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エピローグ「一つ屋根の下で」

 その後の経緯について少し話しておこう。

 無事シャクナゲと和解(?)した俺はまず一年以上お世話になったマンションを出ることにした。今回の件は無事解決したけれど、俺にはまだ泡沫の血というとんでもない起爆剤が残っているのである。今はまだ封印も機能しているが、何の拍子に物ノ怪を呼んでしまうかわかったもんじゃない。その時にまた管理人さんに迷惑をかけるのは嫌だった。

 ちなみに玄関大破の件は事件性は確認できず、最終的に粉塵爆破だとかよくわからん原因でまとめられたらしい。世界はこうして辻褄を合わせるのだろう。俺の部屋を捜索していた警察が隠しカメラや盗聴器をごっそり発見したらしく、よければすぐに捜査を始めるよと言われたが、断っておいた。見当はついている、友人の悪戯だと言って通した。さすがに疑いの目で見られたが、まあ嘘はついていない。その程度なら可愛い悪戯だ。本当に。

 そして家を失くした俺がどこに転がり込んだかというと、なんと八重樫家だった。

 これはもう確実に気がふれていると思われているだろうし、俺もそう思う。言い訳するとすれば、そうだなぁ、まあ恩返しと言うところだ。バイトすらしていない八重樫の経済状況は思った以上に深刻だったので、俺が家賃としていくらか入れれば八重樫も助かるだろうと思ってのことだ。だからまぁ、恩返しというよりはギブアンドテイクかもしれない。

 一緒に暮らしたいと提案した時の今まで見たこともないくらいテンションが上がって本人ですらもう訳がわからなくなってしまっていた八重樫の様子はまたの機会に語ることにして。

 シャクナゲだが、彼女もまた八重樫家に居候していた。祠を失い神でもなくなった彼女に行く場所などないのだろうし、追い出す理由もあるはずがなかったので、結局俺たちは三人で暮らすことになった。ちなみに八重樫家の結界は穢れをはねのけるものなので、穢れを失ったシャクナゲには効果がなかった。それでも何か違和感を感じているようだったが、すぐに慣れたようだった。

 本当にあれだけのことがあったのに、次の日には俺たちは仲良く一緒にご飯を食べていたのだから驚きだ。

 まああれだけって言ったって、今思い返すとカレー食って風呂入ったことくらいしか覚えていないのだから、人の記憶というのは結構いい加減だ。

 所詮過去なんてそんなものなのだろう。どれだけ思ったところで戻れるはずもやり直せるはずもないことを覚えておくことは無駄でしかないのだ。

 この奇妙な三角関係もまた、過去ではなく今を生きようとしたから成り立ったものなのだろう。

「ただいまー」

 その日、俺が学校から帰った時。いつも見送りにくるはずの八重樫の姿が見えなかった。そろそろ飽きたのかと思い、特に気にすることなく俺は着替える前にリビングに入った。そこでシャクナゲがソファに横たわっていた。

「ただいま」

 そう言ってみたが、返事がない。なんだ、反抗期か。

 寝てるのかと思って覗き込んだが、しっかり起きていた。シャクナゲと目があった。綺麗と言えるような年齢ではなくなったが、それでもどこか彼女の顔立ちは人形のような整った美しさがあった。俺たちは何を言うでもなく、しばらくお互いに見つめ合っていた。

「のう、海藤よ」

 シャクナゲの小さな口が開いた。

「貴様は本当に私に生きろというのか。私に、生きていて欲しいのか」

 俺のことが好きならわかるだろう、とちょっとかっこつけて返したが、「貴様の言葉で聞きたい」ともっとかっこいい言葉で返されてしまった。

 ううむ。どうするか。

 大体、シャクナゲが死んだら悲しむとかも八重樫が勝手に言っただけのことだ。いや、確かに嘘ではないが、しかしそれは俺自身も知らない心の部分というか、もっとも本心に近い知られたくない部分なので、それを口にするのは恥ずかしい。普通に嫌だ。そんなこと言うくらいなら死にたいほどだ。

 だが、まあ俺も男だ。死ぬのなら言ってから死のう。

「赤ずきんって、作品知ってるか?」

 なんだか凄い遠回りでぼやかしたチキンな入りだが、別に着地点まで遠くするつもりはない。段取りがあるのだ。

 いいから黙って聞いてなさい。

「それくらいは知っておる。伊達に長いこと生きておらんからのう。割と教養はあるぞ。シュルル・ペロー原作だろう?」

「そこまで知っていたら前ふりはいらないな」

 そして俺は話した。八重樫から聞いた話をだ。

 理不尽にも死んでしまった可哀そうな女の子の話。

「それで、それが一体なんだというのだ。そんなの、ただの気分の悪い話でしかない」

「そうだよな。嫌な話だ。善人が救われるとは限らない。どんないいやつもちょっとしたことで不幸になってしまうかもしれない。俺も最初は嫌だと思ったぜ。でもさ、よくよく考えてみるとそれだけじゃねぇんだよな。八重樫が言いたかったことは多分それだけじゃないんだ」

「どういうことだ?」

「善人が救われるとは限らない。だけれど、善人が不幸にならなきゃいけないなんてことは絶対にないんだ。救われちゃいけないなんて、そんなことはないんだよ」

 赤ずきんは無残にも狼に食べられてしまったけれど、

 別に食べられなくたってよかったのだ。

 たまたま運が悪かっただけなのだ。

「赤ずきんにはもう次はないけどさ、お前にはまだこれからがあるだろう? 今までは嫌なこともあったし、不幸だったかもしれないけどさ、これからも不幸続きなんて保証はどこにもないんだよ。もしかしたらお前、明日辺りにでもひょっこり幸せになってるかもしれないじゃないか。そしたら一緒に喜んでやるから、せめて俺が生きている間くらいはお前も生きていてくれよ。何百年と生きたんだ、今更何十年くらいいいじゃねぇか」

 俺はお前の笑顔は嫌いじゃないんだ。

 最後に一言、最高にかっこつけた言葉で締めくくった。

 驚いたような顔をして固まるシャクナゲの頬を俺は撫でた。暖かかった。彼女が生きている温度だ。

「くふふ」

 それから彼女は笑った、嬉しそうに笑った。嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った。

「驚いたぞ。及第点どころか満点、いやそれ以上の答えだ。貴様、意外と女ったらしだな」

「別にたらしこんだことはねぇよ。知らない間に惚れられていることは最近よくあるみたいだがな」

「そうだな。惚れておる。私はお前に心底惚れておる。悔しいが、八重樫の言う通りだよ。私は愛は知らぬが、恋は知っている。私は海藤に恋しておる」

 彼女が俺の手を取った。当たり前だが、小さな手だった。

「よかろう。貴様らの思惑通り生きてやる。ただし覚悟するがよいぞ。私は今でも海藤を諦めてはおらん。貴様らがどれだけいちゃつこうと邪魔してやる。貴様らのフラグなんて全てたたき折ってやるからの!」

「そんな意気込まれても俺は別にあいつといちゃつくつもりも付き合うつもりもないけどな……」

 あいつとだって、最近ようやくお友達にランクアップしたところだ。正直それも危ういし、仲良しという意味なら多分シャクナゲの方が上だ。

 ただまあ、なんにせよ、彼女が生きようと思ってくれるなら、それは俺にとってとても嬉しいことだ。

 八重樫の言う通り、彼女が死んだら俺は悲しむのである。

「そうだ、シャクナゲ。お前団子好きか?」

「好きだが、どうしたのだ急に」

「いや、お前と初めて会ったっていう日に俺は団子供えただろ? 今は俺にもお前が見れるし、もっと正面切って話せるだろうから、今日はもう用事もないから買ってきてやるよ。そしたら何か話そう」

「何かとはなんだ。泡沫海藤の爆笑百物語とかか」

「変にハードルを上げてくれるな……。内容なんてなんでもいいさ。とにかくお前と話がしたい」

 そう言うと、シャクナゲは何故か俺から顔を隠すかのようにそっぽを向いてしまった。さすがになんでもいいからというのは駄目だったんだろうか。しかし爆笑百物語ってのは……。

「あんこ」

 向こうを向いたまま小さな声でシャクナゲが言った。

「私はみたらしよりもあんこが好きだ……」

 了解。と俺は言って、リビングを出て玄関まで言った、制服のままだが構わないだろう。靴に手を伸ばした、その時である。

「おかえりなさいませ、泡沫様」

 いつの間にか八重樫が俺の後ろに立っていた。

「……突然後ろに立つんじゃない。俺がゴルゴならお前は今頃――」

「どこにいかれるのですか?」

 俺のボケが無視された。

 雛月屋だよ、と俺はぶっきらぼうに答えた。

「団子を買いに行くんだ」

「お供します」

「お供って……」

 桃太郎さんかよ、俺は。

 断っても付いてくるんだろうから、俺は何も言わないことにした。ある程度は好きなようにさせてやろう、これも恩返しだ。

 八重樫が靴を履くのを待って、外に出た。夏らしい、じめっとした空気が肌に触れた。

 突然八重樫が俺に向かって手を差し出した。

「泡沫様。手を繋ぎましょう」

「……はい?」

「この前みたいに急に走り出されても敵いません。しばらくは外に出る時は私と手を繋いでもらいます」

「はっきり言っていい?」

「どうぞ」

「キモい」

「そうですね。私は気持ち悪い女です。ですが、泡沫様を愛しております」

 ですがの意味が分からない。

「泡沫様? 私はあの時泡沫様の命を救うことができて本当に嬉しく思っているのですよ?」

「恩着せがましい!」

 俺の命が人質に取られている!

「あーっ、もうわかったよ。勝手にしろ、好きにしろ」

 俺の反応が予想外だったのだろうか、八重樫は珍しく驚いたような顔をした。

「……よろしい、のですか?」

「構わねェよ。今は別に前ほどお前のことを嫌悪しているわけじゃねぇんだ。手くらい繋いでやる。それと、泡沫様っていう仰々しい呼び方も禁止だ。肩凝って仕方ない。俺とお前は一応友人なんだから、名前で呼べ。俺もなずなって呼ぶからな。いいだろう?」

 恥ずかしさもあってか、少し早口で俺はまくしたてた。

「で、ではさっそく…………か、海藤様。手を繋いでもよろしいでひょうか」

 八重樫、いやなずなはちょっとだけ震える声で言った。

 噛むなよ。

 落ち着けよ。

 なんか俺まで緊張するだろう。

 あと、名前で呼べっていうのはそういう意味じゃなかったんだけどな……。仰々しさが抜けていない。これも前進といえば前進なのだろうけど。

 小さな小さな一歩だ。

 互いにドギマギしながら、俺たちは手を繋ぐことに成功し(何故か二回ほど失敗した)、雛月屋まで歩き出す。

「なあ、なずな。お前、俺のどこに惚れたんだよ」

 これは照れ隠しに発した疑問だが、この質問の方がよっぽど恥ずかしかった。あほか、俺は。あくまで内面の混乱を気取られないように振る舞う俺になずなはこう答えた。

「秘密です」

 その時の彼女の笑顔を素直に可愛いと思ってしまったことは俺の胸の内だけにとどめておくことにした。


 どうも三乃水流と申します。突然ですが私は言葉遊びといいますか、日本語らしい駄洒落のようなものが好きでして、特に妖怪変化の類いを題材とするときは妙に張り切った設定を練る節があります。今回のカミツキという物の怪もそうですし、もっと言うと実は彼女が縁結びの神様だったというのも若干駄洒落がかっているのです。だってほら、髪は結ぶものでしょう?

 そんな感じでそんなわけで、本作は物の怪みたいな人間と人間みたいな物の怪のお話しでした。あの二人の女子のための話だと言っても過言ではないでしょう。よく考えてみると海藤くんは本当に何もしてませんからねー。飯食って風呂入っただけですよ、実際。なのにどうして最後の方はあんなに格好つけていたのでしょうか。全く持って謎です。作中一番の謎はもしかしたら海藤くんなのかもしれません。

 あまり長々と話すのも興が削がれるというものですので、ここら辺で終わりましょうか。

 こんな駄作を最後まで読んでくださってありがとうございます。愛を捧げるわけにはいきませんが、精一杯の感謝を捧げさせていただきます。ではでは。


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