第五日 松山・石鎚山 2/8
温泉街から少し移動し、石手寺へ到着した。
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○石手寺
四国八十八ヶ所霊場の第五十一番札所。
国宝の二王門や重文の本堂、三重塔を有する。
お遍路さんの元祖とされる衛門三郎ゆかりの寺である……のだが、珍スポットとしても名高い。
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「しかしまた、なんでいきなり寺参りなん?」
ヘルメットを脱ぐなり渚は尋ねた。ここもまた、楓のリクエストによって行程に組み込まれた場所なのだ。
「んっふふ。まあ見たら分かるわ」
含み笑いをしながら境内へと向かう楓。渚もそのあとを追うと、間もなくその理由が判明した。
仏像、仏像、七福神っぽい像、仏像、坊さんの像、仏像、仏像……。
寺なのだから仏像が飾られていること自体は自然なことだが、その数があまりに多く、さらに無節操なまでにバリエーション豊かだ。寄せ集めという言葉がしっくりくるように思えてならない。
お遍路さんが行き交い厳めしい雰囲気も漂う一方、種々雑多な仏像がサイケな空気を醸し出しており、辺りは混沌の様相を呈している。
埋め込まれた無数の小銭がキラキラ輝く巨大わらじ、テカテカに磨かれたくぐり輪や元気再生石といった見慣れない代物も並んでいた。
ひっきりなしに写真を撮りつつ境内を進んだ二人は、ぽっかり空いた洞穴の前で立ち止まった。
「ここの一番の売りはこれなんよ」
「売りって……」
マントラ洞窟。
手掘りなのだろうか、いつ造られたのかも分からないような古いトンネルである。拝観料百円を納めて内部へ踏み込んだ。
「しもた! カブに忘れてきた」
「ヘッデンか」
洞窟内部は一部照明が備えられているが、その光が届かないところは相当暗い。スマホのライトをかざしてみるものの、やはりヘッドライトと比べるとまったくルーメンが足りなかった。
真っ直ぐな洞窟内にも様々な仏像や格言めいたものを書きつけた板が点在していたが、暗さと不気味さでそれどころではない。背中に冷たい汗がにじむのが分かる。
足早に進み、先ほどから小さく見えていた正面の明かりを目指した。
「おお、出たな!」
「助かった……」
洞窟は貫通しており、抜けた先はごく普通の公道に面していた。
「さ、戻ろか」
「ああ……」
恐怖心を抑えつつ再び洞内を歩き、元の入口付近の分岐を左へ曲がる。そこには仏像に加え、精巧な絵画が飾られていた。
「何やこれ……日本画ちゃうで、油絵みたいや」
「ほんまに?」
渚もスマホをかざし絵を注視する。仏画には違いないのだが、姉の言うとおりそれらのタッチが西洋風に感じられた。
さらに奥へ進んだところ、その分岐路は別の出口へと繋がっていた。
「はあ……やっと終わった……」
「アンタにとっては精神の鍛錬にもなったか?」
新鮮な空気を吸い安堵したのも束の間、二人の意識は出口の前の建物に惹きつけられた。
らくがき堂と称するその壁には、あらゆる文字やポンチ絵がこれでもかというほどギッチリ連なっていた。
「うわあ、またけったいなもんが……」
低いところは密度が高すぎて解読できないが、上の方はそこまで手が届く人が少ないせいか、十分読みとれる。
『病気がなほります様に』
『人として苦しみに耐え正しい道を求めて歩いて行ってほしい』
『息子と孫へ 自己の研鑽に努め社会に貢献できるように祈る』
「よく見たら切実なやつが多いな」
「クッソ下世話なやつもあるけど」
しげしげと眺め回したのち帰路に着く。駐車場へ戻ったところで楓は口を開いた。
「昼はどうする予定なん?」
「当ててみ?」
「鍋焼うどん……か天ぷら」
「なんで分かったんや」
てっきり姉は鯛めしと答えると思っていたが、意外にも渚が考えていたのと同じ鍋焼うどんを真っ先に挙げた。
「鯛めしはわりと味の想像つくし、有名なだけに混みそうやし。それよか店で食う鍋焼うどんがどんなもんかっていうほうが気になるやろ?」
「……ふむ」
ほぼ渚のたどったのと同じ思考だった。見透かされているようでなんとなく面白くない。
「でも天ぷらはどっから来たん?」
「坊っちゃんに出てくるやん」
「そうやっけ?」
高校のころ一度読んだきりで、もうほとんど忘れてしまっている。
「寝床に大量のイナゴぶっ込まれてたとこだけ覚えてるわ」
少し市街地の方へ戻り、有料の駐輪場へカブを停める。
目当ての店「ヤガミ」は裏路地のような狭い通りにあった。座敷に通され、鍋焼うどんを注文する。
しばらくすると、隣のお客の元へ鍋焼うどんが運ばれてきた。
「えっ……?」
渚が思わず上げてしまった声に、楓も反応する。なんと、お隣さんはうどんと引き換えに代金を払っていた。
「このタイミングで会計するんか」
「こんな店初めてやわ」
小声を交わしつつ、改めて店内をぐるりと見回す。建物や調度に多少の古めかしさは感じられるが、ありふれた飲食店の内装だ。
「今から用意しとくほうがええな」
「確かに」
財布の中をのぞいていると、二人のうどんがやって来た。勘定を済ませ鍋の蓋を取る。
「おお……」
一瞬立ち込めた湯気が晴れても、うどんがほぼ見えない。牛肉・揚げ・かまぼこ・卵といった具に隠れているためだ。
「この蓋えらい軽いな……こっちもアルミやろか」
鍋の縁を爪の先で突っつき、楓は感触を確かめている。
まずはレンゲでダシをひとくち。
「熱っ……あと甘っ」
「ほんまや、結構甘いな」
レンゲを置いてうどんに取りかかる。甘いダシを吸ったうどんはどこか懐かしい味わいだ。牛肉をはじめとした具材も良い仕事をしている。
終盤まで熱かったが、ものの数分で完食してしまった。熱のこもった息とともに、渚は名残惜しそうに呟く。
「美味かったけどちょっと足りんなあ……」
「あんまり食っとったらカブに『うどん先生』って張り紙されるぞな、もし」




