第一日 徳島・室戸岬 3/6
阿南を抜けた二人は日和佐市街を過ぎ南阿波サンラインへと入った。楓の指摘どおり、今回は海沿いの道を中心にツーリングコースを計画している。だがそれは、必ずしも山岳路を推す姉に対する当てつけのためだけではなかった。
道端の看板によると、250cc以上のバイクは夜間通行禁止らしい。
「こんな田舎……やない、風光明媚なとこでも珍走おるんやな」
後ろから追いついてきたバイクや車に道を譲りつつ、タイトなワインディングを行く。大荷物を積んでいるため軽快なコーナリングというには程遠いものだったが、それなりに走りを楽しめた。
途中に設けられた展望台で休憩したのち、再び55号へ合流した。
「今日はキャンプなんやっけ?」
「せやな。季節的にもええやろうし、なるべくキャンプで金を浮かせたい」
道の駅「宍喰温泉」へ立ち寄る。
目的はここに隣接した日帰り温泉なのだが、その建物がどうも温泉らしくない。四階か五階建ての大きなホテルの中に温泉があるようだが、左右対称の立派な建物は心なしか近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
入浴セットを携えた二人は、気後れしつつも内部へ踏み込んだ。
(なんじゃこら……)
大浴場は外観よりもさらに豪勢なものだった。窓に面した浴槽は目を疑うほどの大きさだ。短辺は数メートルだが、長辺が二十五メートルプールより明らかに長い。これほど広い風呂は、テレビや雑誌でも見たことがないように思う。大きな窓の向こうには青い海原が広がり、並々ならぬ開放感だ。
唖然としながらも歩を進め、片足が湯に浸かったところではたと気づいた。まだ体を洗っていない。先客のおっちゃんが訝しげな視線を向けている。渚は目を伏せたまま会釈をして洗い場へ向かった。
「めっっっちゃでかかったな」
女湯から戻ってきた楓は、ロビーの椅子に掛けていた渚の隣に腰を下ろすなり、興奮冷めやらぬといった調子で言った。
「おう、人少なかったら泳いでたとこやわ」
さすがにそこまではしていないが、湯船の縁を端から端まで無意味に歩いてみた。
「ウチは端まで行かれへんかったわ、異世界に迷い込みそうで。もしかしたら蜃気楼かもしれへんし」
温まったところに服を着込んだことで、早くも汗をかき始めている。走行風で体をクールダウンさせるためにも、急ぎ足でカブへ戻った。
「姉貴はDMVって知っとる?」
「DMV? あれやろ、今期最注目のアニメ『ドメスティックだけどマゾだからバイオレンスじゃないもん!』の略よな」
「猟奇的な匂いしかせえへんやん……」
だがとんでもなく興味を惹かれるタイトルである。
「ほんまは何やっけ……デュアルモードビークル? 線路と道路両方走れるやつやろ」
「クソ、知ってたか」
「初歩的なことだよ、なぎソン君」
無駄に誇らしげな楓の顔がバックミラーに映る。
「今からそれを見に……あわよくば乗りに行くんよ」
「チケットの予約はしとるん?」
「いや、そもそも現地に着く時間が分からんし予約は無理やん」
高知県に入り、甲浦駅に向かった。ここはDMVのモードチェンジを見学できる数少ないスポットとなっている。案の定、乗車券はすでに売り切れていたので、見るだけ見ていこうという話になった。
「この駅はもう使われてへん……のやろか?」
ホームに至る通路は厳重に封鎖されている。とりあえずはDMVとやらが現れるまで待機だ。
「このDMVって世界初らしいな」
「え、マジで? なんでそんなハイテクがこんな僻地に?」
さらっと名誉毀損する楓を咎めようかと思ったが、渚とて同感だったのでそこには触れなかった。
「さあ……でも実際、導入コストがクソ高かったり、車両の不具合が多発したり、定員が少なくて席の予約が煩雑やったりと問題山積みらしいわ」
「じゃあ『他国に先駆けて』というよりは、『採算がとれそうになくて誰もやらんかったことを、話題性のために無理に導入しました』みたいなこと?」
「おおかたそんなとこやろな。そもそも下手に金かけて新しいもん導入するより、その分バス増やしたほうがずっと輸送効率高いやろ。常識的に考えて」
「相変わらず行政はロクなことせえへんな! ウチらが払った税金も一部ここに注ぎ込まれとるやろうに!」
「無様ね」
論客気取りで一連の問題をぶった斬っていると、線路の向こうから件のDMVが姿を現した。
姉弟は同時に冷めた視線を投げる。ほんの数分前まで「まだ見ぬ未来の乗り物がやって来る!」と輝いていたはずの二人の瞳からは、今やハイライトが消え失せていた。
ホームの前で停止し、鉄道モードからバスモードへとトランスフォームするDMV。とはいえ線路用の車輪を格納し、車高が低くなるだけなのだが。
二人が大した感慨もなくそれを眺めているうちに、バスモードへ移行したDMVは静かに走り去ってしまった。
「……戻るか」
重い足取りで駐車場へと歩きつつ、楓は沈んだ声で言った。
「なんかウチら……歳とってもたよな」
「おん?」
「たとえ赤字を垂れ流そうが、地元民から叩かれようが……あのDMVが未来的な乗り物やという点は変わらんはずやのに」
「っ……」
姉の言わんとすることが瞬時に理解できた。
もしも我々が小学生だったら、諸々の大人の事情など意に介することなく、DMVに歓喜し、興奮し、声援を送ることすらしただろう。
だが今となっては、そのようなことは到底できない。目の前にある「これ」の意義は? 歴史は? 利便性は? 経済効率は? 頭は勝手に余計なことを考え、無意識のうちにソロバンを弾いてしまう。
見知らぬ土地に出向き、現地の風景や名所を観て、聴いて、感じて――旅とは本来それで十分ではないのか。
「なんか、DMVに悪いことしてもたな」
批判したいのであれば、この地に導入することを決めた自治体や国にその責を問うべきであって、DMVを開発・製造したメーカーまで貶すのはお門違いだ。きっと彼らは、便利で画期的な乗り物を創りたいという志を胸に、汗を流してきたことだろう。十数秒という短時間で鉄道モードとバスモードを切り替え、線路も車道も安全に走行できるテクノロジー。それを実用化するまでの道のりが平坦なものでないことは、素人の我々にも想像できる。
「確かに手放しで楽しめる場所ではなかったけど……その代わりにいろんな発見があったわ」
「ウチも。なんか視野が広がった」




