第五日 松山・石鎚山 6/8
身を屈めて揺らめく炎を見守っていると、徳光さんが口を開いた。
「君ら椅子持ってないの?」
「ああ、持ってます持ってます」
座面のみの粗末な折りたたみ椅子を、荷物から取り出して広げる。
「さて、そろそろごはんにしますか」
「ですね」
そう返事をしたものの、二人が持っているのはスーパーの弁当と、非常食を兼ねた少量の菓子だけだ。テントから引っ張り出した二人分の弁当を見て、徳光さんは少し考えてから言った。
「みんなのごはん集めてチャーハンにしよっか」
「「えっ?」」
姉弟は同時に首を前に伸ばした。
「チャーハン好き?」
「ええ、まあ好きですけど……」
「そりゃ良かった」
徳光さんはナイフを手に、小さなまな板の上で市販のソーセージをスパスパと切りだした。点火したバーナーにコッヘルを掛け油を引く。そこへソーセージを投入すると、食欲を誘う香りと音が辺りに放出される。徳光さんはパックのレトルトごはんを取り出した。
「これで米も炊けるんだけどね、なかなか面倒で」
「ああ……確かに時間かかりそうですね」
二人はコッヘルの中で躍るソーセージに目を奪われていたが、徳光さんの差し出された手で我に返った。弁当の容器を手渡しごはんを献上する。
三名分のごはんがぶつ切りのソーセージとともにコッヘルの中で加熱されていき、肉の焼ける良い匂いにごはんが焦げる香ばしさが加わった。
味つけはどうするんだろう、と思っていると、徳光さんの手に中華風調味料のパッケージが握られていた。粉末のそれと小瓶の塩コショウで味を調える。
「はいお待ち」
再び弁当の容器を渡すと、ごはんが入っていたところにソーセージのチャーハンが詰められて返ってきた。
「いただきます」
「「いただきます」」
無論チャーハンを最初に口へ運ぶ。
「あふっ」
ソーセージも米も思った以上に熱く、冷たい弁当の漬けものを動員して口の中を冷ました。改めて味わってみると、火力が弱いせいか水気が多いものの、悪くない出来だ。
「旨いですね」と伝えようと顔を上げたとき、徳光さんは缶ビールを煽っていた。
「はあーっ……あ、ごめん。ビールあと一本しかないんだけど」
そう言って新たなビールを握った手をこちらへ伸ばしてくる。
「えっ……」
チャーハンをご馳走になったうえ、ビールまでいただいてしまっていいのだろうか……。だがここで遠慮するのも、それはそれで悪い気がする。
逡巡の末、渚が宙に浮いたようになったビールを受け取ろうとすると、横から伸びた楓の手がそれをさらっていった。
「すいませんどうも、ゴチになります」
カシュッという小気味良い音とともにプルトップが上がり、姉は中身を喉へ流し込んだ。缶を交互に受け渡して飲むのもどうかと思って、渚は水筒代わりにしているペットボトルの残りを飲み干し、そこへビールを注いだ。
「すいません、チャーハンに続きビールまで……」
「いやいや、これも何かの縁だからね」
(縁か……)
確かに、一期一会が前提である旅の中での出逢いが、こうしてまた繰り返された。この奇妙な巡り合わせは、まさしく縁といえるだろう。
そこで、楓がまた自分の焼き鮭弁当の容器を差し出した。
「お返しといってはアレなんですけど、お好きなものどうぞ」
渚も対価として自分の鯖味噌弁当を献上するべきかと考えてはいたが、値引シールの付いた凡庸な弁当を勧めるのもどうかと思い実行には移さなかった。だが楓がこうして弁当を差し出した今、渚もそうしないわけにはいかないだろう。
「僕のもどうぞ」
「あれまあ、これはこれは」
徳光さんは少し迷ってから、二人の焼き鮭と鯖味噌をかっさらっていった。
((えっ……?))
そちらを見るまでもなく、姉もまた困惑しているのが伝わってきた。いかにも人の好い徳光さんが、メインディッシュを丸ごと持っていくとは思わなかったのだ。
(とはいえ、ビールとソーセージだけやなく調理器具や調味料も全部向こう持ちやし、これが妥当なんやろか……?)
えもいわれぬ複雑な表情を浮かべる渚をよそに、徳光さんはチャーハンを作っていたコッヘルに鮭と鯖をぶっ込み、新たに切ったソーセージも加えた。
「あっ……」
その意図を察した渚は、思わずあからさまな安堵の表情を浮かべてしまう。
「さすがに一人で食べたりはせんよ」
ニヤリと笑った徳光さんに、渚は決まりが悪くなり頭を掻いた。
「はいできた」
チャーハンと同じように取り分けてくれる。見た目は少々アレだが、肉と魚の脂が混ざった濃厚な旨みに味噌と中華だしが溶け合っており、なかなか乙である。
「うーん、別々で食べたほうがよかったかな?」
「いや、結構いけますよ」
「こんな山奥であったかい飯が食えるだけでも、十分ありがたいです」
魚とソーセージの炒めものをおかずに、弁当のきんぴらやスパゲッティを平らげる。
日没を迎えさらに気温が下がってきているだけに、この温かさがことのほか身に沁みた。
「虫が多くなってきたかな?」
香ばしい匂いに誘われたのか、小さな羽虫がぶんぶんと周囲を飛び回っている。姉弟とも特に虫が苦手というわけではないのだが、さすがに食事中に集られるのは御免こうむりたい。
「お二人さん、悪いけど落ち葉拾ってここに焚べてくれる?」
徳光さんは焚き火台を指差した。
「え、そこにですか?」
「うん、燻して追っ払うから」
言われたとおり焚き火台に落ち葉を投入すると、狼煙のような勢いで煙が辺りに立ち込めた。
というか狼煙と大差ないのでは?
「ゲッホゲホゲホ!」
「入れすぎ入れすぎ」
喉と目へのダメージと引き換えに、虫を遠ざけることができた。




