第六日 讃岐うどん・こんぴらさん 5/6
一段目に足を掛けてから一時間半、ようやく1,368段を踏破した二人は、奥社である厳魂神社を参拝した。
「おお……ええ眺めやん」
「ここで標高421メートルやて」
眼下に広がる讃岐平野から視線を戻すと、周りの人々が逆側へ注目しているのに気づいた。切り立った岩肌を見上げ、皆スマホを向けている。
面のようなものが二つ、岩から生えたように並んでいた。右が天狗、左が烏天狗らしい。
「ここを開いた教祖みたいな坊さんが、死ぬとき天狗に姿を変えたんやて」
「強風で飛ばされたブラジャーがあの鼻んとこ引っ掛かってたら面白いんやけどな」
「あの上で遊んでた猿が落っこちて直腸に刺さったりな」
下世話なことを言い合いながら、上がった息が落ち着くのを待った。
「そろそろ行こか」
奥社までたどり着けた安堵とともに帰路に着く。
「しかし姉貴、人見知り治っとるよな」
「あん?」
「北海道のときは、俺がほかの旅人や現地の人と話して、姉貴が横で相槌打ってるみたいなこと多かったやん」
「せやな、やっぱ毎日野郎どもに交じって働いとるせいかも」
確かにここ数日、今までの姉からは一切感じられなかった「体育会系」という雰囲気がしばしば顔をのぞかせる。一年経らずの間に、姉は大きな変貌を遂げた。
「しっかしアンタの肛門のだらしなさは相変わらずやな。昨日もあんな決壊寸前で」
「それは……ほら、ギリギリじゃないと俺ダメなんだよ」
「……」
「おねがい、さむい目で見つめんとって」
「シマリがないとまたみんなにコソコソ笑われるぞアンタ」
「大丈夫、俺の場合は。」
実際全力で締めていたからこそ、昨日は事なきを得られたのだ。
楓は声を抑えて言った。
「つーか岡山県民も結構ここ来てそうやん? 聞こえたらシバかれるで」
「え? B'zって岡山出身なん?」
「稲葉さんは岡山の津山とかいうとこの出やな。松本は大阪やけど」
「ほーん。機会があったら、愛のままにわがままに熱き岡山の果てまでツーリングしよか」
「路肩に愛のバクダン落っことすのだけは勘弁な」
未だ賑わっている御本宮をスルーし、なおも石段を降り続ける。
「こんなとこに馬おったんやな」
御本宮から少し下ったところに、登りの際は気づかなかった厩があった。その前には人垣ができており近づけなかったが、遠目に毛並みの白い馬が見えた。
「ただの馬ちゃう、神馬やで」
「普段のウチよりええもん食ってそう」
あの兄さんの言葉どおり、二人が駐車場に戻ったときには三時間以上が経過していた。
「あー疲れた、宿行こか」
「姉貴、ちょっと寄りたいとこあるんやけど」
再び32号を走り、二人は郊外のとある公園にカブを停めた。
「何やこれ……」
そう、ここはヤドン公園。うどん県こと香川のアンバサダーになっているヤドンをこれでもかとフィーチャーしたスポットだ。ヤドンをはじめとしたポケモンのオブジェが並び、自販機やマンホールもポケモン仕様になっている。
「しかし……広いわりに遊具は少ないな」
「でも最近の公園ってこんな感じやろ」
敷地の中央は小高い丘状になっているが、遊具らしい遊具は滑り台のみ。かつての定番であったところのブランコ、シーソー、ジャングルジムといったものは見当たらない。
「危ないとか言うて片っ端から撤去しよるけど、幼少期の危ない経験ってある程度必要やと思うんやけどな」
「確かにそうかもな……」
姉の指摘を頭の中で検討する。なるほど、どういったことをどの程度やらかせば痛い目に遭うのか、身をもって知っておくことは重要だ。
「お、これもなんか見覚えあるわ」
楓は看板に描かれた複数のポケモンのうち、一体を指差した。
「ああ、ヤドキングな。CV浜田やで」
「そもそもなんでヤドンなん?」
「うむ。『うどん』と『ヤドン』の響きが似てる、香川の名産であるところの和三盆とヤドンのしっぽが甘いという共通点、毎年のように水不足に悩まされる香川と『ヤドンがあくびをすると雨が降る』という言い伝えの親和性、らしいわ」
「……」
「……」
「……こじつけでは?」
「しーっ」
弟に宥められた姉は、苦笑を浮かべ口を結ぶ。ここも人で賑わっていたので、敷地を囲う低い柵に並んで腰を下ろした。
手前の道の駅「滝宮」で買った「さぬきうどんアイス」をリュックから取り出す。蓋を開けるとうどんダシの香りが広がった。
「ほう、こういう感じか」
「ええ具合に溶けとるわ」
紙のカップの円周部分がクリーム状になっている。そこへ木のスプーンを入れた渚は、安堵と軽い落胆が混じった声をこぼした。
「さすがにうどん自体が入っとるわけちゃうんやな」
「いや、入っとるで」
「えっ? ああ、これか」
アイスの表面を注視すると、確かに麺の切れっ端が顔を出していた。その麺ごとスプーンですくい、口へ含む。
ダシの旨み濃厚なアイスが舌の上でさらさらと溶けていく一方、うどんはその場に留まっているため徐々に存在感が増してくる。そこで初めて歯を使ってみると、やはり紛れもないうどんだと実感させられた。
「うーん……」
「なるほど……」
二人揃って無表情になる。
「こういうケースは三日前にもあったよな」
これも決してまずいわけではない。ただ「別々で食べたらもっと美味しいのに」ともったいなく感じるだけだ。
ゆっくりと口へ運びながら、改めてヤドン公園を見渡す。
「しかしこれ……ここだけ異世界とリンクしてるみたいやな」
「わかる」
周囲は何の変哲もない住宅地であるため、ことさらこの公園の異質さが際立つ。もしもほかの人間がいなかったら、さらにその違和感も強まっていただろう。
楓は暮れ始めた空を見上げ、懐古と呆れが混ざったような口調で呟いた。
「昔はアホみたいにポケモンやってたよな……」
「ほんまに。もうちょい有意義なことしとけばよかったわ」
(……いやいや、こうしてツーリングしてるんは有意義なんやろか……?)
そう思ったが、考えたところで意味がないと気づき渚は頭を振る。
「インパクトはすごかったわ」
「せやな」
なおも人が多かったので遠巻きに写真を撮り、その場をあとにした。
B'z好きな人ごめんなさい。




