しいその心根。うんやっぱり君達と話していると色んな発見があるね。特に君はいい。その心に一点の曇りもない。本当に人間なのかい?』
にこやかに問われるが、カティとしては、よく分からなかった。
葛藤しながら相談に来たのだが、その解決策を見い出せず、ただ相手のペースに飲まれていた。
『いいよいいよ。君の言いたいことは分かる。ぼくは君に解決策を示すことが出来る。』
「本当ですか?」
『ただし、君には乗り越えなければならないことがある。』
「乗り越えなければいけないこと?」
『そう。だが、簡単なことだ。おそらくね。』
嫌な予感がした。
カティは最初の疑問を思い出していた。
――そもそも“神の僕”とは何なのか
カティの知る教会の教義では、神の僕というものは無く、代わりにそれは“神の使い”と呼ばれている。
些細な違いが、やはりカティには腑に落ちない。
『……ふふふ、中々に鋭いじゃあないか。しかし惜しいかな。やっぱり理解していない。』
「……何をでしょうか?」
『“神”とは何だと思う? その“使い”とは? 何故ぼくが“僕”なのか? そして、悪魔とは一体何だろうか。』
その哲学的な問いに対して、カティは答えられなかった。
そんな問いは宗教者でも答えられないと感じた。
『では君達の教義上のそれらの定義は?』
「“神”とは、唯一神であり全世界の創造神であり、全世界の原理です。」
子どものころから聖典にはなじんでいた。
教義上の定義くらいならば答えられた。
『では神の使いは?』
「神の被造物であり、それぞれが役割を持ちます。」
『では悪魔とは?』
「人々を誑かし、唆し、堕落させる存在です。」
『その先だ。悪魔の特徴はなんだ?』
カティは考える。
教義の上では、人々を堕落させる存在で、そのエピソードなどもある。
それらの特徴を考えると……。
「それぞれの悪魔には好みのようなものがあり、それによって様々な行動をします。」
神の僕はその答えを聞いて、笑みを強くした。
『そうだ。もう辿り着いているじゃないか。分かるだろう? 共通点はなんだい?』
何の、とは聞けなかった。
――やはり目の前の……
『……違う。そっちじゃない。君達の“神の使い”と“悪魔”共通点だよ。』
「神の使いと悪魔の共通点……。」
カティは考えたことも無かった。
全く違うもの、ましてや対立関係にあるものに共通点を見出すなど、思いもしない。
だが、そう言われてみれば確かにある。
「神の使いには“役割”、悪魔には“好み”……。」
言葉は違うが、意味することは、そう変わらない。
神の下に秩序立っているから“役割”と表現され、いないから“好み”と表される。
『ね?似ていると思わないかい?』
「……。」
『ただしね、“使い”なんて、所詮メッセンジャーなんだよ。伝言屋でしかない。それと比べてぼくたちは権能と権利、そして義務を持っている。権能と権利の範囲内は自由が許されているのさ。』
「それはつまり……。」
『まあ、つまるところ、君達の教義上の使いや悪魔っていうのは、ぼくたちと使いの立場が混ざって、悪魔と使いに分離したというところかな。……だからさっき、君はぼくを悪魔と同一視したけど、ある意味では間違ってはいない。』
カティは足元がぐらつくのが分かった。
これまで信仰を捧げてきた教義は間違っているのか。
これまでの、自身の信じていたものと、目の前の超越的な存在の言葉が、カティの中でせめぎ合っていた。
『そうそう、聡明な者ほど、未知に遭遇した時に迷うものだ。蒙昧な者は、これまでの小さな経験とかを頼りに未知を否定する。そもそも人の分際で神やぼくたちを定義するなど、おごがましいとは思わないかい?……まあいいや。話を進めよう。君との問答もいいけど、君が知りたいのはそっちじゃないだろう?』
神の僕に諭され、カティは正気に戻る。
確かに、今は異世界の少女について相談にきたのだ。
神とその定義など、あとで考える時間などいくらでもある。
神の加護とされる光魔法を失った感覚も無い。
自身の信仰が揺らいだわけではないと思い、言うとおりに話を進めることにした。
「……では、先ほどの乗り越えなければならないこととは?」
『簡単なことだ。君も良く知っているだろう? 君達の言う悪魔が、人間の願いを叶えるとき何をするか……。つまり君は、問題の解決の代償に、何を捧げられる?』
――やはり悪魔の取引ではないか。
カティは思ったが、口には出さない。
無意味なことではあるが。
『ふふふ。その通りだ。ぼくは神の僕であって、神ではない。万能ではないから力の行使には何かの代償がいる。……例えば、召喚に必要な大量の魔力とかね。』
「なっ!……では実際には……。」
『当たり前だろう? 異世界から人を呼ぶなんて高度なこと、人間如きに出来るわけないじゃないか。それこそ神のきまぐれとか、よっぽどの偶然でも無い限り。ああ、そうそう、もう一つサービスで悪魔らしいことをしよう。……断言するけど、君はぼくの協力がなければ問題を解決できない。さあ?どうする?』
追い込んで、従わせる。
そこにしか解決の糸口がないと思わせて、意のままにする。
まさに教義通りの悪魔のやり口であった。
しかし、カティはそれ以外に思いつかなかったのは確かである。
――代償。
カティには思いつかない。
『その前に少し整理しようか。君は何のために、何を望むのだい?』
カティの望みは1つ。召喚された彼らを助けること。
『助けるっていうのは曖昧だなぁ。あ、元の世界に帰せってのは無しね。呼ぶより戻す方が大変だから、召喚のときにもらった魔力の100倍は必要だよ。』
「……ならば、無事に魔王を倒すことでしょうか……。」
『そうだね。そうなるかな。だが、それは彼女の力では無理だね。彼女の力は滅ぼすのではなく、生かすものだからね。』
「……そ、それなら……。」
カティは落胆した。
彼女の力のも魔王を倒すためのものと思っていたが、違うらしい。
『本当ならあの兄妹で一緒がいいんだろうけど、それは普通過ぎて面白くないよね。……そこで提案だ。君の捧げる代償の代わりに、彼女の力の発現方法の教授と、君の力を増すことを約束しよう。』
それでも構わない、とカティは思った。
「しかし、そのための代償とは……?」
『ふふふ、今ならサービス中だ。いっぱい魔力をもらったからね。』
サービスといわれても、ピンと来ない。
代償と言えば、魔力とか、血とか、命とか、そんなものしか思い浮かばないからだ。
カティは魔力が人並み以上あるとはいえ、何十人もの合計の魔力に敵うはずはない。
「ならば、命をもって代償とします。」
そう、答えるしかなかった。
しかし、神の僕はつまらなそうに答えた。
『そんなものもらっても、ぼくには使いみちないしなぁ。もっとこう、即物的なものがあるだろう?』
即物的と言われて、カティは金銭を思い浮かべたが、そんなものも欲しがっているとは思えなかった。
ならば、他に何があるか。
ふと、カティは神の僕を見つめた。
そして、気付いた。
気付いてしまった。
今まではソレに違和感は無かった。
しかし、気になり始めると、ソレは収まらない。
もしかしたら、最初から目を逸らしていたのかもしれない。
そう、カティは気付いたのだ。
神の僕に髪の毛が無いことに。
そしてカティは言った。
言わずにはいれなかったというのが正しいのかもしれない。
「ならば私の髪を捧げます!」
カティの黄金の髪の毛は“神の如し”と言われるほど、輝きに満ちていた。
『それだよ!いいね!素晴らしい!』
神の僕はそれまでのどこか超越的な雰囲気が消え、ただ、はしゃいでいた。
『ではまず、召喚された彼女へは、アドバイス1つでいい。一言一句違えないようにね。それは“自分の力を相手に注射するイメージ”だ。次に君に力を与えよう。』
そう言うと神の僕はカティに触れた。
そして徐々に自分の中の力が膨大になるのを感じた。
同時に頭皮が涼しくなるのを感じたが、それは些細なことであった。
もしかしたら、自身の髪はこのときのためにあったのかもしれない。
そうカティは思った。
一通り終わったのだろう。
神の僕は輝く黄金の髪を手にし、カティはそれを喪失していた。
『素晴らしいね。予想以上に君に力を注げたよ。』
「ありがとうございました。」
深く礼をして、カティは礼拝堂を出た。
神の僕の力の行使、それは悪魔の囁きだったのかもしれないが、カティの心は晴れやかだった。
――これで、召喚された彼女や彼を助けられる。そのために力を尽くそう。
時間は早朝、太陽が出たばかり。
ひんやりとした空気と、雲一つない空が清々しい。
昇ったばかりの朝日が、カティを照らす。
その光が、カティの頭を照らし、まぶしいほどの輝きを放った。
その光は神の祝福の様であった。
ここに、史上最強となる光の騎士が誕生した。
こういう解釈してると、フィクションとはいえ怒られそうですよね。




