第六日 讃岐うどん・こんぴらさん 2/6
「せや! やっと分かった」
11号を東へ向かい、新居浜市へ入ったあたりで楓は唐突に叫んだ。
「ようやく気づいたか? サザエさんのメインキャラって全員海に関連したネーミングなんやで」
「アホか! さっきの徳さんの言葉に『旅先で出逢った人たちにいろんな話をしたげて』みたいなんあったやろ?」
「ああ、去年フェリーの中で酔い止めくれた兄さんも似たようなこと言うてたな」
「それよ! どこで聞いたか今まで考えとったんよ。ウチらももっと経験値稼いだら、逆に人を助けたりアドバイスしたりする側になるんやろか」
北海道のときと同様、この旅でも様々なトラブルに見舞われ、精神的に動揺することも少なくなかった。だが経験を積むことで、徳さんのレベルまでは届かずとも、徐々にベテランの旅人へ近づけるかもしれない。
「いや、それよりもやな……」
徳さんとの別れでうやむやになっていた姉の発言を思い出す。
「『これからちょっとずつ日本一周する』とかほざいてなかった? あれどういうこと?」
「あら、お気に召さへん? いっぺんに周るか?」
「そういう意味ちゃうわ」
「いやな、今回四国一周やろ? 夏には北海道もういっぺん行くやろ? 四国と北海道で日本の国土面積38万平米の四分の一強になるんよ。つまり一年で四分の一、四年で日本一周達成っつう具合や」
「……何言ってんだこいつ」
どんぶり勘定も度が過ぎている。前回の北海道が十一日間、今回が七日間の日程だが、二人揃ってそれだけの休みが毎年とれるはずもないだろう。
渚はまだゼミも就活も始まっていないが、三年になれば今より忙しくなっていることは想像にかたくない。姉とて再び正社員になれば、そうそう休んでもいられないはずだ。
「あ、もうガスないわ。そこ入って」
オレンジ色のセルフスタンドへ寄って給油する。引き続き11号を淡々と走り、鼻をつく匂いが漂う工場地帯を抜けた。
九時を回った頃、とうとう最後の県である香川へと踏み込んだ。
「こいつに讃岐うどんを食わしてやりたいんですがかまいませんね!!」
「誰に訊いとんねん……」
海風の中に叫ぶ姉に、渚は脱力してツッコミを入れた。
これからうどん巡りと洒落込むわけであるが、平時ならともかく、ハイシーズンの今では出遅れたと言わざるをえない。讃岐うどんは朝が勝負なのだ。
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○讃岐うどん
弘法大師こと空海が唐に渡ったとき学んだ製法を、帰国後ふるさとの香川で広めたのがうどんの発祥だとされている。
香川県には五百から六百ほどのうどん店があり、県内に限ればコンビニの数よりも多い。
大阪のうどんはダシが命、といわれるのに対し、讃岐うどんは麺に重きを置いている店が多い。
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それから間もなく、「うどん」というダイナミックな字体の看板が見えてきた。
本日の一軒目、土戸うどんだ。看板の側面には「燧のいりこは日本一」とある。
「姉貴、ヒウチって何?」
「燧灘やろ、香川と愛媛と広島の間らへんの海域よ……ああ、やっぱ並んどるな」
店の前に十数名の列ができていた。
「どうするん?」
「当然待つ。うどんは回転早いからな」
今回の旅のプランニングは基本的に渚が行っているが、うどん巡りだけは譲れん、と姉はスポット的にその役目を買って出ていた。
自称うどん通の言葉に従って最後尾につき、燧灘を眺める。対岸の広島は見えないものの、青い海は五月の太陽を穏やかに反射していた。
「アンタは讃岐うどん初めてやっけ?」
「はなまるとか丸亀を除けば初めてやな。数分前まで香川の土を踏んだこともなかったし」
「ほーん」
姉は二、三回来たことがあるらしい。今回も利用した神戸-高松間のフェリーに乗るのが、うどん巡りをするのに都合がよいとか。
列が進み間もなく店の中へ入れたのだが、見慣れない光景に渚はたじろいだ。讃岐うどんはセルフ式の店のほうがメジャーだと聞いていたが、どうやらこういうもののようだ。
手前には麺を温めるためのお湯の沸いた角ばった機械、そしてダシのサーバーに薬味、奥のテーブルの上には様々な揚げ物が無造作に並べられている。
「おお……」
それらの視覚情報およびその場を包む熱気と湿気に圧倒されているうちに、二人の番が回ってきた。
「かけの小お願いします」
「あ、僕も同じので」
先行する楓に便乗して注文を済ませた。うどんを受け取り、ネギと天かすを載せサーバーからダシを注ぎ、空いている席へと慎重に運ぶ。
透んだ黄金色のダシに、太く武骨な麺。
これが本場の讃岐うどんか。
スマホを取り出し、湯気の立ち上るそれを写す。
「こういうのでいいんだよこういうので」
「『で』やなくて『が』やろ」
指摘する楓はすでにズルズルと麺を啜っている。渚も急き立てられるように割り箸を手にした。
「おお、やっぱ歯ごたえがすごいな」
「コシな。単に硬いわけちゃうんよ」
麺が歯を押し返すような豊かな弾力を感じるが、顎に力を入れるとちょうどいいところでプッツリと切れる。
「しかし太いなこれ」
その太さとコシによって、麺単体でも口の中で強力に自己主張していた。
「ここは特に太いんやて。店によっては普通のうどんより細いとこもあるし」
「ほーん」
周りをはばかることなくズバズバと啜り上げ、もっきゅもっきゅと噛み締めた。いりこのダシをまとったうどんが歯の間で躍る。
「あれ、もうなくなってもた」
太さがある分、麺の本数が少なくなっているようだ。これなら中を注文しておくべきだったか?
「まあ物足りんぐらいでちょうどええやろ。あと二軒回ったうえで体動かすんやから」
「しかし昨日食ったうどんとはまったく別物やな」




