第四日 西予・佐田岬 2/5
国道441号へ合流し川をさかのぼる。
「お、またあったで」
道が大きく湾曲したところで、次の沈下橋が見えた。
「えーっと、あれが勝間沈下橋か」
「略して勝チンやな」
「略すな!」
先ほどと同様、この橋も無意味に往復してみる。橋脚のひとつひとつが三本柱になっているという点以外は、特に違いが見て取れなかった。
「じゅうはち!?」
道路脇の看板を見て、楓が素っ頓狂な声を上げた。遊泳者への警告が記されたその看板によると、川は突然深くなり、水深十八メートルに達するところもあるそうだ。
無論渚も驚いた。河口からそう離れていないといえども、そこまで深くなることがあるとは思わなかった。魔物でも棲んでいるのではないか。淀みなく流れ続ける川面に目を留め、渚はしばし物思いに耽った。
さらに行ったところで、二人は風変わりな通行規制に行き合った。脇の看板によると、日中は毎時0分から50分まで通行止め、50分から0分の十分間のみ道が開かれるということだ。
「こんなんあるんやな……姉貴見たことある?」
「いや、初めてやわ」
工事をする側にとっては、一時間ごとに仕事を中断しなければならないから面倒なのか、あるいは一時間ごとに休憩を取れるからありがたいのか。
何にせよ待たなければならない。カブを停めて路肩に座り込み、体力の回復を図った。
そこを通過し岩チンこと岩間沈下橋も走った二人は、国道沿いの「とのま食堂」にて川エビ定食をいただいた。
川エビにも様々な種類があるのだろうが、ここで提供されているのは四万十産のテナガエビだ。大きさは一般的なエビと大差ないのだが、先がハサミになった手がずいぶんと長い。丸ごと塩ゆでされ皿に盛られた数匹のテナガエビは、素材の良さを感じさせる赤々とした色味が目に鮮やかだ。
「でもこれどうやって食うん?」
「んー……」
とぼけたような表情のエビと睨み合っていても埒が明かない。通りかかった店員さんを呼び止める。
「一応、頭もハサミも食べれるんですよ」
「……殻ごとですか?」
「はい、でも大きいやつになると殻が硬かったりするんで、それはお客さんの好みによりけりですかね」
「なるほど、ありがとうございます」
いかにも忙しそうだったが愛想良く対応してくれた。渚は一体のハサミを手でちぎり、おそるおそる口へ運び噛んだ。爽やかな旨みが口に広がるが、それと同時にゴリゴリという殻を砕く音も頭蓋に響く。
「どんな?」
エビを保留し、先に小鉢の酢の物をつついていた楓が訊く。
「うん、エビ風味の殻やな」
「なるほど」
「進んで食いたいもんではないかも」
やはりハサミと頭は残そう。そう思い口から出しかけたとき、楓が自身のエビを持ち上げて言った。
「でもエビの殻ってカルシウム豊富やろ? この機会に摂っといたほうがええんちゃう?」
「……確かに」
初日の卵問題に続き、カルシウムも不足している感は否めない。
楓は迷いなく頭を口に含んだ。
「ふんふん……まあイケるやん」
豪快にエビを噛み砕く姉を見て、渚は胴の部分を試してみた。
「あ、美味いわ」
海のエビに比べると淡白だが上品な味わいだ。
姉はハサミを広げるように両手で持ち、顔の高さまで掲げた。
「なあ、コイツらって敵に懐へ入られたら、もう太刀打ちできんことない?」
「ああ、リーチが長すぎて逆にってこと?」
「つーか飯食うときも不便そうやな」
「奥の小鉢に手ぇ伸ばすとき、高確率で手前の味噌汁倒しそう」
「それな」
テナガエビを堪能した二人は愛媛との県境を跨ぎ、道の駅「広見森の三角ぼうし」へ立ち寄った。
ここ鬼北町は、市町村名に「鬼」の字が入る唯一の自治体だ。
「つまり岡山県民とは相性最悪っつうことやな」
建物前の赤鬼像へスマホを向けながら楓は言う。金棒を手にしたその鬼は、なぜか肩にキジを従えている。そしてこの世の邪気すべてを取り込んだような表情で、行き交う人々に睨みを利かせていた。
「まさに鬼の形相」
「筋肉すごいけど腹だけ出とるな」
「コレステロール値とか高そう」
「そもそも人間よりずっと身体能力高いくせに、金棒みたいな武器に頼ろうっていう根性がひねくれとる」
動かない鬼に向かって好き放題ダメ出しを浴びせたのち、320号で宇和島へ向かった。
「闘牛観たかったなあ」
宇和島といえば闘牛なのだが、今日は試合がない。ぼやく渚に楓が後ろから声をかける。
「まあここ以外でもやっとるからな。そのうち機会もあるやろ」
「えっ、闘牛って宇和島だけちゃうの?」
「いいや、沖縄とか徳之島、新潟とか……あとどこやったかな? 全国に数か所あるはずやで」
市街地を通り抜けた二人は、法華津峠へと向かった。ツーリングマップルには「伊予屈指の大展望」とある。
56号から外れて細い旧道を進むのだが、その路面がなかなかに酷かった。整備が一切されていないようで、すれ違いも満足にできないような狭い道が大量の落ち葉で覆われている。一応舗装はされているものの、アスファルトがほとんど見えないような区間もあった。
二速で二十キロをキープしたまま慎重に進み、どうにか展望所へたどり着いた。さあ、どれほど素晴らしい景色を拝ませてくれるのか。
「おっ……」
「んん……」
二人は同時に言葉を失くした――坂を登りきったとき。
大展望などと宣伝されていようが実際はそれほどでもないのだろう、とタカを括っていたが、大きな間違いだった。
山腹の方から徐々に視線を上げていく。斜面に切り拓かれた段々畑、宇和島の街並み、そして蒼穹の色味を写し取ったような海が広がっていた。緑に覆われた左手の半島が海に突き出している様も美しく、その向こうには少し霞んだ九州も見える。高く昇った太陽の光は穏やかな水面でキラキラと輝き、二人の目を細めさせた。
「ここ436メートルもあるんやな」
今まではほとんど海沿いを走ってきていたため、これほど標高の高いところへ登るのは初めてだ。
据え付けられた木製のテーブル一式の奥には、何事か彫られた石碑が立っていた。和歌になっているのだろうか、四行にわたるその文字列に目を走らせる。
「やま……すが……し」
大胆に崩された書体で、五文字しか解読できなかった。




