第六日 讃岐うどん・こんぴらさん 4/6
案内された小さなテーブルに着き、メニューを眺める。前の二か店とは異なり、注文すれば席までうどんを持ってきてくれる形態だ。
「ここは大と小しかないんやな」
「これから運動するけど食いすぎたら気持ち悪うなりそうやし……悩みどこやわ」
少し迷ったものの、ともにしょうゆうどんの小を注文する。うどんに先んじて大根とおろし金が運ばれてきた。
「えっ……」
改めて目にする大根の塊は、やはり一人分とは思えない大きさだ。戸惑いを隠せない渚に、楓が含み笑いをしつつ「こういうもんなんよ」と声をかける。
「とりあえずおろすか……」
眺めていてもしようがないので、大根を右手に、おろし金を左手に持ち、シャリシャリシャリシャリとおろし始めた。
「こんなでかいやつ、全部おろしたらどうなんの……?」
「さあ……」
楓は生返事をしつつ周りのテーブルを窺う。
「ほどほどのところで残してる人多いな」
「俺らはどうする?」
「んー、全部食うしか……」
やはり残すのには抵抗がある。野菜を摂取できる良い機会であるのは確かだ。
だが一番の理由は別のところにあった。食べ残しに関して、若葉家はやたらと厳しいのだ。普段の食事からしてそうであるのに、店で出されたものならなおさら無駄にすることはできない。
「ウチもたまーに飯を残すけど、結構な罪悪感引きずるんよな……」
「ほな全部おろすか」
『大根をがんばってがんばっておろしてね』というメニューの文言に目を走らせる。一度止めた作業を再開した途端にうどんがやって来て、渚は口元を綻ばせた。
「おお、うどんは普通に美味そう」
「大根おろしは美味そうちゃうんか……?」
しょうゆうどんであるためダシは入っておらず、艶やかなうどんが緩く巻くように盛られている。すだちだろうか、柑橘類の輪切りが麺の上にちょこんと載っていた。
おろした大根をうどんに投入、卓上のネギを載せすだちを搾り、最後に特製のしょうゆを回しかければ、元祖しょうゆうどんの出来あがりだ。
「「いただきます」」
甘みのあるしょうゆがコシの強い太麺に絡まり、口の中で弾む。大根おろしの辛みと相まって、鮮やかな喉ごしを味わえた。
「うっま」
「けど大根めっちゃ余るやん」
すでにうどんには十分な量のおろしがかかっているが、大根の塊はまだ半分近く残っている。
「余らせへんように頑張ろ」
一度箸を置いた楓を見て、渚もおろし金を手に取る。無心でおろし続けいい加減腕がダルくなった頃、二人の器にはうどんが見えなくなるほどのおろしが盛られていた。
しょうゆをかけつつみぞれ状のそれを口へ運ぶ。
「大根おろしばっかこんなに食べるん生まれて初めてちゃうか」
しばらく言葉少なに食べ進めていたが、やがて姉は口元を手で覆い、目を潤ませてのけ反った。
「辛い……」
「からいんかつらいんかどっちやねん」
「……両方」
数分後、なんとかおろしを片づけた二人は、底に埋もれていたうどんを口直しにいただいた。
結局、食べる時間の倍以上をおろす作業に費やしていたように思える。
「残ってた大根は丸のままかじれば早かったんちゃう?」
「それはそれでなあ……」
大根おろしのうどん添えを腹に収めた二人は、金刀比羅宮へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
○金刀比羅宮
古くから「こんぴらさん」の名で親しまれている、琴平町に位置する神社。
海上交通安全をはじめ、商売繁盛・病気平癒などのご利益もある。
本宮まで785段、奥社まで1,368段にも及ぶ長い石段が有名。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
駐車場の一角へカブを停め、渚はみぞおちの辺りへ手を遣った。
「結構腹に来たわ」
ひと玉ずつしか食べていないとはいえ、三か店の連食と大根で思っていた以上の胃の容量が占められている。
「ゆっくり行こ。お参りしたあとは宿へ移動するだけなんやろ?」
楓は脚の屈伸運動を始めた。長ーい石段を登るのだ、それぐらいのウォームアップは必要だろう。
渚もアキレス腱を伸ばしていると、横から声をかけられた。
「お二人さん、今から?」
そこには、大柄なお兄さんがにこやかな笑みをたたえて立っていた。黒い服の肩や肘、膝といったところが不自然に角張っている。腰に提げられた革のレッグバッグからは、使い込まれた色と風合いがにじみ出ていた。
いかにもバイク乗りといったその人物に、楓がより速く反応した。
「はい、そうなんです」
「かなり混んでたよ……覚悟して登ったほうがいい」
「時間どのぐらいかかりましたか?」
渚も横から会話に加わる。
「奥宮まで行ったんだけど、なんやかんやで三時間半かな」
「「三時間半……」」
思わず顔を見合わせた。
「まあのんびり行きますよ」
「そうかい? じゃあ、お気をつけて」
「お気をつけて」
「失礼します」
少し行くと、道の先が石段になっているのが分かった。
「おおう、こっからか」
二人して参道の起点に立ち、一歩目を踏み出す。二十段ほどで登ったところで平地になった。その先にはまた短い階段が続いている。
「階段と平地が交互に続くんか」
「なんか思ってたんとちゃうな……」
道幅が狭くなり、その分人の密度が上がった。混雑具合に応じて歩く速度も鈍る中、楓がやさぐれた声で呟く。
「もしウチがオフ車乗っとったら、ウィリーでこいつら全員轢いて登るんやけどな」
「BGMはオフスプリングの『ヤーヤーヤーヤーヤー!』やろ」
『しあわせさん、こんぴらさん』という黄色い看板の下がった鳥居をくぐり、大門までやって来た。
「こっからが境内なんかな?」
「でもまだ三百ちょっとやで……」
蹴込みの部分にところどころ段数が表示されているため、数える手間はかからない。だが参道は相変わらず登る人波と降りる人波でごった返していた。
「うーん、帰りたい」
「……せやな」
ここをプランに組み込んだ渚も同意せざるをえなかった。だがしかし、ここで引き返しては今まで人混みに耐え登ってきた苦労も水泡と化す。
斜め下へ視線を落としたまま黙々と石段を登り続けた末、ようやく御本宮へたどり着いた。二人とも賽銭の列を目にするなり並ぶのを諦め、後方の適当な場所で二礼二拍手一礼を済ませる。
「さて、さすがにこっからは人も少なくなるやろ」
これでようやく解放される、とばかりに楓は声を弾ませる。
「やっぱ行くんやな」
「もち。つーかここまで来て帰るとか、もったいなくてできんわ」
奥社まで行くとなると、道のりはまだ半分といったところだ。太ももの筋肉が疲労を訴えていたが、人混みが減った分気持ちは楽になった。




