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第六日 讃岐うどん・こんぴらさん 3/6


 食器を返した二人は、そこから少し北上し377号へ入った。そして32号に乗り換え、さらに県道へ折れる。

「この辺りやんな?」

「そのはずやけど……店の場所が分かりにくいことで有名らしいわ」

 周囲を見回しても、目に入るのは単線の線路と農耕地、そしてまばらな民家のみ。

「おっ」

 そのとき、脇道から県外ナンバーの車が出てくるのに気づいた。

「あの奥ちゃうか?」

 坂になっているその道を上っていくと、竹やぶを背負うようにして建っている古風な建物が見えてきた。長く雨風に晒され傷んだ看板に、小さく『やまなか』と記されている。

「うわあ、ボロ――趣があるな」

 建物の古さに反してその前にはやはり行列ができており、店内の賑わいも漏れ聞こえてくる。

「ここは『ひやあつ』で有名なんよ。前の二文字が麺の状態、後ろがダシの状態を指すから、冷たいうどんと熱いダシの組み合わせになるわけやな」

 列に並ぶと、楓がまた得意げに解説し始めた。

「姉貴ってそんなにうどん好きやっけ? そば派ちゃうの?」

「基本的にはそうなんやけど、讃岐うどんは例外なんよ。そばと同じかそれ以上に好き」

「ほーん」

 ここもさっきの店とだいたい同じシステムのようだ。二人とも「ひやあつ」の小を注文し、簡素な椅子に腰を下ろす。

 ダシから引き上げたうどんを啜ってみたところ、確かに芯が冷たく引き締まっていた。

「うーん……シロノワール的な?」

「言いたいことは分からんでもないけど……そのたとえはどうなんやろ」

「けどええ感じにぬるくなるし、猫舌でも食べやすいな」

 これも美味かったが、やはり五、六回啜るとなくなってしまった。

 また物足りなさを覚えつつ店を出ると、楓はカブとは別の方向へ早足で歩きだした。

「何や、野糞か」

「アンタと一緒にすんなや! これ見るん忘れとったんよ」

 店の建物に隣接している、東屋のような簡素な物置。そこには、大量の薪がうずたかく積み上げられていた。

「閉店後の駐車場でキャンプファイヤーでもするんか?」

「いや、うどんテロリストに店を占拠されたときにこれで店ごと燃やして、テロリストもろとも秘伝のうどんを封印するとか」

 実際には、うどんを茹でる大釜をこの薪で沸かしているらしい。火加減が難しいものの、強い火力で茹でることによって独特のコシが生まれるとのこと。

 蜂の巣の断面のように隙間なく積まれた薪をカメラに収め、カブに跨がった。


「ここまではかけ(・・)やったけど、あれは前座やからな。讃岐うどんの真髄はぶっかけ(・・・・)やしょうゆ(・・・・)にあるんよ」

「※あくまで若葉楓の個人的な見解であり、かけうどんおよびそれを好む人々を否定しようという意図はありません――つまり冷たいうどんってこと? ぶっかけとしょうゆの違いは何なん?」

「しょうゆは文字通りしょうゆを、ぶっかけは濃いめのつゆをかけるんよ。だからぶっかけはある程度うどんが浸るぐらいになっとる。もしぶっかけの要領でしょうゆをかけてまうと、しょっぱすぎて食えたもんやないからな。小泉孝太郎みたいになる」

「どういうこと? 『毎日でもうどんを食べたいということは、毎日でも食べているというわけではないです』みたいな?」

「それは進次郎」

 湯気を摑むような会話をしているうちに「阿笠家」に着いた。横に長い巨大な看板には「元祖しょうゆうどん」と銘打たれている。広い駐車場は車でぎっちりだ。

「ここも人気店なんやな」

「うどん屋兼大根屋やからな」

「は?」

 速やかにカブを停め、また最後尾につく。自分の前に並んでいる後ろ頭の数を数えながら、渚は感慨深げにこぼした。

「しっかし讃岐うどんほどハシゴすんのに適した飯ないよな」

「ふふふ、せやろ? まず単価がべらぼうに安い。一般的なうどんの半値で食える店も多いしな。それにトッピングなしで小とか中やったら一日五軒十軒回れる。でも大と天ぷらを頼んでその店だけで済ませるっつーのもできる、選択肢の多さも魅力やわ。今はゴールデンウィークやからアレやけど、普段は超人気店以外はそこまで並ばんでええしな。実際讃岐うどんのおかげもあって、香川県は国内旅行先満足度一位を獲得しとるんやで」

 楓は腕を組み、にんまりと笑って顎を持ち上げた。なぜ一介の旅行者に過ぎないこいつが、これほどまでにドヤ顔でうどんを語れるのか。

 渚は対照的なしかめっ面で尋ねる。

「姉貴は最高で何軒回ったん?」

「前に一日で七、八軒行って延べ十玉食ったことあるわ」

「鼻からうどん出そう」

「それとは別の日やけど、食ってる途中にくしゃみしたら出たことあるで」


 やがて列が進み、店内へと通された。

「何やねんあれ……」

 席を埋め尽くす客が一様に白い塊《かたまり》を手に、俯いて作業に没頭している。その光景にしばし呆気《あっけ》にとられていたが、渚はじきに状況を把握した。

「……あれ全部大根なん?」

「だから言うたやん、うどん屋兼大根屋って」

 そう、ここの看板メニューは「大根おろしで食べるしょうゆうどん」なのだ。ただその大根おろしは、客が自分で大根をおろして作るという方式になっている。

 そこまではいいのだが、問題はその大根のボリュームだった。一人につき、一般的なサイズの大根の四分の一ほどが供されている模様。ともすればメインであるはずのうどんよりも多そうなその大根を、テーブルに着いた客たちが一心におろし金ですっていた。


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