第三日 四万十・足摺岬 3/6
一度カブに戻ってから、白山洞門へ移動した。ここは階段を使い、海面近くまで降りることができる。
「結構長いなこれ」
降りる分には構わないが、復路で登らされることを考えるとありがたいとはいえない。
体感で三百段ほどの急な階段の先に、洞門が姿を現した。巨大な岩の屏風が海岸にそびえ立っており、その中央に歪な穴がぽっかりと空いている。
「これはまた見事な……」
まさに岩をも砕く、自然の脅威を思い知らされた。
「アンタにはあれが何に見える?」
「えっ、穴のこと?」
「そう。どうもあれがハート型に見えるからって、ここが恋愛成就のパワースポットやとか何とか……」
「ちょっと無理あるんちゃう?」
「やろ? そんなにハート型が好きならチョウバエでも愛でとけって話よな」
「こういうの強引にパワースポットとかに仕立て上げる風潮、ほんましゃらくさいわ」
罵倒するだけ罵倒し、呆れたような笑みを交わす。渚は再び洞門を見遣り、少し頭をひねってから言った。
「強いて言うなら、イチョウの葉かホルモンの受容体みたいやな……」
「ふふっ……なるほど」
「なあ、夜中にこっそりあの穴を削って、とんでもなく卑猥な形にしてみたくない?」
「アホか」
二人は息を切らせながら階段を登り、万次郎足湯で一服入れた。
「なあ、晩飯は何か考えてるん?」
膝から下を交互に動かし、湯をかき回しながら楓が尋ねる。
「いや、別に」
「やったら行きたいラーメン屋があるんやけど。みそカツラーメンが名物のとこ」
「みそカツラーメン? なんか名古屋っぽい響きやけど」
「いや、ここ高知のチェーン店なんよ」
横に長い高知ともそろそろお別れだろうから、今のうちに食べておきたいとのことだった。
半島を時計回りに走り、足摺岬をあとにした。サニーロードへ復帰し土佐清水の街を抜けたところで、後ろを走る楓が声を上げる。
「渚! ちょっと見たいもんがあるんやけど」
国道から少し外れたところに、その萬次郎少年像は立っていた。
「これは何というか……」
「躍動感半端ない」
のちのジョン万次郎である萬次郎を含め五名の男たちが精巧に形作られているが、一般的な人物像とは違いずいぶん奥行きがある。
センターかつ手前に配置された萬次郎は、精悍な顔つきで前傾姿勢を取り、どっしりと構えた足腰で希望のある未来へ踏み出しているという印象だ。だが彼以外の四人はそのバックでそれぞれ惑い、窮し、斃れ、叫んでいる。背後の岩の造形も相当アグレッシブで、五名の物々しいポーズと相まってさらなるダイナミズムを演出していた。
「なあ、何枚か撮ってや」
楓から手渡されたスマホを構えた。普通に一枚撮ったのはいいが、画面の中で姉は像とまったく調和せず、完全に浮いてしまっている。
「そうや、姉貴メット着けて」
「えっ、なんで?」
脇に停めていたカブから楓のヘルメットを取って手渡す。頭の上に疑問符を浮かべたまま、姉はそれをかぶった。
「おっけ。それでほら、もっとええポーズを頼むわ!」
「もっとええってどういうこと……?」
訝しげな表情のまま、楓は足を広げて上体をよじり、開いた左手を顔の前へと配した。
渚はすかさずシャッターを切る。
「めっちゃええの撮れたで」
姉に歩み寄りプレビューを表示する。
「ぶふっ……」
楓は画面をひと目見て吹き出した。
全身を使って大仰なポーズを決める楓は、表情豊かに躍動する五体の像にうまく溶け込んでいる。ヘルメットをかぶらせ、シールドの反射で顔が不鮮明になっているのもプラスに働いているようだ。舞台の一場面を切り取ったような五体の像と合わせて、ちょっとした前衛芸術と化していた。
それ以降、楓はひっきりなしに様々なポーズを決め、渚も休むことなくそれをカメラに収めた。
二十枚ほど撮ったところでひと組の旅行客が現れ、二人はその場を離れた。
「しかしよくネタが尽きんかったな」
「学生のころやったかな、暇すぎて毎日鏡の前でジョジョ立ちの練習してた時期があるんよ。案外覚えてるもんやわ」
「そうか……」
悲しいエピソードを聞いてしまった渚は、なるべく姉の方を見ないようにしてカブに跨がった。
道の駅「めじかの里 土佐清水」に立ち寄りトイレを借りたところ、楓が「宗田節ソフト」なるものを発見してしまった。
建物の軒下を借り、しとしとと降り続く雨を眺めながらいただいた。ソフトクリームに名産の宗田節とその粉末をトッピングしたこの品は、ソフトの甘みとソウダガツオの旨みと香りが一度に味わえる。
「うーん……」
「なるほどな……」
決してまずいということはないのだが、別個に食べたほうがよいのでは、という思いが食べ終わるまで胸に残っていた。
「『作られた名物』ってこういうやつなんやろな」
「まあわさびソフトやカキフライソフトに比べたらアリか?」
「どうやろ……」




