第六日 讃岐うどん・こんぴらさん 6/6
高松市に入り、国道沿いのビジネスホテルへチェックインした。
荷物を置くなり表へ出て、適当な中華料理の店に入る。うどんともほかの名物ともまったく無縁の、いかにも町中華という趣があった。
「そういや姉貴、初日はどこ行ってきたん?」
注文を済ませ、渚は聞き忘れていたことを口にした。姉は弟が四国へ上陸する前日、ひと足先に神戸から高松へ渡っていたのだ。
「高松港着いたんが一時過ぎやったし、そんなに周れへんかったんよな。一番行きたかったうどん屋は押さえたけど」
フェリーを下りるなり、脇目も振らず宇多津にある超人気店・緒華扇を目指したという。だが到着した店ではやはりすごい数の客が列をなしていた。諦めようかとも思ったが並ぶことに決め、一時間待たされた挙句、ようやく名物の「ひや天おろし」にありつけた。
「ほら、これがそう」
姉が掲げたスマホに顔を寄せた。端正に盛られたうどんの上に立派なエビ天が二尾そびえており、野菜か何かの天ぷらと大根おろしが脇を固めている。画面越しでも漂う高級感は、二人が今日食べたうどんとはまったくの別物といってもよかった。
「めっちゃ豪勢やん! つーかなんで今日そこに連れてってくれんかったんよ」
「いや、だってな――」
顔にも声にも不満をみなぎらせる渚に、楓は視線を宙にさまよわせたまま答えた。
こんぴらさんからは結構な距離があり、参拝後に向かうとすでに売り切れている可能性がある。本来の人気の高さと連休中だということが相まって、待ち時間がどれほどになるか読めない。天ぷらはボリュームがあるため連食には不向き。
「そんなとこやろか。ほんまやったら名店の集まる丸亀や坂出、善通寺あたりも行きたかったんやけど、スケジュールと待ち時間がなあ……」
「んー、そういうことね……」
腑に落ちないところはあるものの、姉の理屈は一応通っている。
「それで、味はどうやったん?」
「……」
楓は満面の笑みをたたえたまま顎を突き出し、さらに親指をグッと立てた。
「クソがぁ!」
「ガハハ」
渚は小さなグラスの水を煽り、タンと机に叩きつけた。
「ほんで? うどん食ってからはどないしたん」
「ゆるぎ岩ってやつを見に行ったんよ」
「ゆるぎ岩?」
またも姉のスマホをのぞく。
「緒華扇のすぐ近くの、ちょっとした山ん中にあるんやけどな」
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○ゆるぎ岩
宇多津町の常盤公園内に鎮座する巨石。
少々の力とコツが要るものの、長さ3.5メートル、幅1.3メートル、推定重量約10トンの岩が人力で動く。
プロ(?)は指一本でも動かせるとか。
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楓は動画を再生した。
『ハイッ! では本日皆さんにご紹介するのは、こちらのゆるぎ岩! 今から実際にこの場で、動かしてみたいと思いまーす!』
画面の中の姉は、やけにキンキンしたハイトーンでカメラに向かって口上を切っている。スマホをどこかに立てかけたらしい楓は、後方へ下がり巨大な岩に手を掛けた。
『では皆さん、とくとご覧あれ! ……んっ、ほっ、ぐうっ……あれ? こうか?』
動かせるにしても当然力をかけるポイントは限られているのだろう、それを探して楓は悪戦苦闘している。
『おっ、来た! ちょっとだけ……わずかですが! 揺れてます! お分かりでしょうか、揺れております!』
渚は目を細めて画面を凝視した。一定の周期で岩の輪郭が微妙にブレる。なるほど、確かに揺れている。
両手で岩の端を摑んでいた楓は、そのうち片手を離した。だがそれでもなお、岩は小さく揺れ続けている。
『はい、というわけでこちらのゆるぎ岩! なんと今ならたったの、50億万ペリカでご提供します!』
「売りもんなんかい……50億万ペリカって5億万円やっけ?」
それ以前に「億万」という単位が謎なわけだが。
『さらに、某国で核のボタンが押されてから三十分以内にご注文いただいた方のみ、送料は無料とさせていただきます! 送・料・無・料にてご自宅までお届けいたします!』
そうまくし立てたところでカメラに姉の手が伸びてきて、映像は途切れた。
「シェルター代わりに使えってこと?」
眉をひそめた渚自身の顔が、暗転した画面に一瞬映る。
「どやった? 巨石が欲しいけど石舞台古墳には手ぇ届かん、みたいな中流層をターゲットにしてみたんやけど」
「……アホやなあ」
しみじみと呟いたところで、注文した天津飯と麻婆丼が運ばれてきた。
店を出て宿近くのコンビニ内をウロウロしていると、ラインの着信を知らせる音が響いた。
(もしかして……!)
通知を確認してみたところ、予感のとおり真理からだった。
(この場で見るんはさすがに……いやでも、部屋に戻ってからやったら姉貴が……!)
逡巡の末、周りに客がいないことを確認してそっとラインを開く。
『若葉くんお疲れさま!
返信できてなくてごめんなさい
でも旅先のいろんな写真送ってくれてありがとう!』
『実は昨日、経済学部の杉並くんと付き合うことになったので、一応報告しておきます
若葉くんも旅行楽しんでください
事故には気をつけてね! また大学で』
シンプルな絵文字がちりばめられた数行のメッセージを、渚は目を皿のようにして読んだ。
何度も繰り返し読んだ。
彼女の暖かみと人柄の良さが、この短い文章からも伝わってくる。
しかしその内容は、渚が最も聞きたくないものであった。
「渚! ……なあ渚!」
「うおわっ! 何やねん」
「何やねんちゃうやろ。買い物せんでええん?」
楓は食料が入っているのであろうマイバッグを揺らしてみせる。
「ああ……買うてくるわ」
適当なパンをひとつ摑んでレジへ向かった。
「とうとう明日で終いかー」
部屋に戻った楓は、名残惜しそうにそう呟いた。だが唐揚げをおかずにスティックパンをもしゃもしゃ頬張っていて、発言と行動がマッチしていない。
「なあ、アンタはどこが良かった?」
「んー……?」
渚はベッドにうつ伏せになったままで生返事を発した。今までの真理とのラインをさかのぼって確認している。思い返せば、二人の関係性は出逢った頃からほとんど変化しておらず、進展しそうな気配すらなかった。「同じ講義を受けている友人」というポジションにずっと留まり続けていたのだから、振られたのも当然の帰結なのかもしれない。
(いや、これは振られてすらないわな……)
心のどこかではこうなることを予見していたのだろう。残念な気持ちはもちろんあるが、泣くほどではない。
とはいえ失恋したのは事実であり、今すぐ気持ちをツーリングモードに修正するのも難しかった。
「……あかんかったんか?」
買ったパンにも手をつけず放心している弟を見て、楓は神妙な声で尋ねる。
「……まあな」
姉は腕を組み、唇を結んだまま鼻から息を吐いた。
「そうか……今から城東町でも行って来たら?」
「ジョートーチョー? 何なんそれ?」
「あ、いや別に……せや、明日もうどん食お! うどん県たるもの、嬉しい時も悲しい時も健やかなる時も病める時も、女に振られたうえいつの間にか闇金の保証人にされてて、自宅の権利書が中二の頃に書きためてた作詞ノート(ただし作曲はできない)にすり替わってた時もうどんやぞ」
「どういう状況やそれ……。じゃあ小麦アレルギーの旅人が行き倒れて死にそうになってる時は?」
「米粉うどんに決まっとるやろ」




