第一日 徳島・室戸岬 5/6
二人は室戸岬の駐車場まで走り、木組みの展望台へ上った。
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○室戸岬
2011年にユネスコ世界ジオパークに認定された。
青年時代の弘法大師はここで修行を積んでおり、その場所が御厨人窟や神明窟として今も残されている。
高知市方面、徳島市方面ともに、アクセスできる鉄道や高速道路は存在しない。
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眺望は良いのだが風が強い。走っているときも絶えず横風に晒されていたが、こうしてカブを降りてみるとより風を意識させられる。
楓が長ったらしいポニーテールをはためかせながら言った。
「『室戸の雨は横から降る』とか言われるわけやな」
「雨もよう降るん?」
「ああ、もともと高知から宮崎、鹿児島にかけては雨が多い地域なんよ。特に夏場」
展望台の付近には、鯨の尾ひれのオブジェが『歓鯨』というパネルとともに飾られている。横断歩道を渡り遊歩道を進むと、間もなく開けた場所へ出た。といっても砂浜は見当たらず、目に入るのは巨大な岩と小石、そして大海原のみである。
「おおっ……?」
地面で何か黒いものが動いたと思ったら、複数のフナムシが一斉に逃げていくところだった。
「うげっ、海ゴキや」
渚は踏み潰そうとして片足を上げた。だが見た目以上にすばしっこいそれらの動きに、まったくついていけない。
「あのな、ゴキブリとフナムシは全然ちゃうからな? ゴキは昆虫、フナムシは甲殻類で、エビとかグソクムシに近いんよ」
「えっ? エビとグソクムシって親戚なん?」
むしろそちらのほうに興味をそそられた。
「さっきの展示に『甲殻類』って書いてたやろ? とにかく無闇にぶち殺すのはいただけんわ」
大小さまざまな岩石が転がっている中、比較的平坦な場所を見つけて腰を下ろす。あまり近づくと飛沫が飛んでくるため、波打ち際までは行かれない。
楓は水平線を見つめて言った。
「やっぱそこそこ波高いな」
「どうせなら東映のオープニングぐらいになってればええんやけど」
「そんなん見てるだけで酔うやろ」
後ろに手をついた楓が体を横たえようとしたところ、半端な体勢でその動きが止まった。
「っ……!」
息を呑む姉の視線は、自身のジーンズにとまっている一匹のフナムシに注がれている。
「っ殺すぞオラァ!」
姉は悪態をつきながら手の甲で払いのける。叩き落とされたフナムシはどこへともなく姿を消した。
「あーえんがちょえんがちょ」
手を服の裾で拭いながらこぼす。
「人に寄ってくる奇行種もおるんやな」
「中でも姉貴に向かっていくとか、相当な変態やんけ」
「っ飛ばすぞオラァ!」
牛角岩、子授の岩等を見物しつつ駐車場へ向かう。
「でも四国って意外と関西弁に近いんやな」
「せやろ! ウチは徳島は初めてやけど、何年か前に香川行ったときびっくりしたわ。地続きの岡山は普通に標準語のイントネーションやのにな」
関西弁では「紙」「神」の両方を、標準語の「神」の抑揚で発音する。「箸」「橋」に至っては、「箸」を標準語の「橋」、「橋」を標準語の「箸」、とそれぞれの発音が入れ替わるということも起こる。
関西圏とほかの言語圏の人間が会話する際、このイントネーションの違いによってしばしば意思疎通に支障をきたしてしまうわけだ。関西人はテレビやラジオで日常的に標準語を耳にしているからよいものの、ほかの地方の人にとっては彼らの話す言葉の響きが相当異質に聞こえてしまう――らしい。
去年の北海道ツーリングでも、関西弁が出てしまいそうなところを標準語のイントネーションで言い直したり、いつもの抑揚で発してしまった言葉を聞き返されたりしていた。一方、まだ半日とはいえ今回の旅においては、そういったことがあまり意識に上ってこない。
渚がそれに気づいたとき、海を挟んだ四国という土地が今までよりも身近に感じられて、少し嬉しくなった。
やたらと台座の大きな中岡慎太郎像に一礼してカブに戻る。
「中岡慎太郎って、龍馬に比べると相当地味で気の毒やんな」
「同じ維新の立役者には違いないのにな……俺も『陸援隊の人』っていう認識しかないわ」
本日の予定はほぼ消化し、あとはキャンプ場へ向かうだけなのだが。
「なあ姉貴」
「店がないぜよ問題やろ?」
あろうことか、室戸岬周辺にはコンビニやスーパーの類いが見当たらなかった。いつかの苫小牧での出来事が脳裏に浮かぶ。
「スーパーまで五キロぐらいやわ」
「往復十キロやったら全然マシやん」
太平洋に沈みゆく夕陽を眺めながら、国道を北西へと走る。スーパースター室戸にて適当な弁当を買い、来た道を引き返した。
尾根を走る室戸サンセットライン入口のつづら折りを、アクセル全開で駆け上がる。といってもしょせんは原付二種ゆえ、どれだけ頑張ったところで大したスピードは出ない。
ヘアピンが終わった辺りで、渚はミラーを確認しながら言った。
「姉貴、ちょーっと寄り道するぜ」
「営利誘拐なら協力せんぞ」
「高いところから岬を撮りたいんよ」
一度キャンプ場を通過し、山頂の展望台へカブを停めた。
「おーう、全方位パノラマやん」
南側の大海原はもちろん、高知市方面や和歌山の方角も遮蔽物なしに見渡せる。
(おっ……ちゃんとあるな)
渚はそのパネルを意識してスマホを構える。青い海、展望台の先端、そしてハートマークのパネルが入るような立ち位置で、シャッターのボタンを押そうとしたのだが。
「何やこれ……恋人の聖地? けったくそ悪いなあ」
スマホの画面に楓の後ろ姿が映り込んだ。
「姉貴、ちょっとそこどいて」
ハートマークを前に毒づく姉をフレームから追い立て、シャッターを切る。
「わざわざこんなん入れんでも、もっと海に近づいて撮ればええんちゃうん?」
「まあまあ……こういうものを入れてこそ、あとから見返したとき旅の想い出がより鮮明になるやん」
それっぽいことを弁明しながら、指摘どおり海をアップにした写真も撮っておいた。




